第36話 虚勢

 テントを運んだ日の放課後。


 再びグラウンドに集まる。次はメンバー全員で、当日のスケジュールを体育委員と

合同で確認し合う。


 「テント運びお疲れだったね~3人とも」


 柳先輩が先の雑用を軽く労った。


 「んだと柳コラ。煽ってんのか? おおん?」


 案の定、狐塚先輩が食いついた。


 「お疲れ様」


 鈴井先輩が3人分のアイスを差し出した。


 「本当は昼休みに渡したかったけど、チャイムが鳴っちゃったから、放課後でもい

いかなって」


 「口数少ないくせに気が利くじゃねえか」


 狐塚先輩の口調が柔らかくなった。ちょろいなこいつ。


 「わぁぁ! コンビニのアイスで一番高いやつ! いいんですか!?」


 幼児のようにはしゃぐ峰一縷。


 「うん。峰ちゃんも炎天下で頑張ったからね。対価だよ」


 「ああ神様仏様鈴井先輩様! あなたに入信できますか!? できますか!? 一

日5回はあなたのおうちの方向に祈祷したい気分です!」


 また訳の分からないことを堂々と言い散らかす峰一縷。「あはは…」と鈴井先輩は

苦笑いだった。


 「はい、土屋君も」


 「あ、ええと」


 俺は逡巡したのち、アイスを受け取った。


 「不服だった?」


 「あ、いえ、そういうことではなくて…」


 先輩の不安そうな顔。落胆させたくないが、俺はアイスが嫌いだということを伝え

たくなかった。


 「ごめんね凛ちゃん、悪気はないのよ」


 なのに、この姉貴ときたら。


 「新太はね、アイスが嫌いなのよ。冷たいもので胃や腸を刺激したら、大事な場面

がいざやって来た時に腹痛になるんじゃないかって、震えてるのよ。そういう考え方

をしてる方が胃に来そうなもんだけどね」


 ふふっ、と幼子に向けるような笑顔で俺を罵った。


 「そういうあんたも辛いのが嫌いなくせに。俺と同じ理由でな」


 「はあ?」


 姉の笑顔にゆがみが生じる。貼り付けたように不自然な笑顔になる。


 「だ、だってあんたから言ってきたんだろ?」


 落とし穴に突き落とした悪魔の顔を目にし、汗が吹き出そうになる。


 「な、なんか文句あんのかよ」


 虚勢を張っていることは承知しているが、今は虚勢を張らずにはいられない。


 「言うようになったじゃん」


 俺の怯えを弄ぶように頭に手をポンと置いた。それを見ていた大宮先輩以外の全

員、特に峰がニヤニヤと笑っていた。


 「んだよ。ガッカリしたかよ」


 「ううん。お姉さんと仲良くやれてるのが嬉しいなって」


 「そ、そうか」


 男の弱さを感じ取られて幻滅されるかと思った。


 「一縷ちゃんに嫌われなくてよかったね」


 「あんたが悪いんだろ」


 そんな下らない会話も終わり、本来の目的である体育祭当日の第一次リハーサルが

始まった。


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