第21話 冷水

前日、輔が女だということを思い出した。


あの時つけていた下着を掘り起こしたんだろう。


 それは、寒い冬だった。


 庭で、間宮多恵子が、下着姿の孫に冷水を浴びせた。


間宮の人間としての自覚が足りないからと、たったそれだけの理由で、横殴りの雪の

中、震える彼女に冷水を浴びせた。


 「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 泣き喚く10歳の孫。


 「私があなたくらいの年齢の時には英語は遜色なく話せるようになっていたわ。お

前はとにかく自覚が足りない」


 「おばあちゃん! ごめんなさい!」


 「おばあちゃんじゃない! いつも言ってるじゃないの! た!え!こ!さ!

ん!」


 言い切るとともに、鞭で背中を叩き始めた。断末魔のようだった。


「やめろよ多恵子さん! このままだと輔が死んじゃう」


小さな俺も、わんわん泣いた。このクソババア、許さない。そう思いながらも、泣き

喚いて懇願することしかできなかった。


「新太様が不幸にならないようにこうして躾けているのですよ」


「新太様、こっちへ来なさい」


父親の間宮慎太郎が腕を引く。


「慎太郎くんは輔の父ちゃんじゃないの!? なんで助けないの!?」


「決まりだからだ」


見るからに強がっている、弱弱しい横顔だった。目元の筋肉を緩ませながら強く引き

締める。


3時間後に解放された輔。


俺に泣きついて「埋める」と言った。


「ごめん…。新太のことが好きだから、嫌われたくないから」


この日、ずっと男だと思っていた輔を、女だと知ったが、翌日になるとそれをすぐに

忘れた。昨日は壮絶だったが、何か大切なことを忘れているな、と起き上がった身体

でぼんやりと考えた。


 そして、思い出した。






 「なにも知らないくせに、勝手なことをするなよ。お前たちと輔を同列にするな」


 全員を一瞥する。峰と一瞬目を合わせ、咄嗟に視線を外した。「ごめん」と小さく

聞こえた。


 絶望に満ちた空気のまま、俺たちは折よく来たバスに乗り込んだ。


 それからは、誰も、ほとんど何も喋らなかった。


 最後に喋ったのは事の張本人。用意した缶ケースに土を入れ、その中に自分の下着

を埋め込むことで、女であることを俺の記憶から消し去り、折よく掘り返して女であ

ることを思い出させた。『彼女』は、それを静かに吐露した。



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