第19話 犯人探し

 柳先輩って、旅行中に大きなカバン持ってたっっけ? 手品のように、衣類やらを取り出していた。


 今では思い出せないな。


 「新太、提案があるんだけど」


 温泉の湯気を纏った輔が、俺に相談する。さっきは峰の一件もあり、風呂に入れな

かったらしい。俺は目を逸らして、「なんだ」と問う。


 「みんなで、犯人捜ししない?」


 「え」


 一瞬、思考が止まった。輔からその提案が来るとは思ってもみなかったからだ。子

供のころから俺のことを見ていて、監視役として俺の性質を知り尽くしているこいつ

の口から出てきた言葉が信じられない。


 「誰かに言われたのか?」


 「いや、僕の判断。新太はこういうの嫌いだと思うけど、今回ばかりは明暗をハッ

キリさせるのが良いんじゃない?」


 「冗談じゃねえ」


 不確定要素が嫌いな俺は、犯人捜しなんてものをしたいわけがない。誰かが犯人だ

と分かってしまうと、人間関係が疎遠になる。犯人がもし、柳先輩だとしたら、この

後の生徒会がやりづらくなる。


そうだ。さっきのあの態度と言い、彼女が犯人である確率がかなり高い。事件は脱衣

所で起こった。他の旅行客も廊下を歩いているし、脱衣所にもいるから、男の俺たち

が忍び込む隙なんてない。


動機が何であれ後輩の下着を盗んだなんて真似をしたことが分かれば、俺も峰も彼女

とどう接していいのか分からない。


大宮副会長が俺と峰を生徒会に引き入れたのが気に食わなかったのか? もともと彼

は土屋陽菜乃や彼女に話を通さずに独断で俺たち1年生を勧誘した。何かまずいこと

があるのか。だからこそ、峰が主催した合宿に親睦を目的に参加し、峰を陥れて、生

徒会に居づらくする。


狙いは峰か? 


それとも、俺? 同じ生徒会の人間を傷つけた現場に立ち会わせ、姉や副会長に報告

するか迷いながら、苦しむ峰を見せ続ける。俺に心的なダメージを負わせるためか。


じゃあ、なんでそんなことをする必要がある? 峰を良く思わない多恵子さんの差し

金か? それとも外部の人間の仕業。


姉の意向か? 俺を落とし穴に突き落としたように、愉快犯的な目的で俺を苦しめる

ことに興味を感じて…。


兵頭だってあり得る。あいつも姉と同じように俺のことを苦しめることに愉悦を感じ

るタイプだ。峰に殴られたことを根に持っていてもおかしくない。


誰だ…、誰だ…、実行犯が柳先輩でも、誰がやった? 


 「新太」


 頭を軽く叩かれ、正気に戻る。


 「考えすぎだよ。新太みたいなやつは思考よりも行動をした方がいい」


 「だからって犯人を捜すのかよ」


 「見つからないまま、モヤモヤしたままも気持ち悪いでしょ」


 「まあ、そうだけどよ」


 「犯人側からしても、ああ、捜す気ないならもう少しイジメてやろうって、エスカ

レートしちゃうかもだし、それだともう手遅れだ。動いた方がいいかもね、あの人た

ちみたいに」


 輔が指を差す方向に視線を移すと、大門先輩と、いつの間にか男子部屋に潜り込ん

でいた峰一縷が活気にあふれた佇まいで、なにかしら盛り上がっていた。


 「犯人探しのお時間ですよみんな! 謎解きこそミステリーハンターサークルの本

来の目的! 真実はいつもひとーっつ!」


 「そうだ! 僕らは立ち上がるのだ! 己の正義を貫き、救うのだ! 峰くんの恥

辱と、犯人の闇を我々の推理で洗い流すのだ!」


 突如、前方から枕が2つ飛んできた。


 「ぐえっ!? なにすんだよ」


 バカ2人はにんまりと笑った。


 「その反応なら弟は無罪だな」


 「真犯人ならもっと後ろめたそうにするもんね~」


 「お前らなあ…、ああもう」


 やってやるよ! 犯人捜し!


 せっかく人がいろいろ案じてやってんのに、こいつらと来たら呑気なもんだ。


 「じゃあ、私物検査から始めるからね! 用意出来たらみんなで集まろー! …え

えと、希和さんにもそれとなく声を掛けてきます」


 徐々に萎む声音。さっきのこと気にしてるんだな。意外と繊細なところがある峰一

縷。


 「土屋君、笑わないでよ」


 「あ、悪い、笑ってたか」


 前向きな感情を取り戻した俺は、さっそく自分の荷物整理に取り掛かる。


 みんなに見せられるように、きちんと整理しよう。


 ピタッと手が止まる。


ジッパーの閉まった俺のボストンバッグは、来た時よりもパンパンに膨れ上がってい

た。


 「え」


 脱いだ服を畳まずに入れたのか? 峰のことがあっていろいろ考えながら服を入れ

たものだから、畳むのを忘れたとか?


 開ければ分かるだろう。


 俺はジッパーを掴み、もう片方の手で膨らみを抑えつけながら、一気に開けた。


 上に、身に覚えのないシャツと、これまた身に覚えのないスカートが、畳んで入り

込んでいた。


そして、そのさらに上に。


下着があった。


 俺のではない。女性用だ。胸に当てるものも下に履くものもある。水色の、明らか

に女性用の下着。


 心拍数が跳ね上がった。口から心臓が出そうだった。どくどくと大きな鼓動が、呼

吸を遮るように鳴り響く。


 そして、思い出した。


 ハメられたことを瞬時に把握した。


 輔…、大門先輩! 


すぐに相談しよう。


 他の誰かに見つかる前に、迅速に対処しよう。


 咄嗟に後ろを振り返る。


 「あ」


 峰と、目が合った。


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