拝啓、あなたへ。

拝啓、あなたへ。


 拝啓、あなたへ。


 こういった手紙を書くことは初めてです。手紙を書いた試しなんてないので、何か礼儀とか、そういったものがきちんとしていなかったのなら申し訳ないです。若気の至り、ということで許してください。怒っている君の姿なんて想像もできないけれど、一応礼節を弁えるってこういうことなのかなって思うから。


 さて、緑色が深くなる季節になりましたね。もともと木の葉に色はついていたし、それについて言及するのも今更かな、とかは思うけれど、手紙の書き方で調べたら、最初に届く時季についてを書くべき、とか載っていたので、それに従って書いていたりします。


 ……まあ、君がこの手紙を読むのは、私がこれを書いた翌日だろうけれど。もしくは夕方かな?  私がどういう風に渡したのか、書いた時の私には分からないし、君がその後にどういう選択をするのか、やはり私には分からないので、とりあえず未来のあなたに向けて手紙を書いています。


 ごめんなさい。


 最初に、ちゃんと謝罪の言葉を伝えなきゃなって、ずっと思ってたんだ。


 今になってこんな手紙という、昔の形をとったのは、君に対して私が素直になれないからなんだ。いつも君に会うと、がさつに、そして不器用に関わってしまう私が生まれちゃうから、取り繕えるように手紙を書いているの。それを聞いたら君は笑うかな。


 ごめんなさい。


 色々なこと、謝りたいんだ。君にいろいろ冷たい言葉を吐いてしまったり、最後の最後まできっと素直になれなかったりしたと思う。もしこの手紙が君に渡らなかったのなら、私は素直になれたのかもしれないけれど、どうせ私はそうなれないから。


 ごめんなさい。


 本当に、いつもいつも冷たい態度をとってごめんなさい。こんなことを言って信じてもらえるなんて思ってはいないけれど、私、あなたのことが好きでした。大好きでした。……きっと、でした、なんていう言葉は誤りかも。


 好きです、大好きです。


 いつから好きなの、って聞かれたら恥ずかしいけれど、幼稚園の頃からずっと大好きだったんだ。覚えてる? ジャングルジムで私が滑って落ちた時のこと。他の子が先生を呼びにいって、一人になったあの時のこと。あなただけが一人になった私に声をかけてくれたんだ。セリフだって覚えてる、ずっと大丈夫、大丈夫って声をかけてくれたんだよ。あなたは覚えているかな。


 なんで、こんなことになったんだろうな、ってずっと思ってる。一週間前、君が引っ越すことを教えてくれた時よりずっと前から、こんな後悔を抱いて仕方ないんだ。


 好きなのに、なんで素っ気なく振舞ったんだろう。大好きなのに、どうして私は暴言みたいな……、ううん、暴言であなたを遠ざけようとしちゃったんだろう。


 さっきだってそう、最後のデートって約束したのに、不機嫌なフリして先に帰っちゃったこと。君に泣いているところ見られたくない、っていう言い訳はできるけど、忙しい中で来てくれた君にする仕打ちではないよね。


 どこまでも身勝手。私は本当に勝手な人間だと思う。こんな手紙を書いているのも、結局自分がそんな状況に酔ってるからなんだと思う。


 どうしようもないよね、私って。


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。本当に、いつも、いままで、本当にごめんなさい。


 私はあなたが好きです。大好きです。でも、あなたは引っ越しちゃうんだもんね。仕方ないよね。


 もっと早く気持ちを伝えることが出来ればよかったな。こんな手紙なんかじゃなくて、言葉で、態度で、振る舞いで、表情で。あなたに好きを伝えたかったな。


 ごめんね、未練たらたらで。


 きっと、清々してるよね。私から離れることが出来て、嬉しく思ってるかもしれないね。それならそれで私はいいと思う。……ごめん、やっぱりそれは寂しいかも。


 あっちでも、あなたが幸せな生活を送れますように。


 大人になったら、こんな手紙も笑い話にできたらいいね。





「何を見てるの――、って何見てんのよ」


 彼女は俺が見ている手紙を見て、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる。


「ほら、俺達もになったし、笑い話でもしようかなって」


「いろいろ恥ずかしいので勘弁してよ……」


 彼女の顔は桜色に染まる。そんな様子が面白くて、俺は笑うしかない。


 彼女は少し不機嫌な顔を浮かべたあと、苦笑を繰り返しながら脇腹を小突いてくる。ちょっと痛いけれど、別に嫌な感じではない。


 俺が痛がる様子を見て、彼女はからかうように笑う。憂いのひとつも抱えてない、素直な笑顔。それに慣れてしまった自分が少し憎いかもしれない。


 ――この笑顔を大切にしたい。


 俺は彼女の顔を見つめながら、そう思うことができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拝啓、あなたへ。 @Hisagi1037

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る