第11話 願え、もう一度

 砂の塔に閉じ込められ、そこから見える朝日に希望を見た子ども。それがサトーだった。

 生きたい、という一言に込められた様々な願い。願いによって構成された願いはとても切実で、我も聞き届けやすかった。

「命あっての物種、か。人間は時折上手いことを言う」

「コト、それは僕にもう一度願うことを催促しているのですか?」

「いや。決めるのはお前だ」

「そんなことを言って……」

 サトーが俯く。迷っているのだろう。人間とは迷い、惑う生き物だ。本能だけで動く動物ではない。そこがなかなか厄介で面倒な生き物のように感じるが、だからこそ愛しさも湧く。

 我という神は、そういう難儀な生き物の答えを掬うために存在する。たった一言。一言にまとめねば、我は願いを叶えぬ。故に願う言葉は簡素になり、本心のそれと近くなる。

 我は難儀な生き物の助けとなるために存在する。その中でサトーはかなり難儀な部類だった。

「お前は何を願うのだ? 一言ならば叶えてやろう」

 お前の成したことを省みろ。

 自分で発した言葉を省みろ。

 不思議に囲まれて暮らす娘に自分を重ね、疫病神に取り憑かれた村のものたちを助け、我に旅をしたいと言ったお前の真意は?

 自分探しですよ、と言ったお前の答えは、その干からびた目玉一つで充分なのか?

 問いかけることはたくさんある。だが、答えを出すのは全てサトーだ。我は一言の願いを叶える。一言願われれば。けれど、我は我の願いは叶えられぬ。神なれど、自由気ままに、己のことばかりができるわけではないのだ。

 神なればこそ、かもしれぬが。

 サトーは迷っていた。この流れで、サトーが自分の意志を通すなら、願うことなど何もない。せいぜい死にたいくらいだろう。叶えられぬ願いではない。生殺与奪くらい、願われればどうとでもなる。

「ここで、夜を明かしましょう」

「悩むのか」

「悩みますよ。僕にだって、ちょっとの未練はあるんですから」

 そう言って、大事そうに自分のものだった目玉を抱える。干からびた、とは言ったものの、その目の紫は健在で、不思議の力までもが残っていた。

 砂漠の夜は冷えるのだが、その段階で死なれては困るな。

「コト」

「なんだ?」

「これ、僕が食べたらどうなると思います?」

 サトーが目玉を示して言う。我は微妙な心地になった。自分の目玉を食う人間など見たことはないが、まあ、さぞかし悪食だろうな、とは思う。

「おそらく美味くはないぞ」

「別に美味を求めてはいませんよ。どうなるかって聞いたんです」

 どうなるか。

 サトーの目は元々、強い不思議の力を宿していた。紫の目は抉り取られてから何年経っても尚、その姿形が保たれるほどに、力を持ち、その力は衰えることを知らない。

 それをサトーの体内に戻すのは、まあ、元々サトーのものだったのだから、問題ないだろう。サトーにどういう変化が起きるかはわからぬ。可能性だけならいくらでも言えるが。

 例えば、今のサトーに馴染んで、新たなる力となる。

 例えば、今のサトーを拒絶して、その反応でサトーの体調に異変が起こる。

 例えば、サトーの体には馴染むが、特に変化は訪れない。

 この不思議の力はどう処理されるかわからないのだ。わからないからこその不思議の力である。わかってしまったら、不思議でもなんでもない。

「さてな。確かなことは何一つない。食うのか?」

「……都合よく戻ったりしませんかね?」

「わからぬから不思議なのだ。……それを確かなものにしたいのなら、願え。我を何だと思っておる?」

 ただ一言、願われれば叶える。それだけの神である。とてもわかりやすく強いのだ。

 一言だから、より願いがわかりやすくなる。願いの根本となる思いが何なのか、わかるようになる。

 砂漠が、夕暮れに染まり始めた。

「そうですね、コト。──一言主さま」

 きっと我が、肩に乗った蜘蛛でなければ、サトーは恭しく礼を執っていたことだろう。そういう声だった。

 こんなときに、我相手に、今更、改まらなくてもよかろうに。

「戻してください」

 美しい夕暮れの中、願われた。きっとまた、朝日が見たいと思ってしまったのだろう。

「一言だけなら、叶えてやろう」

 我は紫の目を、サトーの中に戻してやった。不思議の力は当然のように定着し、我がそうしてやるまでもなく、体を蝕む異物を蹴飛ばし、サトーを生かした。

「目は戻したぞ」

「やった」

 サトーは左目を覆う黒布を取った。そうして、真新しいものを見つけたように、無邪気な声を出す。

「二つの目で見る世界は、やっぱり違うなぁ」

 夜空の目と朝焼けの目が、夕暮れを見つめる。金糸がさらさらと揺れて、とても幻想的な青年がそこに生まれた。

「どうだ? また旅でもしたくなったか?」

「あれ、なんでわかったんですか、コト」

 そんなの、あのときと同じ状況だからに決まっている……とは教えてやらない。願われてないからな。

 代わりに我は問いかけた。

「今度は何を探すんだ?」

 サトーはからからと笑い、答えた。そこに迷いはなかった。

「やっぱり『自分』かな」


 迷い、惑い、見失い、見つけられないからこそ、人間は愛くるしく、愛しい。

 なればこそ、我は一言だけ、願いを叶えるのだ。

 今しばらくは、またこいつと旅をしよう。

 故郷だった場所を名にした哀れで愛しい青年こどもと。

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砂の塔の一言主 九JACK @9JACKwords

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