第37話

 俺は思わず叫んだ。

 だがグイードの攻撃が止んだ一瞬のすきをついて、すかさずシェヴェルが手から再び強烈な光線をくりり出した。

 グイードは氷漬けの腕を閃光の防御に使ったが、その破壊力には勝てない。

 2本の腕が氷もろとも閃光をモロに食らって吹き飛んだ。


「クソッ……」


 残り3本。

 これで戦力をかなり削ぐことができた。

 グイードは傷の痛みに顔をゆがめながら、今度はアリスに向けていた刃をシェヴェルへ振り上げる。


 俺は気づいた。

 グイードは複数相手の実戦経験に乏しいのだろう。

 現に俺のガードに使っていた腕をシェヴェルの魔法の防御に振り分けたせいで、胴がガラ空きだ。

 俺はその隙を逃さず、グイードに切り込む。

 俺の短剣はグイードの肩をつらぬいた。


「ぐぁッ!」


 悲鳴を上げ、一旦、退却するグイード。


「戦力配分に随分と無駄が多いな。その力も所詮しょせんか」


 俺の言葉に、状況が不利に転じたと見たのだろうか。

 グイードは一度異形の腕を引っ込めて、部屋の出口の扉へと猛スピードで向かった。


「逃すな!」


 俺は叫んだ。

 しかしシェヴェルが攻撃魔法をめているわずかな間に、グイードは扉へたどり着きドアノブに手をかける。


 しかし、ノブも扉も微動びどうだにしない。


「……なぜだッ!?」


 焦るグイードに、シェヴェルの魔法が何とか間に合った。

 再び繰り出された光線がグイードの右太腿みぎふとももを貫く。


「ぐはあッッ!!」


 うめき声を上げながら、満身創痍まんしんそういでその場に崩れるグイード。

 すかさずシェヴェルが氷魔法でグイードの身体を拘束した。


 俺は急いでアリスの元へと駆け寄る。


「アリス!大丈夫か!?」

「ええ、何とか……」


 アリスは自身の肩に治癒魔法を当てながら俺に答えた。

 続いて俺はドアを確認すると、全体がしもおおわれ氷漬けになっている。

 これでは開けられないはずだ。


「これは……アリスが?」


 俺はアリスに振り返る。


「はい。バルト様に注意がいっている隙に、念のため出口をふさいでおきました」

「でかしたぞ、大手柄おおてがらだ!よく機転きてんかせてくれた」


 アリスは得意げに微笑ほほえんだ。


「それより、バルト様の傷の応急処置を」


 俺は左腕に治癒魔法を受けながら、アリスとともにグイードの元へ駆け寄る。

 シェヴェルが拘束したグイードを見下ろした。


「初めに能書のうがきをれるひまがあったら、問答無用で私たちの首をはねていればよかったな。もっとも私は初めから貴様を警戒していたから、いずれにせよ勝ち目は薄かっただろうが」


 不安そうに見つめるグイードに、シェヴェルが答える。


「今から私の質問に答えてもらおう。素直にけば殺しはしない」


 シェヴェルはグイードのあごを思いきりつかみ、氷のような眼差しでたずねる。


「『ゲーティア』はどこにある」


 グイードはそしらぬ顔でシェヴェルから目線を外す。


「……何のことだ」

「しらばっくれても無駄だ。貴様のその身体、第五十七章『オセ』のわざを用いた肉体改造の結果であろう」


 その途端、グイードの顔に驚愕きょうがくの色が浮かぶ。


「……なぜそれを?」


 それを聞いたシェヴェルの眼差まなざしが一瞬、憂いをびる。


「……やはり『ゲーティア』は現存するのだな」


 グイードは一瞬ハッとしたが、そのまま固く口を閉ざす。

 業を煮やしたシェヴェルは細い氷の槍を作り出し、グイードの手を貫く。

 悲鳴を上げるグイード。

 シェヴェルはさらに氷の槍を首元に突きつける。


「『ゲーティア』はどこだ。次はないぞ」


 それでも歯を食いしばり、グイードは何も答えない。

 俺はグイードの心臓に氷の槍を突き立てようとするシェヴェルに向かって叫んだ。


「そのくらいにしておけ。経験上、こういうタイプは意地でも口を割らない」

「なぜかばう。人間の少女をもてあそんだこいつらは、お前たちにとって犬畜生いぬちくしょうにもおと外道げどうではないのか」

「それはそうだが、俺たちまでこいつらのような外道に成り下がる必要はないだろう」


 不服そうな顔で氷の槍を解いたシェヴェルに俺は続けた。


「それよりゼーゲ公だ。どこに行ったかわからないが、最悪、証拠隠滅をはかったのかもしれない。アリス、グイードをこのまま拘束しておいてくれ。俺とシェヴェルでゼーゲ公を追う」

「わかりました!」

「騒ぎが広まると面倒だ。使用人が入って来ないよう、俺たちが戻るまでこの部屋は施錠せじょうしておいてくれ」


 アリスは急いで扉にかかっている氷魔法を炎魔法で相殺そうさいして解除すると、改めてグイードに拘束用の氷魔法を追加した。

 俺は拘束したグイードの上着に手を入れ、内ポケットをまさぐる。

 昨夜確認した通り、地下牢の鍵が入っていた。


「やはり肌身離さず持っていたか。こいつで魔法錠が解錠できるな」


 俺とシェヴェルは急いで廊下へ出る。

 幸い、まだ屋敷の人間には気づかれていないようだ。

 シェヴェルがあたりを見回す。


「援軍に残りの衛兵くらいよこしてもよさそうなものだが」

「屋敷の他の者には秘密なんじゃないか?もしくはグイードの戦力に絶対の自信を置いているか、自身の護衛に全て回したか」

「いずれにせよ、おかげで動きやすい」

「ゼーゲ公の逃げ先に心当たりはあるか?俺は自室か地下牢の奥の部屋だと思うが」

「私も同感だ」

「二手に別れるか」

「いや、まだグイードのような護衛がいないとも限らん。このまま二人で行こう」

「わかった。じゃあ先に地下牢だ。証拠隠滅の可能性を考えると、真っ先に向かいそうな場所だ。そこに『ゲーティア』もあるかもしれない」


 俺たちは急いで西翼へ向かう。

 俺は先ほどのシェヴェルの発言がずっと気になってはいたが、今はそれを確認している場合ではない。

 階段を降りて地下の食糧庫を突っ切るとそのまま鉄格子の扉まで向かった。

 鍵はかかっておらず、扉も開いたままだ。

 シェヴェルが口を開く。


「こちらで当たりだな。しかし施錠を忘れるとは、よほどあせっていたのか。衛兵の姿も見えない」

「やはり秘密を知られるのはまずいから、一人で隠蔽いんぺい工作をするつもりか。もしくは……」

「『怪物』がもう一匹いるか、だ」


 俺たちは念のため警戒をしながら地下牢を進む。

 心配は無用だったようで、無事に最奥さいおうにある鉄の扉までたどり着いた。

 シェヴェルが声をひそめる。


「ここも鍵がかかっていない。突入するぞ」


 俺は扉を思い切りって開け、シェヴェルと部屋へすべり込む。

 そこは小さな部屋で、中心にベッドのように大きな台が備え付けてあった。

 台の中心には大きな魔法陣のようなものが描かれている。

 台の四隅には明らかに拘束用と思われる枷がぶら下がっており、その周囲に何らかの実験装置を思われる器具が多数配置してあった。


 部屋の奥では、ゼーゲ公が一人、必死で何かの書類を漁っている。

 公爵は扉の音で俺たちの姿に気づいたようで、こちらを見て驚愕のあまり顔を引きつらせた。


「貴様ら……なぜ……」

「グイードはち取った。大人しく降伏こうふくしろ」

「何だと!?馬鹿な、ありえん……」


 公爵は信じられないと言った様子でその場にくずおれた。


年貢ねんぐおさめ時だゼーゲ公。これからお前を拘束して協会に身柄を引き渡す」


 シェヴェルの言葉に、公爵は開き直ったように笑みを浮かべる。


「一体何の罪で私が裁かれるというのだ」

「ここにある全てだ」

「先ほども言っただろう。貴様らが私を突き出したところで、それをみ消すことなど容易たやすい」

「お前を突き出す先はイーサ協会の本部だ。異形いぎょうの死体が二つもあれば、さすがに協会も動かざるをえまい。そもそもこんなことを始めた目的は何だ」


 公爵はなおも不敵な笑みを浮かべる。


「この件に関与しているのが私の一公国だけだと思うか」


 俺たちはそれを聞いて思わず目を見開いた。


「……どういうことだ!?」

「貴様らがそれを知る必要もないし、知ったところでもはや無意味だ」


 その時、シェヴェルが何かに勘づき、俺に振り向く。


「バルト、この部屋から出ろ!」

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