第36話

 公爵の顔がわずかに引きつる。


「何を言っているのだ」

「この少女について、閣下かっかは何一つ私たちに確認なされない。あれだけの被害が出たのです。こんな少女がなぜ、どのように何人もの人間を狩り続けたのか、真っ先に気になりはしませんか」

「残念だが、そのようなことに興味を持つほど私は暇ではない。脅威が取り除かれたのであれば、それ以上何を気にする必要がある。私は片付いていない仕事が山ほどあるのだが、そろそろ戻らせてもらおう」


 そう言って立ち上がる公爵にシェヴェルが声をかける。


「お待ちください。では最後に一つ、閣下へ伺いたい」


 シェヴェルは少女の亡骸なきがらへと目を向ける。


「この少女の体に奴隷どれい烙印らくいんが押されていたのです。その理由を伺いたく」


 途端とたんに公爵の顔がゆがむ。


「そんなもの私の知ったことではない。それが押されていたから何だというのだ!?だいたい、私が自国のいち奴隷の扱いなど把握しているわけなかろうが」


 いきりたつ公爵に、シェヴェルは口元を歪めて尋ねる。


「私は一言も『ゼーゲ公国の烙印』とは言っておりませんが。なぜ閣下はご覧になられてもいないのに、押されていた烙印がこの国のものだとご存じなのでしょうか」


 シェヴェルは魔法で少女の右肩にかかっていたわらをよけた。

 隠されていたゼーゲ公国所有奴隷の烙印があらわになる。


 呆然ぼうぜんとして言葉を失い黙り込む公爵に、シェヴェルはたたけるようにカバンから鉤爪を取り出した。


「これは昨夜、火事の起きた地下牢で拾ったものです。調べたところ、この少女が攻撃でり出していた異形いぎょうの腕と形状がそっくりでした」


 シェヴェルは公爵を鋭い目で見続ける。


「改めて閣下に問いたい。あなた方はあの地下牢で一体、どんなおぞましい所業しょぎょうを行なっているのか。すでに証拠はそろっています。言い逃れはできません」


 公爵は開き直ったように笑い出した。


「証拠は揃っているだと?ここを誰の土地だと思っている。貴様らの戯言ざれごとをもみ消すなど容易たやすいことだ」

「今のご発言は、お認めになったととらえてよろしいか」


 シェヴェルの言葉に、公爵は覚悟を決めたように深いため息をついた。


「まったく、それほどの褒美ほうびをくれてやったのに。おんあだで返されるとはこのことだな。よそ者風情が余計な詮索せんさくをせず、素直に金だけ受け取って立ち去ればいいものを」


 公爵はグイードに合図を送る。

 グイードの目つきが変わり、腰の剣に手を当てた。

 臨戦体勢をとる俺たちに、グイードが少女の棺を見ながら誰にともなくため息をついた。


「この失敗作のおかげでまた一つ余計な仕事が増えました。あの時、私の手違いで通用口を閉め忘れたのが改めて悔やまれます」


 シェヴェルはグイードに尋ねる。


「一つ、わからないことがある」

「何でしょう」

「今我々の相手をするということは、我々を倒す自信があるのだな」

「元よりそのつもりですが」

「ならばお前一人で怪物の討伐はできたはずだろう。なぜわざわざ情報漏洩じょうほうろうえいの危険をおかしてまで外部の者を頼ったのだ」

「ああ、それでしたら理由は単純です」


 グイードは少女のむくろを蔑むように見据える。


「こいつ、意思の制御も効かない出来損ないのクセに、警戒心だけは人一倍強くてね。人の目があるところにしか姿を現さないんですよ。私も森の中をくまなく探したのですが、一向に見つからなくて。結局、捕えるにはあの森の道を町の者が通るタイミングしかなかったのです」


 グイードが俺たちに少しずつにじり寄る。


「しかし、私は人の目があるところでこいつを捕獲できなかった。町の方々にこの姿を見られるわけにはいきませんから」


 次の瞬間、グイードの背後から巨大な腕が伸び、俺たちに襲い掛かる。

 一瞬のことだったが、シェヴェルはあらかじめ警戒していたのか、即座にアリスと自分に防御魔法を張った。

 俺は反射的に短剣を抜き、最初の一撃を何とか防いだ。

 アリスは防御魔法が攻撃で割れクッションになったおかげで直撃はまぬがれたようだ。

 一瞬、何が起きたかわからない様子だったが、すぐに反応して後ろへ退しりぞいた。


「ついに正体を現したな。化け物め」


 シェヴェルの言葉にグイードは舌打ちして一旦引き下がる。


「閣下、お下がりください。ここは私が」


 公爵はうなずいてゆっくりと後ずさり、扉を開けて部屋から出ていく。

 グイードはそれを見届けると、俺たちの方に振り向いた。


「失敗作を片付けていただき感謝申し上げます。しかし我々の秘密に気づかれた以上、あなた方も生かしてはおけない。大変、残念です」


 グイードの背中から伸びる腕は少女のものと異なり大型で、6本すべてに攻撃用の鋭い刃がついていた。


 俺は何とか公爵を追おうと思ったが、グイードのどこにも隙が見当たらず下手に動けない。

 どうやらシェヴェルも同じ様子で口を開く。


「こいつは3人がかりでも少々厄介だな」

「だがやるしかないだろう」


 グイードは再び凄まじい速さで腕の攻撃を繰り出す。

 俺たち3人にそれぞれ一対の腕を使い、上下左右あらゆる角度から刃の波状攻撃を仕掛けてくる。

 彼自身が手練てだれの剣客なのか、太刀筋たちすじも少女の時とは比べ物にならない。

 グイードがふいに俺の方を見て口を開く。


「しかし、まさか『白銀の狼』と手合わせできる日が来るとは。相手に不足なしです」

「……俺の素性は調査済みか」

「ブレネンの騎士団長がここにいるなどあり得ないと思っていましたが、見た目が瓜二つでしたので。念のため裏で調べてみれば、反逆罪で国外追放されていたとは」

「それはれ衣だ」

「私にはどうでもいいことです。あなたを倒せば、騎士としての名も上がる」

「その姿で勝って名を上げるだと?ふざけるのも大概たいがいにしろ。騎士なら騎士らしく、正々堂々、一対一で真剣勝負したらどうだ。卑怯者め」

「あいにく私は閣下に仕える任務があるので、脅威の排除を最優先に動きます」


 俺はグイードの動揺を誘うため挑発したが、それに乗る様子は全くない。

 グイードは俺たち全員に容赦無く刃を浴びせる。


「クッ……!」


 それぞれが二人の剣客を同時に相手にしている状態だ。

 俺たちは皆、防戦一方になる。

 至近距離から素早く繰り出されるグイードの斬撃。

 アリスとシェヴェルもそれを防ぐのが手一杯で、攻撃魔法を繰り出す一瞬の『め』の動作に移れないようだ。


「これではらちかないな」


 逃げまどうアリスの横で、シェヴェルが防御魔法を張りながら反撃の機会を伺う。

 せめて1本でも腕を落とすことができれば、攻撃力を削ぐことができるのだが。


 ここは肉を切らせて骨を断つしかない。


「俺が突っ込んですきを作る」


 俺は多少の犠牲を覚悟でグイードに突撃した。


 2本の鋭い刃の腕が俺に猛スピードで襲い掛かる。

 俺は2本の短剣でそれぞれの刃をさばく。

 ここまで俺を防戦一方にさせるとは、やはり相当な使い手だ。


 だが、徐々に俺もグイードの太刀筋が見えてきた。

 2本の腕で何度も俺に攻撃を仕掛けるが、俺はそれをたくみに捌きながら徐々にグイードの本体へとにじり寄っていく。

 さすがにあせりを感じたのか、グイードは一瞬、目でこちらの様子を確認した。


「今だシェヴェル!」


 わずかに生まれたその隙を、シェヴェルが見逃さなかった。

 すぐに手を構えて閃光を走らせ、グイード目がけて光線を放つ。


 惜しくも光線はかわされ本体には当たらなかった。

 だが腕のうち一本をかすめ、一部をえぐり取る。

 それを合図に、俺もたたみ掛けるようにグイードの刃を押さえて突進する。

 グイードはシェヴェルに腕を伸ばしつつ、逃げ回るアリスに使っていたうちの1本を俺への攻撃に割り振った。

 さすがに3本同時の攻撃を2本の短剣で防ぎきることができず、俺の左腕に1本の刃が食い込む。


「ぐッ……!」


 左腕から血がき出し、焼けるような痛みが走る。

 だが、これでいい。

 グイードがついに判断を誤った。

 ようやくアリスに攻撃する隙を作ることができたのだ。


 アリスは手薄になった攻撃をかわして即座に氷魔法を放ち、グイードの左半身ごと凍らせた。


「何ッ!?」


 2本の腕を同時に使えなくなったグイードは、急いで俺に使っていた残り3本の腕をアリスとシェヴェルに振り分けた。

 俺はそれを待っていた。

 今、俺の左腕は使い物にならないが、刃の腕1本が相手なら右腕だけで十分だ。


 思い切り踏み込む俺に、グイードは刃の腕を鞭のように振り下ろす。


「見切った!」


 俺は迫り来る刃をかわし、グイードの異形の腕を叩き斬った。


「ぐあぁっ!」


 叫び声を上げるグイード。

 切り落とした腕が血しぶきと共に床へ転がり落ちる。


 俺はそのままグイードに突進し、胴体目がけて短剣を素早く突き立てる。

 しかしグイードは咄嗟とっさに反応し、氷漬けになった腕をそのままたて代わりに使って俺の攻撃を弾いた。


 グイードの動きを完全に封じようと、アリスが追加の氷魔法を放つ構えを取る。

 グイードは身をひるがえして俺から距離を取ると、アリスにできた「溜め」の隙をついて刃の腕で鋭い突きを繰り出す。


 アリスは咄嗟に魔法を解除したが、突きをかわし損ねて刃が肩に突き刺さった。


「きゃぁっ!」


 アリスが悲鳴を上げる。

 刃はアリスの肩を貫き、後ろの壁まで押し切った。

 アリスはそのまま壁に鋲で留められたように釘付けになる。

 グイードはシェヴェルに使っていた腕を引き上げ、アリスの首を狙って刃を放つ。


「アリスッ!」

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