第34話

 大部屋に戻ると、俺は安堵あんどのため息をついた。


「何とか上手くいったが、ヒヤヒヤしっぱなしだったな」

「しかし小娘の演技力があそこまで壊滅的かいめつてきなレベルとは思わなかった。お前、今度から作戦中は一切しゃべるな」

「え……そんなにですか!?自分ではかなり上手くやったと思ったのですが……」


 アリスはしゅんとしていたが、俺は完璧に見えたアリスの弱点を知って思わず笑った。


「あ、バルト様まで、ひどい……」

「とりあえずは成功したのでよしとしよう。シェヴェル、鉄格子てつごうしの向こうに何かあったか?」

「あの部屋はやはり牢獄ろうごくか、もしくは獰猛どうもうな魔物を捕獲して閉じ込めておく部屋のようだった。町の外と直通しているのも、そいつらの搬入はんにゅうを楽にするためかもしれない」

「実験設備のようなものはあったか」

「奥に窓のない鉄の扉で塞がれていた部屋があったな。やはり魔法錠で施錠されていた。さすがに中が見えない状態で爆発魔法は使えずグイードに解錠させられなかったが、恐らく最も重要な部屋なのだろう」

「では、決定的な証拠はつかめなかったか……」

「いや、そうでもない」


 シェヴェルはカバンへ手を突っ込むと、尖った黒い刃のかけらのようなものを取り出した。


「地下牢内でこいつを拾った」

「何だ、それは?」

「私の記憶が確かなら、森の化け物の腕の先端部分とよく似ている」


 俺は思わず息を飲んだ。


「それが事実だとしたら、あそこに監禁されていたのはあの怪物、もしくは別の仲間ということになるな」

「明日、森でヤツを仕留めて確認すれば、それもはっきりする」


 アリスがシェヴェルに尋ねる。


「その鉤爪、公爵家での不正を暴く証拠として使えませんか?教会に提出すれば公爵邸への立ち入り調査くらいはしてくれると思うのですが」

「これは無断で地下牢に忍び込んで手に入れたものだ。証拠として取り扱うのは難しいだろう。そもそもあの場に落ちていたからといって、あそこに化け物がいたことの完全な証明にはならない」

「……確かにそうですよね」


 肩を落として小さなため息をつくアリスを、シェヴェルは見返した。


「やはり元人間の可能性がある者を手にかけるのは抵抗があるか」

「いえ、あの……そういう訳では……」


 シェヴェルは少し間を置いて続ける。


「可能な限り生かすよう、私も努力しよう。それにもしあの化け物に会話できる知能があるなら、地下牢にいた証言が取れるかもしれない」


 途端とたんにアリスの顔が明るくなる。


「ありがとうございます!」

「もう夜も深い。早く寝て、明日に備えて体力と魔力を回復させよう」




 翌朝、俺は一足先に起きて、町の武器屋へと向かった。

 戦いの前に約束の品を取りに行くためだ。


 店に入ると、店主が鞘に収められた短剣を2本たずさえ待ち構えていた。


「こいつが完成品だ。かなりいい出来に仕上がったよ」

「確かめていいか」

「もちろんだとも」


 俺はさやからゆっくりと2本の剣を抜き目の前にかざす。

 窓から入る朝日を浴びて、剣身が宝石のように輝いた。

 紺碧こんぺきの中心部から刃の方に従って徐々に青みが薄れていき、刃先は半透明の白に近い。


「美しいグラデーションだな」

「竜尾鱗の特徴だ。中心部が強くしなやかで、外側に行くに従って硬度が増すんだ。色の違いはそのせいだ」


 惚れ惚れと剣を眺める俺に、店主は続ける。


「この構造のおかげで鉄よりも硬くしなやかで折れにくくなっている。こういう自然の造形美を見ると、神様ってのは本当に全知全能なんだなって思うよ」

「せっかくいいものを作ってもらえたし、できる限りいい状態で保ちたいな。手入れはどうすればいい?以前持っていたことがあるんだが、部下……いや、他人に任せきりだったものでな」

「基本的に鉄の剣と同じだが、錆びないし刃こぼれもほとんどしないから、切れ味が気になる時だけ研げばいい。ただし、竜尾鱗の剣を扱った経験のある鍛冶屋に頼んだ方がいいな」

「ありがとう」


 俺は2本の剣を触れ合わせてみる。

 クワーン、と、なんとも心地よい高音が鳴った。

 俺は剣を鞘にしまうと左右の腰に刺し、店主に振り返った。


「改めて礼を言う。この剣は後生大事にするよ」


 代金を支払った俺は武器屋を後にし、合流地点へと向かった。




 アリスとシェヴェルはすでに道のはしの茂みに待機していた。

 作戦通り、二人とも麻でできたローブをまとい、フードを深く被っている。

 もちろん、俺も同じ格好だ。

 怪物に顔を覚えられている場合、前に魔法で攻撃した俺たちを警戒して姿を現さない可能性があったからだ。


「特に異変なしか」


 俺は二人に声をかけた。


「この時間は通行人もまばらだ。前回のように、鉱山の稼働直後あたりに遅れて単独でくる町の人間を狙っているのかもしれん」


 俺たちは茂みに隠れて、しばらく様子を見ることにした。

 俺はシェヴェルに小声で尋ねる。


「作戦はどうする」

「すでに腕を2本落としてはいるが、上段の刃の腕が厄介だ。先に封じたい」

「では、まず俺が前衛ぜんえいで注意を引こう」

「それで頼む。左右どちらかに動いてヤツの視線をらしてくれ。私が反対側から遠距離攻撃魔法の速射で仕留しとめる」


 アリスが続けて俺たちにたずねる。


「私はどうすればいいでしょうか?」

「私の支援をしてくれ。仕留め損ねたら追撃を頼む。それと、前衛のバルトが負傷するかもしれん。すぐに回復魔法を放てるようスタンバイしておけ」

「わかりました!」

「俺はかすり傷一つ負うつもりもないがな」

「不意打ちにだけは気をつけろよ。あと二人ともわかっているな」


 シェヴェルは俺とアリスを改めて見据える。


「化け物の正体が何であろうと、余計な感情は一切持つな。少しでもあやうい時は、私情しじょうを捨てて叩きれ」


 俺とアリスは大きくうなずいた。


 そうこうしているうちに徐々に鉱山へ向かう労働者の往来おうらいが増えてきた。

 やはり、皆怪物に襲われないように団体で行動している。

 しばらく待っているうちに、やがて鉱山が開く時間になった。


「前回と同じ流れだな」


 俺たちは人通りの途絶とだえた暗い道でそのまま待機する。

 どれくらい待っただろうか。

 ふと、森の茂みの中に小さな影が動いた気がした。


「アリス、シェヴェル、向こうに影が!」

「ああ、私も見えた」


 俺たちは一気に臨戦体勢に移る。


 俺は辺りに神経を張り巡らせた。

 どこから攻撃を仕掛けるつもりだ。


 ふいにアリスが上を見上げる。

 その瞬間、上の木の枝に黒い影が見え、続いて木の枝を揺らす音が聞こえた。


「バルト様!」


 アリスが影の動きを固めようと、反射的に氷魔法を放つ。

 影のあまりの速さに狙いは外れたが、何とか腕の一つを木に氷で固定できた。

 影はそれに構うことなく、別の腕を素早く振り上げる。

 俺の脳天目がけて刃の腕が振り下ろされた。

 ギリギリのところで俺は竜尾鱗の短剣を抜き、刃をガードする。


 攻撃を防がれるや否や、怪物は身をひるがえす。

 そのままアリスの氷魔法を他の腕でくだき、俺たちから離れたところまで飛び退いた。


 しかし何という速さだ。

 姿を見てから俺たちの頭上へ移動した気配も全く感じられなかった。


 地面に四つんいになった怪物の全身が目に入る。

 やはり昨日の少女だった。

 その顔からは、俺たちに向けられたあからさまな敵意が感じられた。

 背中から生えた異形の腕を振り回し、俺たちを狩ろうと狙いを定めている。


 俺は直感した。

 この怪物、俺たちから逃げるどころか、復讐するために戻ってきたのだ。

 明確に「憎悪」の感情を持っているということは——


 そこから考えられる結論に、俺の心は揺らいだ。

 だが、すぐにシェヴェルの言葉を思い出す。

 情に流されるとコイツには勝てない。


 俺は迷いを振り切った。


「行くぞ」


 俺は即座に怪物へ向かって突っ込んでいく。

 見たところ、ヤツの攻撃スピードは凄まじい。

 だが、太刀筋たちすじは過去に俺が対峙たいじしてきた剣豪けんごうたちのそれにははるかに及ばない。

 斬撃ざんげき軌道きどうさえ読み切れば、こちらにがあった。


 俺の勢いに怪物は少しひるんだのか、両の刃の腕を俺に向けて振りかざした。

 俺はそれぞれの腕を2本の短剣で防ぎ、弾き返す。

 そのまま左手に回り込み、怪物の右腕に思い切り一太刀ひとたち浴びせた。


 やはり竜尾鱗の剣は恐ろしく優れた武器だ。

 俺の手に馴染んだ剣は、いとも簡単に怪物の右腕を中間あたりで両断した。


 怪物はおぞましい悲鳴を上げる。

 少女は鬼のような形相で俺をにらみ、残りの腕で攻撃を仕掛ける。

 凄まじい速さではあるが、やはり太刀筋は単純だ。

 俺の剣で刃の腕をうまくいでかわした。

 折り返しの斬撃も短剣で防ぎきる。


 怪物は怒り狂い、俺への攻撃に夢中だ。

 十分なすきは作った。


 シェヴェルの手から閃光せんこうのようなものが走っているのが見える。


「昨日のお返しだ、化け物」


 次の瞬間、シェヴェルの手から一直線に光が放たれ、怪物の左半身を直撃した。

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