第33話

 俺はシェヴェルを見つめる。


「何か妙案みょうあんがあるのか?」

「妙案というか力技だ。バルト、お前が領主だとして、例えば宝物庫を開けなければならない状況とはどういうものだ」


 俺は昔の頃を思い出しながら答えた。


「そこにしまってある何かがどうしても必要になった時だ」

「他には?」

「そうだな……」


 そこで俺は気づいた。


「しまってある財産に何らかの危険が迫っている時か」

「正解だ。今夜、地下に忍び込んでひと暴れする」


 ちょうどその時、部屋に近づく足音が聞こえ、間もなく扉がノックされた。

 グイードが夕食を持ってきたのだ。


「ご希望通り、お部屋でお食事をとれるよう小分けにしております」


 配膳台にはローストした肉と野菜、スープや焼きたてのパンなどが置かれていた。

 どれも美味しそうなものばかりだ。

 側にはワインボトルもついている。


「ありがたく頂戴ちょうだいするとしよう」


 グイードと給仕が出ていくと、アリスが小声でシェヴェルに尋ねる。


「これは、食べてもいいものでしょうか……?」

「今さら毒を盛ることもないだろう。今の奴らにとって、まずは私たちに化け物退治をさせるのが最優先事項だからな。とはいえ念のために毒見をしておくか」


 アリスが小皿に取り分けた食事を、シェヴェルが口に運ぶ。

 しばらくんだ後、シェヴェルは真顔になる。


「どうした?まさか、毒か……!?」


 俺の問いに、シェヴェルは顔をほころばせた。


「めちゃ美味いぞ、これ」




 食事と入浴を終えた俺たちは、念のため廊下に人気ひとけが無いことを確認した後、夜襲やしゅうの作戦会議を始めた。


「先ほどの話通り、今宵こよい、地下室に忍び込み魔法で一騒ひとさわぎ起こす」


 シェヴェルは西翼の見取り図をテーブルの上に広げた。


「実行部隊は私とアリスだ。まず私たち二人が透過迷彩を使って地下牢の手前まで忍び込み、私がろうの奥の方目がけて魔法を放ち、爆発させる。もちろん火事にならないよう、最新の注意は払うが」

「いきなりそんなことして大丈夫かよ……」

「鉄格子から垣間見た範囲だと、恐らく問題ないだろう。もし牢の奥に重要な施設があるなら、グイードか誰かが血相を変えて飛んでくるはずだ。破壊は最小限に抑えて、音と振動だけ大きく出すようにする。アリスは万一何かあった時の私の補佐役だ」

「わかりました!」

「バルトはさわぎが起きた後、わざとらしく真っ先にけつける役目だ。その最中に我々が誰も部屋にいないとおかしいからな。爆発音に気づいてこの部屋から飛び出し、西翼へ駆けつけるまで、できるだけ多くの使用人の目に触れるように動いてくれ。地下牢に着いたら、グイードの気を引きつけておく役割もねてもらう」

「わかった」

「騒ぎを起こした後、私とアリスは地下牢の前で透過状態のまま待機する。恐らく中の様子を確かめに、グイードが鍵を持ってやってくるはずだ。扉が解錠されたら、バルトはすぐにグイードの気を逸らせてくれ。その隙に私が中に滑り込んで、部屋の中に怪しい設備がないか一通り確認する。万一、私にトラブルがあって行動を起こすのが難しい場合は、アリスがやってくれ」

「……頑張ります!」


 アリスはいきなり大役を任され、緊張して拳に力が入っていた。


「私が地下牢の調査を終えて扉から出てきたら、合図として小型の爆発音を2回連続で鳴らす。そうしたらバルトは引き上げてもらって構わない。アリスと私は地下牢の手前まで戻り、爆発音に気づき後から合流したていで駆けつけ、消火活動を手伝う。以上で作戦終了だ」

「しかし、そんなにうまくいくか……?」

「まあ、やれるだけやってみるしかないな。一番まずいのは、私たちが実行犯だとバレることだ。見つかれば恐らく処刑はまぬがれない。アリスは絶対に見つからないことを最優先に動いてくれ。万一の場合は作戦中止もやむをまい」

「わかりました」


 シェヴェルはカバンから木彫りの彫刻を二つ取り出し、一つをアリスに手渡した。


「私が魔力を込めた後、一定時間魔法が発動する。作戦遂行には十分な時間だ」

「シェヴェル様もこれを使われるのですか?」

「ああ。透過魔法を普通に発動すると、めちゃくちゃ神経使うんだよ……だからアイテム化しているんだ。それにこうしておけば、私以外でも使えるしな」

「なるほど、確かに!」

「では公爵邸の明かりが消えたら作戦開始だ」




 俺たちは屋敷の人間が寝静まるのを待って、作戦を実行に移した。

 アリスとシェヴェルが部屋を出て行ってから、俺は大部屋に待機した。

 西翼から爆発音が聞こえたら部屋から出る手はずだ。

 そろそろ着く頃か——


 突然、西の方から爆音がとどろき、屋敷全体が揺れた。


「……いくら何でも、やり過ぎじゃないか……?」


 俺は一抹いちまつの不安を抱えながら、予定通り爆発で飛び起きた体で部屋を出た。

 あれだけの音と揺れだったせいか、屋敷内にすぐに明かりが灯り、使用人たちは何が起きたかわからない様子で廊下でたむろしている。


「西側から爆発音が聞こえました。俺も向かいます」


 俺はなるべく彼らの印象に残るよう、声をかけて回った。

 途中、中央棟でグイードに出くわした。

 俺はわざとらしくたずねる。


「一体、何があったのですか?西側からすごい音が聞こえたんですが……」

「原因はわかりませんが、西翼の低層階で爆発があったようです。私はこれから向かいますので、バルト様はお部屋で待機していてください」

「俺も行きます。怪我けが人がいたら、人手があった方がいいでしょう」

「いえ、大切なお客様にご迷惑をかける訳には……」

「迷惑なもんですか!手伝わせてください」

「しかし……」


 ここで俺が地下牢に行かなければ作戦に支障ししょうをきたすかもしれない。

 俺は意地でも食い下がった。


「……わかりました。急いで向かいましょう」


 グイードもさすがにこれ以上断ると怪しまれると思ったのか、渋々承諾しぶしぶしょうだくした。


 俺たちは西翼の地下に降りていくと、けむりが充満していた。

 シェヴェルのやつ、やはり少々やり過ぎではないか。

 奥の方が明るくなっている。


「あ!向こうに火の手が!」


 俺とグイードは地下牢の入口と思われる鉄格子の扉の前までやってきた。

 これがシェヴェルの言っていた扉か。

 格子の隙間から、奥の方で炎が勢いよく燃えているのが見える。


 グイードが胸の内ポケットから小さな板状の金属を取り出す。

 それを鉄格子の魔法錠に差し込むと、カチャリと音がして錠が開いた。

 グイードはそのまま扉を開けて、俺に振り返る。


「危ないので、バルト様はこちらで待機していてください!」


 無理に押し入るとグイードに不信感を与えてしまうかもしれない。

 あとはシェヴェルがうまくやってくれるはずだ。

 俺は作戦通り、その場に待機しつつグイードの注意を逸らした。


「グイードさん!アリスとシェヴェルもこちらに呼んできます!彼女たちは魔法が使えるので、消火活動を手伝ってもらいます」


 グイードは余裕がない様子でこちらに振り向く。


「いえ、大丈夫です!我々で何とかしますので」


 そう言って、グイードはすぐに扉を施錠せじょうした。


 まずい。

 扉が開いている時間が想定よりかなり短かった。

 近くで待機しているはずのシェヴェルは、うまく内部にすべり込めただろうか。

 俺はグイードが確認を終えるまで、固唾かたずを飲んで部屋の外で待機していた。


 少ししてグイードが確認を終え、扉を解錠して部屋から出てきた。


「火を消せば問題なさそうです。消化用の水を運んできます」


 グイードはすぐに扉を施錠する。

 その時、扉の近くで小さな爆発音が2回連続で鳴った。

 シェヴェルがうまく脱出して、首尾しゅびよく作戦を終わらせたらしい。

 俺は安堵のため息をつく。


「俺もアリスとシェヴェルを呼んできましょう」


 ちょうどその時、アリスとシェヴェルが透過迷彩を解いて階段を降りてきた。

 示し合わせた通りだ。

 アリスがわざとらしくシェヴェルへ話しかける。


「うわあ、シェヴェル様、大変です!何か大きな音がすると思ってこちらへ来たら、なんと、地下から火の手が!」


 アリスはオタオタして、火に向かって指を差す。

 そのあまりにひどい演技に、俺は思わず冷や汗をかいた。

 シェヴェルも白い目でアリスを見ている。

 アリスはそれに気づいていない様子で、火の様子を見て口を開く。


「まあ大変、早く消火しないと!グイードさん、私、お手伝いします!」


 呆気あっけに取られるグイードをよそに、アリスは鉄格子の扉の手前から氷魔法をり出して、火を消していく。

 元々簡単に消えるように細工をしてあったのか、炎はあっという間に鎮火ちんかした。


 グイードは改めて扉を解錠して部屋の中に入る。

 内部が完全に鎮火したことを確認すると、部屋を出て鉄格子の扉を施錠し、アリスの元に駆け寄った。


「消火活動にご協力いただき、誠にありがとうございます。幸いにも、部屋は無事のようです。何と御礼を言ったらいいか……」

「いえいえ!これくらい、容易たやすいことですよ」


 アリスは不自然な作り笑いを浮かべ、うろたえながらグイードに答える。


「火事も無事鎮火したようなので、俺たちも部屋に戻るとするか、アリス、行くぞ」

「は、はい!」


 これ以上アリスにしゃべらせるとボロが出そうな気もしたので、俺たちは急いで部屋へ引き上げることにした。

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