三度目の正直を

「……ふう、やっぱり鈍ったな。三十秒も掛かっちまった」


 ところどころに田んぼや畑の敷かれた東京郊外。

 そんな田舎と言っても間違いではないような、そんな自然の中に聳える山の駐車場で桜髪の魔法少女──鈴野すずのは頬杖をつきながら不服そうに顔をしかめていた。

 とはいっても、は決して地面へと直座りをしているわけではなく。

 つい先ほどまで敵意を示し、数と力により鈴野すずのを取り囲んでいた少女達が山のように積み重ねられ、その上に鈴野すずのは座っているのだが。


「むぎゅー」

「ふぎゅー」

「んー」


 如何にもなばたんきゅーで倒れ、中には力の抜ける声まで発する魔法少女達。

 伸してしまった手前、そんな少女らを放置するわけにはいかず。その場へ残る鈴野すずのは懐からシガレットを出そうとするが、先ほど最後の一本を食べたことを思い出し、また一つため息を吐く。


 この二週間ほどで何度ため息を吐いたことか。

 きっと数えたら指じゃ足りずに、更にため息を吐いてしまうことだけは間違いないだろう。

 

「さて、果たしてあいつはどうなっているか。……出来れば生で観たかったなぁ」


 せめて一人でも目を覚ましてくれればどうにでもなるのだがと。

 どうにもならない現状に辟易しながら、それでも自身の弟子の奮闘を期待しつつ。

 鈴野すずのは夕暮れから夜へと移りゆく空色をぼんやりと空を仰ぎながら、少女の誰かの目覚めを待っていた。


 ……はあっ。苦労ばっかで嫌になっちまう。早く済ませて本物のヤニが吸いてえなぁ。






 黄昏を越え、夜を迎えようとしている空模様。

 元の世界へと単身戻った結月ゆづきは、意を決して鈴野すずのが言った山を歩いていた。

 

「……まっすぐで、良いんだよね」

 

 敵の本拠地があるらしいというのに、まったく何かの力も感じ取れない。

 普通としか思えない山の様子に、段々と不安を強くしながらも険しい山道を進んでいく。

 結構な頻度で視界に映る虫や、足場の悪い道に嫌気が差しつつも。

 それでもめげることなく進み続けると、不意に何かをくぐったような感覚が結月ゆづきの身体を走る。


 違和感を覚えつつ、けれど足を止める理由にはならないと。

 そこから少し進んでいくと、やがて木々の合間に見えだした真っ白な光の膜が目に映る。

 闇夜でも人の目を眩ますことのない白光。不思議なほどに優しい謎の光を不思議に思いながら、結月ゆづきはその直前に立ち止まって見上げる。

 どこまでもとは言うまいが、それでも木々よりは遙かに高く聳えた白い膜。

 きっとこの先がお姉さんが言った戦いの場なのだと、一瞬顔を強ばらせるものの覚悟を決めて前へと踏み出す。


「……わあ」


 光の膜を通過した結月ゆづきは、目の前に広がる景色につい驚愕を零してしまう。

 つい先ほどまでの森の中で、これからもそうだと思っていたその場所はまるで別物。

 犇めく木々はまっさらに消え失せ、白い膜に包まれた大きな平地が露わになってしまっている。

 まるで何も栽培されていないビニールハウスの中。ここに最初から木がなかったと言われれば信じてしまいそうだと、結月ゆづきはそんな風に思った。



「……よくぞ参られた。貴殿が我らと相対する星の尖兵、魔法少女ブルームーンか」

 


 自然の中であまりに浮いた光景に圧倒されていた結月ゆづき

 しかし不意に掛けられた背後からの声に、猫のように身を跳ねさせながら勢いよく振り向く。

 そこにいたのは、まるで山を思わせる重厚な存在感を備えた青肌三ツ目の男。

 だが少女が目を奪われたのは屈強な身体ではなく、人類にはない三つの目にでもなく。

 その存在が持つ力の密。自分とは比較にならないほど濃密で、それを押し出されるだけで潰れてしまいそうな奔流に慄いてしまう。

 

 その姿に、もしかしたらお姉さんよりも魔力の量は上だと。

 自分の慕う意地悪で変身前は煙草臭い、けれども強くて優しいあの魔法少女よりも強いのではと結月ゆづきはふと思ってしまった。


「……えっと、あなたは?」

「我はスパイス。メケメケ団頭領にして今宵の主催が一人である」


 重苦しい圧がありつつも、不思議とよく通る低い声。

 そんな声に結月ゆづきは一瞬びくつきながらも、すぐに三ツ目の男へと真っ直ぐと見据える。


「……ほう。をしている、流石はベル殿の弟子だ。これならば此度の催し、さぞや見応えのあるものになるだろう」

「は、はあ……どうも?」

「ふっ、ではしばし待て。もうじき奴めも支度を調え……その必要もなかったか。待ち遠しいのはお互い様よな」


 スパイスの呟きの得後、結月ゆづきの感覚にもはっきりと捉えられる覚えある魔力。

 その炎のように荒々しい力を導かれるまま見上げれば、そこには見覚えのある翼ある青肌の女が。

 違うとすれば以前とは異なる、畏まった正装のような黒のドレスを身に纏っていることか。

 

「お待たせしました。三幹部がホイップ、装置の最終調整を終えここに参上いたしました」

「ご苦労。面を上げよ、此度の主役はお前達なのだから」


 空から降り、地に膝を突き主へと平伏するホイップ。

 敵対していたときとはまるで違う態度の女に、結月ゆづきは多少面食らってしまいながらもすぐに緩んだ心を引き締め直す。


「……さて。役者が揃った所で軽く説明をしよう。事前の通達通り、二人には遺恨の一切を打ち払えるほど全力で戦ってもらう。その際に遵守してもらうのは逃走と殺しはなし、これだけだ」


 三ツ目の男の言葉に結月ゆづきは多少安堵しながら、気を緩めてはいけないと拳を強く握る。

 殺しがないからといって優しいものになるわけではない。

 戦いとはどこまでいこうと戦いなのだと、それはこの十日で嫌というほど身に染みていうのだから。


「魔法少女ブルームーンよ。仕合う前に一つ謝罪させてほしい。今回我らの都合でこのような場になってしまったことで、距離を取る戦い方の貴殿に不利を強いてしまう」

「……大丈夫です。どんな事情であろうと、私は勝つために来ましたから」

「……かたじけない。貴殿の寛大さと勇気ある宣言に心よりの敬意を表させてもらう」


 凜とした表情で応える結月ゆづきに、スパイスは下げた頭を上げて笑みを浮かべる。

 

「では我は失礼しよう。両者、存分に出し尽くすがいい」


 ばさりとマントを翻し、空へと去っていくスパイス。

 そして場に残された二人。互いの緊張が場を重く締めつけ、より緊迫した空気を作り上げる。


「……まあなんだ、まさか同じ小娘と、三度も戦うことになるとは思わなかったよ」

「……私もです」


 痺れを切らしたのか、気まずさを隠さず口を開くホイップ。

 そんな彼女へ結月ゆづきは臆すこともなく、しっかりとその赤目を見つめて返事をする。


「……今日はまともな格好なんですね。そっちの方が似合ってますよ」

「そりゃどうも、今回は決闘だからね。……ま、くだらない話はここまでにしようじゃないか。私達はおしゃべりするためにいるわけじゃないからね」

「……そうですね。手早く済ませましょう。私も、門限までには帰りたいですから」


 一歩後ろへと飛び退き、睨み合いながら構える二人。

 再び場に沈黙が走る。ただし今度は押し潰すような圧ではなく、破裂しそうな緊張で。 

 一秒、二秒、そして三秒。

 その一呼吸を挟み、先に空へと飛び上がったのは青髪の魔法少女──結月ゆづきであった。


「へえ、やるじゃん! 毎度毎度気持ち悪いほど育ってくるねぇ!」


 飛翔と共に放たれた十を超える魔力の弾。

 以前とは密度も速度も違うそれに感嘆の声を上げながら、青肌の女はその一切を紫の炎にて焼き払う。

 そしてホイップは両の手に纏う紫炎で鋭利な爪を形作り、背中の翼を羽ばたかせて空へと舞い上がる。

 狙う先はただ一点。必死に高度を上げながら敵を迎撃する、青髪の魔法少女の元へと目掛けて。


ったッ!!」


 全ての魔力弾をかいくぐり、目前へと迫ったホイップは紫炎の爪を振るう。

 そして結月ゆづきは切り裂かれ、そのまま敗北が決定する。──もしも少女が、前回から一つも成長していなかったのであれば。


「なっ!?」


 確かに捉えたと思ったそれは、人型を模した魔力の塊でしかなく。

 その背後に隠れていた結月ゆづきは、青肌の女の空いた胴に手を翳して魔力を放出し、ホイップを白い幕の壁まで吹き飛ばす。


「っ、やるねぇ……って、遠慮はなしかいっ!!」


 白の壁からずり落ちながらも、すぐに空へと戻ろうとしたホイップ。

 だがその復帰を待たずして、迫り来る無数の魔力弾に右腕を振り回す。


「どうしたァ!? 新ネタはここで終いかい!? 勝つと豪語したのならもっと足掻いてみせなッ!!」


 咆哮と共により苛烈に炎を滾らせるホイップ。

 時代に魔力弾は撃ち落とされる速度に負けていき、結月ゆづきも余裕をなくしていく。


「距離を取って……」

「させないよッ!! 紫炎翼扇*****ッ!!」


 結月ゆづきも認識できない、黒板を爪で掻いたような音の羅列。

 それが為された後、紫炎は翼へと宿り、強く羽ばたき炎風の刃を生み出す。

 空すら切り裂かんと疾走する風刃は魔力弾すら両断し、なお突き進み結月ゆづきへと到達し肌を切り裂いていく。


 顔を、腕を、足を、そして片目を裂き。

 なおも止まらぬ風の刃に懸命に堪えながら、それでも迎撃の手段を模索する結月ゆづき

 だが最中、まだ無事な右目で瞬きしたその瞬間、結月ゆづきの視界から青肌の女は姿を消してしまう。


「どこに……!!」

「ここさァ!! 墜ちなァ!!」


 結月ゆづきが魔力を追いかけるよりも早く。

 上に回っていたホイップは翼をはためかせて加速して、その勢いのまま青色の魔法少女を突き落とす。


 衝撃を奔らせ、轟音を響かせ、土煙を巻き起こし。

 声を上げる間もなく、隕石のように墜落した結月ゆづき

 激痛で立ち上がれず、身体にも力が入らず。

 血を流し、血を吐き、全身が悲鳴を上げながら、叫びすら小さな呻きを零すのが限界であった。


「はあ、はあっ。結局、三度とも落として勝つとはね……」


 炎を散らし、手で頭を押さえながら降りてくるホイップ。

 地面はと足をつけ、多少ふらつきながらも落とした少女の側まで歩き、自身の勝利をその目で確認する。


「はあっ、二度あることは三度あるって、この星の言葉通りだね。まあ、本当によくやったよ。……ふう」


 荒んだ息を整えながら、決着を宣言する青肌の女。

 それを朧げながら聴いていた結月ゆづきの意識だが、薄れた意識は暗闇に揺蕩っていた。


(動か、ない……。私は、うぅ……)


 指の一本すら動かず、けれども僅かな思考だけが働いてしまう結月ゆづき

 分かっている。このままでは敗北してしまうと。

 けれどどうにもならない。力なんて入らないし、かろうじて保ってる意識もすぐに途切れてしまうはず。

 

 敗ける、敗けてしまう。

 このまま前と同じように、何も変わらず、あの人の期待にも応えられずに。

 ……そうだ、あの人。お姉さんは、今どこに。


『終わったらまたお菓子買ってやる。勝ったら二つ、敗けても一つ。これなら元気出るだろ?』


 思い出す。あの人の言葉を。

 思い出す。私に笑いかけてくれた、あの人の顔を。


 お菓子なんてどうでも良い。確かにあまり買ってもらったことはないけれど、そんなことより大事なことがある。


 私はただあなたに褒めてもらいたい。

 あなたに認められたい。

 あの温かな手であなたにまた、撫でてもらいたい。


 口は悪いし意地悪で、煙草の臭いがちょっと嫌だけど、でも強くて優しい私の憧れの人。 

 そんなあなたに私は憧れた。あなたのようになりたいって、初めて会ったあの時あの瞬間にそう思ってしまったんだ。

 

「……から、だから……」


 結月ゆづきの四肢に感覚が戻る。

 あれほど空っぽだったのに、不思議と力が湧いてくる。空虚だった心に、何かが充たされていく。

 

「……うそ、あのダメージで立ち上がれるはずがッ」

「約束、したから……。精一杯やるって……!!」


 土を削る音を立て、ゆらりゆらりと立ち上がる結月ゆづき

 その様に青肌の女は唖然とし、無意識に一歩後ろへと退いてしまう。


 傷だらけで、血だらけで、指で小突けばそれだけで倒れてしまいそうなほど弱々しくて。

 けれど同時に、その儚さは何度も倒れても起き上がってきそうな不屈をも備えていそうで。


 ──つまり、青肌の女幹部は臆してしまったのだ。

 目の前で自分よりもボロボロで、二度も負かしたことのある青髪の魔法少女を。


「だから、私は……!!」


 刹那、青髪の魔法少女が光を放つ

 周囲を囲う白い幕すら霞むほど眩い白光が、まるで彼女の声に、意志に応えるかのように溢れてくる。

 間近にいたホイップは──青肌の女幹部は、その魔力の変質を確かに知覚してしまう。

 理屈は定かではないが、目の前の敵は進化を遂げたのだと。長かった蛹の期間を終え、今この瞬間に羽化したのだと。


「これが……私の武器。……手鏡?」


 やがて光が止み、結月ゆづきの姿に変化はなく。

 されど握られた大きな黒縁の手鏡と、先ほどまではなかったそれと消耗していたはずの魔力の復活と上昇が、少女の進化を嫌が応にも両者に実感させていく。


「いいぜ、認めてやるよ。名乗りな、魔法少女」

「……ブルームーン。魔法少女ベルの弟子、魔法少女ブルームーン」


 再度、そして今度こそ目の前の敵を葬るべく、収めた紫炎を膨れあがらせるホイップ。

 それは先ほどまでとは比にならない、桜色の魔法少女でさえ予想以上だと口笛を鳴らすであろう濃度。

 ホイップは直感したのだ。目の前の少女はもう、力を抑えて戦える相手でないと。


紫炎絶嵐*******ッ!!! くたばりなァ!! ブルームーンッ!!」


 痺れを切らすように仕掛けたのは、最初とは異なり青肌の女幹部の方。

 触れるだけで蝕まれ、裡すら焦がされそうな紫炎。

 そんな力を纏う爪と翼を凝縮させ、乱雑に振るわせて炎と斬撃の嵐を巻き起こし、縦横無尽に突き進む。


 渦巻く紫嵐は空への逃走すら許さず、前方で佇む結月ゆづきへと迫る。

 当たれば必死。風の奔流が回避は許さず、例え回避できようとたちまち燃やし尽くされるだろう。

 だというのに結月ゆづきは動かない。

 その場から逃げようともせず、悠然と迫る紫嵐を見据えながら手鏡を強く握り、鏡面を向けて魔力を米ながら構える。


青い月ブルームーン


 唱えられた言の葉は、無意識に紡がれた少女の掴んだ力の本質。

 その願いに呼応するように手鏡は煌めき、暴れ狂う紫嵐を真っ向から受け止める。

 衝撃が走る。炎が散り、火花を弾き、魔力と魔力のぶつかりが稲妻を引き起こす。

 そして直後、鏡によって嵐を跳ね返され、更に勢いを増しながら青肌の女幹部の元へと迫り帰った。


「なッ──!!」


 驚愕出来たのはほんの一瞬。それ以上は何をするにも間に合わず、為す術なく直撃するホイップ。

 盛る爆炎に灼かれ、渦巻く斬撃の嵐に裂かれ、風圧で白い膜に叩き付けられ。

 やがて口から煙を吐き、瞳の色を失わせ、そのまま落下するように地面へと倒れこんだ。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


 相手の戦闘不能を見届けた直後、結月ゆづきもまた地面へと倒れてしまう。

 熱も失せ、風もなくなり、戦いの音が潰えたその場所で。

 勝利も敗北もなく、ゴングを鳴らす者もおらず、地に伏す二人がそこにいうだけであった。


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