第29話 ドローン墜落

そして左足に体重を乗せてから右足で足払いをかけた。

朴腿歩の応用だ。

次々と軍人は倒れていくが、なにせ30人以上は、いるだろう。

私達のスタミナは切れ始めた。

ちっちゃなエレナも頑張ったが金的にパンチが当たらないようになってきた。

私も一発では敵が倒れないようになってきた。

妻もパンプスビンタの威力が落ちてきた。

このままでは捕まってしまう。

私達三人は背中を合わせて三方を向いて立ちすくんでいる。

このまま命を落とすのか…と思った時、上空から、なにやら赤い点滅灯を輝かせた物体が飛んで来た。

ブーン、ブーンと昆虫が飛ぶような音だ。

その飛行物体が私達に向かってきた。

ドローンだと認識すると私達の頭上のより近くで停止飛行をしている。

それを見上げると読み慣れたイクライノ語の文字。

「イワンです、これにつかまって下さい。遠隔誘導します」と書かれた紙が貼ってあった。

私達が3台のドローンに3人とも掴まると上空へと発進した。

かなり大きめなそれは一辺が1メートル位の正方形型である。

こんなドローンは初めて見た。

イワンさんの準備周到さに心から感謝した。

これで塀の外へ逃げ切る事ができると安心した。

少しずつ高度が上がっていく。

エレナはテーマパークのアトラクションを思い出すのか少しにこやかだ。

10メートルほど上がると、ほぼ軍事研究センターの塀と同じ高さになった。

もう少しで脱出だと言うところでパーンと言う破裂音がした。

エレナのドローンが撃たれた。

下を見ると軍人がライフルを抱えている。

しばらくプロペラは動いていたが奇妙な音をドローンは立て始めた。

「エレナ!パパにつかまるんだ」

「パパ怖い、怖いよう」

私は片手をエレナに差し出した。

私は片手で必死にドローンにつかまり、できる限り体を揺すりエレナの手を取ろうとした。

「エレナ頑張って!」

と妻が言った刹那、エレナのドローンは完全に運転を停止した。

「エレナ!危ない」

と叫んだ瞬間、私の足にずしりと重みがかかった。

なんとエレナはドローンが落下する際、両手を離して私の足首につかまったのだ。

私はまた、両手でドローンをつかみ直した。

エレナはありったけの腕力と足の遠心力を使い私の腰のあたりまで、よじ登ってきた。

すでに塀の高さを超えライフルの弾丸は完全に届かない距離だ。

むなしく射撃音が夜空に響く。

「イワンさん、ありがとう」と私は心の中で何度も何度も感謝した。


稽古の後、私達、家族は道場の応接室に招かれた。

「命からがらの生還でしたね」

と馬先生がねぎらってくれた。

「命からがらと言うのはカンフー映画だけだと思っていましたが、カンフースターになった気分です。馬先生の指導のお陰で帰って来られました。ありがとうございます」

「皆さんが一致団結して闘ったので南晩漠と言う大きな壁に風穴が空きましたね」

「主人を見直しました。単なるオタクとばかり思っていたのに」

「おいおい単なるオタクとは酷いじゃないかカロリーナ」

「私に試し組手で負けてパパはオタクをやめたんだよ」

とエレナがフォローしてくれた。

馬先生は可笑しそうに体を揺らしている。

「ところで」

と馬先生は座り治した。

「向こう一ヶ月は慎重に行動してください」

と馬先生は静かに言った。

「南晩漠から奥さんを返せと言う脅迫が無いとも限りません。命までは狙ってこないと思います。ここはイクライノです。南晩漠ではないですからね。ですが小さな怪我をさせるような方法で心理的に追い込み、やはり奥さんを奪還した事は間違いだったのか?と思わせるように仕向けて来るかもしれません。自宅にサイレンサー装着の銃で狙撃と言う可能性もあるでしょう。」

「狙撃ですか!恐ろしいですね」

と私は声を出してしまった。

妻も目をまん丸にしている。

エレナもなんとなく事の重大さに気づいているような顔をしている。

「慎重にですね、わかりました」

と私達は道場を後にした。


帰環から一週間、一ヶ月が過ぎたが平穏な日々が続いた。

国家機密を抱えた妻がどうして狙われないのか不思議でたまらない。

まあ杞憂で終わるに越したことはないかと一安心だ。

そして二ヶ月が過ぎようとしていた時、南晩漠のイワンさんからの手紙が届いた。

私達の脱出を幇助した罪で大変なことになってはいないだろうか?と心配になるが、温かいその筆跡におそらく悪い知らせではないだろうと言う期待で封を開けた。

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