『間話 水槽の中の魔王』

 ※

 クスロウがコン様にボコられ、更生を決意する少し前。


 オガネス王国北東部。

 旧魔王軍占領地。


 そこは魔王が死んだことで制御を失った魔物共がひしめく無法地帯となっていた。

 そんな中にある館があった。


 内部は廃墟同然。生命の気配もなければ、物もほとんどない。ただ大広間にひとつ、巨大な水槽のようなものが置かれていた。


 水槽の中には、これまた巨大な生首が浮かんでいる。

 魔王の生首だった。


「報告いたします陛下」


 そのとき、誰もいないはずの館にしわがれた声が響いた。


「勇者クスロウは王国を追放されたようです」


 その男は、いつの間にか水槽の前に立っていた。不健康そうなやせ細った男だ。

 すると、魔王の生首が目を開け、ぎょろっと男を見た。


「なに? 追放だと? ……なぜだ」

「王女との結婚を前に浮気をしたそうです」

「浮気……たった、それだけでか」

「はい。人間どもの感覚は、我々魔族には理解できますまい」


 痩身の男はふっふっと笑った。


「……そうか。では、いまの居場所はわかっているのか」

「いえ。捜索中です」

「であれば、各地に刺客を放て。奴を炙り出すのだ。そして捕らえ、ここに連れてこい」

「は。おおせのままに」


 男は深々と礼をした。


「勇者クスロウ……体を取り戻した暁には、必ず我自ら息の根を止めてくれる……」


 魔王は水槽の中でプクプクと呟いた。少し間を置いて思いついたように「それから」と付け足す。


「オガネス王国の王都にも、選りすぐりの刺客を送っておけ。少数でいい」

「は……王国、ですか。しかしあそこに勇者はおりませぬが」

「フフフ。それでよい。むしろ好都合だ」


 魔王は不敵に笑う。


「勇者クスロウは間違いなく最強だ。この我ですら、あの時お前がいなければ滅びていた。

 だが奴は所詮人間。人間である限り弱点はある」

「……なるほど。そういうことですか」


 男もンヒッとえずくように笑った。

 魔王は「そういうことだ」と男に命じた。


「行け。我が忠実なる四天王が一角……『不滅のラボアジェ』よ。勇者クスロウの最も大切なモノを奪ってこい」


『不滅のラボアジェ』。それは名の通り不死の力を持つ魔族。

 クスロウの魔王襲撃時、その力で唯一生き残った四天王だった。


「御意」


 ラボアジェは細い腕を優雅に動かして一礼し、館から出ていった。


「フフフ……クスロウ……お前が絶望を見る日は近いぞ」


 水槽の中で魔王は呪詛のこもった声で呟いた。

 その言葉は誰に届くでもなく、しかし、確かに現実となりかけていた。


《第一章 終》

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