『第七話 最初の試練』じゃ

「はぁっ……はぁっ……!」


 オレはいま、どこかの森の中を走っている。


「グォアアアアア!!」


 巨大なクマの魔物に追いかけられて。


「はあクソッ! やっぱ無理だッ! こんなの!」


 Bランク魔獣 《ブルドベアー》だ。

 ヨダレをまき散らしながらもの凄いスピードで距離を縮めてくる。

 こいつを倒せ?

 いやムリムリムリ、ムリだって。

 オレいま丸腰だぞ。吹っ飛ばされて終わりだ!


「はあっ、は……っ」


 わき腹が痛い。ほんの少し走っただけでこの疲労。

 当然だ。いまのオレはレベル1しかない。

 この世界の普通の成人男性ですらレベル5~10はある。

 シャレ抜きで赤ん坊同然なんだ。


「頑張れクスロウぼうや~♪ 逃げてばかりでは真の勇者にはなれんぞ。わしは手助けせんからの~」


 どこからともなくコン様ののんきな声が聞こえてくる。

 あンのドSロリババア……。


「これじゃいま死んじまうよッ!」


「グォアアアアア!!」


 背後に迫るクマが、巨大な前腕を振り下ろした。

 間一髪で避ける。その拍子に足をすべらせ、斜面を落下した。


「あでっ、いてっ!」


 結果的に距離を取れた。

 だがどうする。クマはまたすぐ斜面を降りてくる。

 逃げてばかりではいずれやられる。


 考えろ。こっちの世界に来てから、魔王軍の魔物と散々戦ってきたろ!


「……う……」


 ……ダメだ。

 この前までぜんぶワンパンで倒せてたから経験もクソもない。

 《封印剣》さえあればこんな状況楽勝なのに。

 強い武器さえあれば。

 強い……。


「そ……そうかっ!」


 オレは周囲を見回した。

 当然都合よく武器が落ちているわけはない。だが、ここは森の奥。

 そういう場所には魔物の巣がたくさんある。

 たとえば……


「あった!」


 数十メートル先にほら穴を見つけた。


「グォアアアアア!!!」


 クマが斜面を突進してくる。オレは全速力で走り、ほら穴に飛び込んだ!


「グァッ……フゥゥゥ……」


 クマが穴の手前で止まる。

 穴の奥は暗闇だ。

 だがそこに、赤く光る八つの瞳が浮かび上がってきた。

 カサカサという音とももに、何本もの足が動かし、

 巨大な蜘蛛クモが姿を現した。


「グォオオオオオオッ!!」


 クマは衝動的に威嚇したようだった。

 蜘蛛は、そんなクマに対して白い糸を発射した。


「グォオオオオオッ、グァッ、グォアアアアオオオッ! グォ……」


 糸に絡められたクマが巣穴に引きずり込まれる。そのまま、生きたまま蜘蛛にボリボリ食われてしまった。


「ひえェ……」


 オレはその間を息を潜めていた。蜘蛛がクマに夢中になっている隙にこっそり穴から出る。


 危なかった……。


 《レベルアップ:レベル6》


 すると視界に表示が出現した。


「おお……!」


 この世界の人間はみな、RPGのプレイヤーのような機能を体に持っている。

 スキルや、レベルの概念。

 拡張現実ARのように視界に表示されるディスプレイもそのひとつだ。


 自分で倒したわけじゃないけど、レベルアップはするのか。

 やったぜ!

 まだ6しかないけど。


「よくやった。最初の試練はクリアじゃ」


 巣穴の外にはコン様がすました顔で待っていた。


「魔物同士を戦わせるとは、知恵を絞ったのう♪」

「絞ったのう♪ じゃないよ! いきなり過ぎるって、マジで死ぬとこだったんだぞ」

「それでよいのじゃ。

 強敵との戦闘ほど得られる経験値も高い。ヌシも早くレベルアップしたいじゃろ?」

「……それはまあ……そうすけど」


 オレが魔王を倒した時のレベルは99万。

 魔王のレベルは3万くらいだった。

 復活したヤツがどの程度力を取り戻しているかはわからないが、少なくともいまのオレでは到底かなわない。

 普通にあと2万9994くらい差があるかもしれない。


 そう考えると果てしないな……。

 なんか不安になってきた。


「……たしかに。最短で行かないと、魔王は倒せねーな」

「そうじゃ。まあその辺りはわしに任せておけ。ホレ、次はこのまま街に降りて冒険者ギルドに向かうぞ」

「えーこっから歩くのー? 疲れたよぉさっきみたいに指パッチンワープ使ってよぉー」

「なぁにを甘えたこと抜かすか。自分の足で歩くことこそ成長には必要なんじゃ~」


 コン様は悠々と歩いていく。ちなみに普通に靴は履いていた。


「あれ、コン様、オレと会ったとき裸足じゃなかった?」

「ん? よく気づいたの。さては足フェチか」

「いや、おっぱいが好きだ」

「真顔で返すんじゃないわ。……靴でタマを蹴っては、ほんとに潰れてしまうかもしれんからの。脱いどったんじゃ」

「……まず蹴らないでほしいんだけどね」


 ちなみにコン様は貧乳だ。


「ほれ、さっさと行くぞ~」


 レベル99万のオレを一方的にボコる力。

 一瞬で街から森に来たワープ。

 クマの魔物を用意したのも、もしかしたらたまたま近くに蜘蛛の巣穴があったのも、コン様のしわざなのかもしれない。


 この幼女が本当に《神様》なのはもはや疑いようがない。

 ようやく実感が湧いてきた。

 神様なのに、わざわざ《更生プログラム》なんてものを考えて、本気でオレを真の勇者に育てようとしてくれているのだ。

 オレなんかのために。


 ……頑張らなきゃな。


 オレはコン様の小さい背中を追った。




「……やっと見つけたぞ。勇者クスロウ」


 その様子を、木陰から鎧を着た女が覗き見していることには、まだ気づいていなかった。

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