『第三話 クスロウ追放』じゃ

  翌朝。

 ベッドで起きたオレは、目をこすって隣を見た。

 王女はまだ寝ている。あどけない寝顔で、服は着ていなかった。


「んぅ……」


 ずり落ちたシーツから白い肩が覗いている。その奥には、豊満なふたつの膨らみがある。


「ん~、最高の眺めだぜ」


 前世じゃ非モテドーテーだったオレには目に余る景色だ。


 さて、これからどうしたものか。

 魔王は倒した。王女と結婚して王国を手に入れる計画もほぼ成功と言っていいだろう。

 となれば次にすることは……。


「ん……んぅ……」


 王女のデカイオッパイを揉みながらオレは考えをめぐらせた。


「よし」


 次やることが決まったぜ。



「さァ~~遊びまくるぞ~~!!!」



 オレは賭博場でバニーガールに囲まれていた。


「君たちの力を貸してくれ」


 両サイドに立つ美女に息を吹きかけさせたサイコロを、盤上に振る。


「すごい勇者サマ! これでフルカウントよ!」

「それすごいの?」

「あなたの勝ちよ!」


「そうか。悪いねェ~」ウインクして、オレは隣席の男のコインをすべてかっさらった。

 男はオレをみて憎々しげに舌打ちするが、そのまま去っていった。


「さて、オレもそろそろ帰るかな~……」

「えー夜はこれからでしょ?」

「勇者サマ~、もうワンゲームだけ」


 バニーガールたちがオレの股間をさすりながら言い寄ってくる。


「ん~」


 今日は早く帰る約束してるんだけど……。

 ま、いいか。


 結局、オレは夜通し賭けとアッチの遊びに興じた。

 王城に帰ったのは翌朝だった。


「よっと」


 衛兵にバレないように、正門ではなく壁を登って、窓から王女の部屋に入る。

 王女は豪勢なベッドで寝ていた。

 服は着ている。相変わらず、クソかわいい寝顔だぜ。


「ただいま。王女」


 囁きかけると、ん、と声を出し目を開いた。


「クスロウ……様? 昨夜はどこへ?」

「ちょっと立ち寄った村で助けを求められてね。遅かったから、泊めてもらったんだ」

「あぁ……そうだったのですね」


 王女はほっとしたように微笑んだ。


「村人たちも喜んだことでしょう。やっぱりクスロウ様は、困っている人は誰であっても助けてしまうのですね」

「ああ……もちろん。でも、いちばん大事なのはきみだよ」


 オレは王女の頬にキスをして、そのまま彼女の胸元に手を入れた。


「あっ、いけませんわクスロウさまぁ……」




「ねぇーえ。あたしと王女、どっちの方が上手かった?」


 そのまた次の夜。

 娼館のベッドにオレは娼婦と寝転がっていた。


「なにが?」

「わかってるくせに。ご奉仕、よ」

「ん~……そういうことは言えないなァ」

「教えてよ~」


 オレはその翌日も、さらに翌日も、王都の夜の街で遊び呆けた。

 賭博で遊び、酒を飲んで遊び、女と遊び……。

 やりたいことはなんでも自由にやりまくった。この街では誰もそれを咎めない。

 なんてったって、オレはこの国を救った英雄だからな。



 一週間ほど経ったある日。

 その日の朝方も、オレは夜通し遊んで王城に帰るところだった。

 裏路地を歩いていると、いきなり男が立ち塞がった。


「よォ、あんた」

「ん?」

「俺のこと覚えてるか」


 チンピラ風の男だ。


「どっかで会いましたっけ?」

「この前の賭けじゃ、あんたにしてやられたよ」

「賭け? あ~、あの時の」

「おかげで有り金ぜんぶむしり取られたぜ。ムカつくんだよ。テメェ、いきなり現れて調子に乗りやがって」


 男はおもむろに腰の剣を抜いた。

 ふーん。

 こういうやからも現れるわけね。

 レベルは……なんだ、たった20か。


「最強だかなんだか知らねえけどよ。今は丸腰だよなぁ」

「……そう見えるか?」

「伝説の《封印剣》も持ってねえ。つまり、オレでも殺せるってこったなぁ!!」


 男は斬りかかってきた。

 振り下ろされる剣。オレは、それを指先で止めた。


「ほい」

「なっ」


 男が驚愕に目を見開く。オレはそのまま剣を掴み、彼を引き寄せると、みぞおちを蹴り抜いた。

 すると男は砲弾を食らったように吹っ飛んだ。


「がはッ!!」

「剣はいつも持ってるよ。スキルで隠してるだけで」


 オレは服のホコリを払った。


「仮になくても、その虫ケラみたいなレベルじゃオレには傷ひとつつかねーけどな」


 男は道端の木箱に突っ込んでうめいている。

 オレはポケットにあった回復ポーションをそいつに投げて、その場を後にした。



「ただいま」

「おかえりなさい、クスロウ様」


 王女の部屋に帰った。なんだか王城がいつもより騒がしかったが、王女はいつものようにベッドで寝ていた。

 ただし、オレには背を向けて。


「いや~ゴメンゴメン。また」

「また村人に助けを求められたのですか?」

「ん? あ、あ~そうだね。そんなとこ」

「……そうなんですね」


 オレがベッドに腰かけると、王女は体を起こした。

 振り向いたその顔はやはり笑っていた。


「クスロウ様は、ほんとうにお優しいんですね。どれだけ忙しくても、朝には必ず私の元に帰ってきてくださります」


 やはりオレを愛している目だった。


「明日は、私たちの結婚式です。私、昨日ドレスの試着をしたんですよ。お父様も素敵だって褒めてくれて。クスロウ様にも見て欲しかったです」

「……あぁ。そうか、見たかったな。オレは本番のときまでガマンするよ」


 そう言うと、王女は目を閉じた。

 少しして、もう一度開く。


「クスロウ様、ひとつお願いしてもいいですか?」

「ん。なに?」


「私の名前を呼んでくださいますか?」


 名前?


「何言ってんの。別にいいけどリ…………」


 ……あれ、なんだっけ。

 最初に会ったとき聞いたよな。それ以降王女としか呼んでなかったから、ちょっとパッと出てこないけど……。


「いや、待ってね、もちろん覚えてるよ。えーっとリ……リサ……リイラ……リース……は違う昨日寝た女だ…………あっ」

「……私、お父様から変な話を聞いたんです」


 王女が感情ない声で言った。


「クスロウ様が……毎晩夜の街で遊んでるって。人に乱暴したり、他の女の人と、そういう行為もしたりしてるって……」

「……それは」

「女の人を強姦したり、裏市場で人肉を切り売りしたり」

「いやそんなことはしてな……」

「私そんなわけないと思ったんです。だってクスロウ様のこと信じてたから…………でも……」


 光を失った目から涙が溢れた。彼女はそのまま泣き崩れてしまった。

 オレはなにも言えなかった。

 しまった。ちょっと派手に遊びすぎたか。

 まさか王の耳にまで話が届いてるとは。

 とりあえず誤解を解かなくては。


「あの……えっと……説明させて。その話は、誇張もあるみたいだし、一回ぜんぶ国王おとうさんと一緒にさ」

「やめてください! お父様に会ってはダメ」


 すると王女はオレの腕を掴んで言った。


「お父様のところに行ったら、殺されます」

「ころ、え?」

「……いまこの城には、あなたを捕まえるための兵が集まっています。捕まったら、きっと酷い目にあわされます」


「だから……」王女は言葉を切った。


「……今すぐ逃げてください。この窓から」


 そう言って、オレの手を離した。


「はやく。お願いします」


 そんなこと急に言われても。

 なにそれ、逃げろ?

 オレはこの国を救った勇者だぞ。なんでオレが、逃げなきゃならない。

 王がなんだってんだ。ただふんぞり返ってるだけのジジイだろ。関係ねえよ。

 何人集めようと、オレに勝てるやつなんていないんだ。

 それでも歯向かうなら全員返り討ちに――――。


「お願いします……クスロウ様」


 王女は、涙をいっぱい溜めた目で懇願した。

 そのときオレの頭は真っ白になった。

 ようやく、もう全てが手遅れらしいことを理解した。


 ガタ、と部屋の扉が強く押される。


「おい、鍵を開けなさい!」


 国王の声がする。たくさんの鎧が擦れる音も。


「兵ども早く来い!! リアーナ! そこにヤツがいるのだろう!」


 リアーナ……。

 オレは王女と、扉を交互に見た。


「…………じゃ、じゃあ」


 ベッドから離れ、窓枠に足をかけた。


「そこにいるのだろクスロウ! 逃げるな!

 我が娘の屈辱、償わせてやる!!」


 なにか言い残す言葉を探して、でも何も思いつかなかった。

 リアーナは俯いたままこっちは見てくれなかった。 

 

「……」


 直後、扉を破って衛兵が部屋に突入してきた。

 オレは窓から飛び降りた。


「クスロウ! このクズめ!!! 貴様は史上最低の勇者だ!!」


 最後に国王の怒声が聞こえた。


 こうしてオレは王国から追放された。

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