山笑う、ハル

一の八

山笑う、ハル





「もーもっと早く起こしてよ!!昨日、約束したじゃん!」

ハルは、朝から怒っていた。

「どこの世界に寝坊を事前に準備してやつがいるか!」

自分が寝坊した事を八つ当たりを父親にぶつけていた。



「それに色々と準備することがあるなら、もっと早く起きなさい!タイマーセットしてるんだろ?」

「してるけど、ちょっと二度寝したら、起きれなかったの!」

ハルは、長い髪を結びながら文句を言った。



「じゃあ、自分が悪い。それも大人になる為の勉強だ!」

父は、パンを口にしながら言った。


「んっーもう!」

「それよりも時間は、いいのか?」


すでに秒針の針は、8時を指そうとしていた。


「今日も元気に!お気をつけて行ってらしゃい!」


テレビ画面の向こうでは、今日からだという新人アナウンサーがニコニコしながら手を振っている。


「この人かわいい……そんな場合じゃない!もうこんな時間!」


ったくいつもこうなんだから



「お父さん!お弁当!」

ハルは、いつものように催促する。

「あるよ!」

お弁当を手渡すと、

「行くね!」


「あっ!これも持っていきなさい!」

「何これ?」

「朝、食べてないと元気出ないだろう?」

「別にいいよ。」

「いいから、お腹が減ってたら大事な勉強もろくに出来ないからな!」


ハルは、どこか不服そうな顔をしながら受け取った。


「あっありがとう!ってこれなんか書いてあるじゃん!」


「まぁな!春だから」


「もう、やめてよ。はずかしいって」


「それよりも遅刻するぞ!早く行きなさい!」

「あっ!もうこんな時間!」


ハルは、慌ててカバンを手に取り玄関を出ようとしていた。


「ハル!お母さんに行ってきますは?」


「あっ!行ってくるね、お母さん」



再び、慌ただしく玄関を後にした。

「本当、誰に似たんだか。あっ、いけない俺も遅刻だ。」

時計をみると、すでに予定時刻を超えていた。


父もまた同じように慌てて家を後にした。








ー11年前の事

まだ、春に程遠い時期だった。

それは、何でもないはずの日曜日だった。



「じゃあ、ハルをよろしくね!」

「はいよっ!任せておいて!いつも助かってますから、今日は、心ゆくまで楽しんで下さい!」



イチカは、何年ぶりにか会う同級生に心を弾ませていた。

「何、言ってるのよ。夕方には、帰ってくるって!」

いつもよりも念入りに化粧をしているの知っている。


僕は、妻が楽しそうな顔している姿が愛おしい気持ちになっていた。



「あっそうでした。」僕は、おどけた調子で答える。


イチカも内心でなんだかんだでこんな事を言ってくれてる夫の事を愛おしいと感じていた。




「あなたもそろそろ時間大丈夫なの?」

「えっ?あっ本当だ!ありがとう。」

「大丈夫?ちゃんと、ハルの事よろしくね!」

ほんとこの人ったら感じな所が抜けてるんだから…





ぼくは、こんな幸せな時間がこの先もずっと…


続くんだろうなぁ


そう、


あの電話がくるまでは…








トゥルートゥルー


「んっ誰だろ?知らない番号だ。」

「お父さん、これ見て、見て!」


「んっあ…すごいなぁハル!」

知らない番号か。どうしたものか…




「うん!すごいでしょ」

楽しそうな顔をしながら一生懸命に砂場でお城を作っていた。

この得意げな顔も母親そっくりだ。


トゥルートゥルー


鳴り止まない電話にしびれをきらし、砂場で楽しそうにしているハルに手を振りながら、通話ボタンを押した。


「もしもし」

「もしもし、山本さんのお電話で間違いないでしょうか?」

「はい、私が山本ですが…」



イチカさんが病院に運ばれまして…


突然、視界がぐにゃとまがるような感覚に襲われた。

全身の血が下がっていき、手の感覚、足の感覚が無くなっていた。



息が苦しい。何だこれ。


ハァハァ…



ハァハァ…





とにかく、ハルを連れて病院へ急いだ。



病院に着くと、

入り口では、深刻な面持ちで看護師が迎えてくれる。


僕は、目の前の看護師に尋ねた。

「妻は?今どこに?」

「とりあえず、こちらへ」


 

看護師の女性に尋ねた。

だが、何も答えようとしてくれない。



「容体は……どうなんですか?大丈夫なんですよね?」


「よくある、軽い接触事故かなんかですよね?」


「まぁ、それは今のところは…」


「……ねぇ!いいから!何とか言ってくださいよ!」


「一旦、落ち着きましょう?」

「落ち着けるわけないでしょう!」


……





その後の事は、あまりよく覚えなかった。

居眠り運転をしていたトラックの運転手に撥ねられたらしいという事。


後から聞いた話によると本当は、飲酒運転だったらしい。



案内された部屋に着くと、白い布を被せられたイチカがいた。

布を取ると、見ただけで分かるほどの傷に衝突の衝撃が伝わってきた。

「娘さんは、どうしますか?」

医者が冷静に言う。

「こんな、母親の姿を娘に見せれるわけないでしょ!」

冷静に言ってるつもりでも感情が表に出てしまう。

霊安室の外にあるベンチでは、看護師の女性がハルと会話をしていた。

「ワタシね、大きくなったらお父さんみたいな人と結婚してね。それでねお母さんみたいな人になるの!」

「ハルちゃんは、きっと綺麗なお母さんになるよ。」


僕は、とびらの向こうから何とも言えない表情をしたまま出てきた。



「あっ!お父さんが来た。さっきの話は、内緒だからね。」

「うん!」

すべてを知っていた看護師の目には、涙が溢れようとしている。





「ねぇ?お父さんお母さんってどこにいるの?ねぇ?」



なんて答えるべきか…

頭の中でどれだけ言葉を取り繕うにも頭が働かない…


「イチカは……お母さんは、ここよりもね。遠い所に行ったんだよ…」


出来る限りの言葉でハルに話しかけた。



「何で?ハル達をおいて遠い所に行っちゃったの?何で?」

何かを悟ったハルの目にも涙が溢れていた。


自分だけは、この子の前で泣いては。


涙を見せてはいけないとグッと歯を食い縛っていると口の中を切ったらしく血が流れてきた。


「ハル!お父さんがいるから!お父さんがハルを守るから!」


涙に顔をぐしゃぐしゃにした娘をギュッと力強く抱きしめていた。


「なんで…



…なんで?



……なんで?…」




ハルの泣き声が通路でいつまで響いていた。







それから2人の間には、どこか見えない溝が出来てしまっていた…











あれほどまでになんでも外で遊ぶ事が大好きでいつも笑顔だったハルは、そこにはいなかった。


何かを話しかけてもどこか上の空のような表情で空返事をするばかりになっていた。


家では、部屋に1人で引きこもりがちになってしまった。



僕自身も妻を失った事によるショックが大きくなかなか立ち直れないでいた。

それでも、あの子の為にと仕事を続けていた。


どうしたらいいんだ?

あの子が前みたいな笑顔を取り戻すには?


教えてくれて、イチカ。


そんな声は、届くはずもなく淡々と時間だけが過ぎる毎日だった。



そんなある日、テレビの特集で、事故をきっかけに警察官になった人がいる事を知った。


その人は、飲酒運転の事故により家族を失ってしまった。


僕と同じじゃないか。



「多くの人が悲しみに苛まれる世界は、僕は違うと思います!

だからこそ、家族を守る為に自分自身が罪のない人達を守る為に闘う事にしました。」


なんて人だ。

自分と同じように苦しんでいるはずなのにここまで前向きに立ち上がる事が出来るなんて。



そうか、そういう事なんだ。


ありがとう、イチカ。


僕は、玄関に向かって走り出し、靴を履いて、扉を開いた。







ー11年後


「あの子もあんな大きくなったよ!イチカのおかげだね。ありがとう!」


新しい制服に腕を通すと、仏間の横で笑っている写真に手を合わした。


「じゃあ、行ってくるね!」




その頃ハルは、駅に向かっていた。


坂を降りて、道路の向かいにある駅まで全速力で走っていた。


駅の通路では朝の通勤ラッシュという事もあり、人でごった返していた。


「もう、なんでいつもいつもこんなに混んでるのよ!あっ定期券持ってきたかな?」


カバンの中を探っていると、

ドンッ


後ろから小さな男の子がぶつかってきた。


「あっ!痛い、もうっ」

その時、ハルのカバンから何が落ちた。



「あっイテッごめんなさい」


小さな男の子は、泣きそう顔になりながらこちらを見つめていた。

「颯真、いつも走っちゃダメって言ってるじゃないの!」


後ろから慌てて母親が近づいてくる。

「本当、すみません。」

「うん、大丈夫です。全然、気にしないでください。ごめんね、怒ったりして。お姉ちゃん、大丈夫だからね。すみません私、急いでるので…あっ定期、定期。」


ハルのお気に入りにピンクのケースに入っていた定期を手に取ると、


「あっ良かった。」

ハルは、安心してそのまま改札機を抜けると、その勢いのまま扉口に向かった。


プシュー


「ふぅ、何とか間に合った。」

ハァハァ



息を整え、落ち着いた。


チャックを閉めようと、カバンに手をやると


「あっ。パンが無い…さっき、ぶつかった時に落としたのかな…お父さん、ごめんね。」



先ほどの駅の通路では、


「お母さん!これ、みてみて!落とし物だよ」

「そうね、さっきの人ものかも。」

「ボク、お巡りさんに届けてくるね!」

「あっ、ちょっと!颯真!」


颯真は、目の前の駅交番に走っていた。




「お巡りさん、これ落とし物です!」

「僕ね、こういうのは……別に…」

男の子がもってきた落とし物に目をやると、そこには見覚えある文字が書いてあった。


あっ落とし物ね。


「ありがとう、そうだね。」


「この漢字って何て読むの?」



「ハルだよ。」

山本は、男の子に笑いかけながら言った。


「ハルっていうんだ!」

男の子は新しい言葉を覚えて、嬉しそうに笑った。


「もう〜この子ったら、すみません!この子によく言い聞かせますので」

「いえいえ、大丈夫ですよ!」

「父親にそくっりでそそっかしい所とか本当、誰に似たんだか。」


「そうなんですね、素敵な夫婦ですね!」

「えっ?あっありがとうございます。」


「すみません、なんか変な事言って。」


男の子は、母親に手を引かれながらニコニコと歩いて行った。



本当、誰に似たんだか…か


ふとっ男の子がニコニコしながらこちらに手を振った。


「バイバイ……」山本は、静かに言った。


山本は、手引かれ歩く男の子の後ろ姿を微笑ましく眺めていた。



「ヤマ!いつまで若い奥さんにいやらしい笑顔を送ってるだ!」

先輩の警察官に怒鳴りつけられる。


「違いますよ!」


「いいから早く仕事に戻れ!遅咲きの新人なんだから!」


「分かりました。」山本は言う。


まさか、この年で自分が警察官になっているとは考えてみもなかった。

あの日が来るまでは…




風が吹く。


春の季節が訪れていた。

桜の花が舞い上がる道をいくつもの人が通り過ぎて行く…

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