第38話 デスマーチから始まる

『なかなか言って来ないから、なにか引越したくない理由があるのかと思ったよ。』


 とはクロウリー社長の弁だ。

 すみません、ウチのお嬢様がお手間お掛けいたします。


 結局、部屋は会社の引越し費用補助を使って、他の4期生メンバーと同じ、首都圏のアパートに移る事になった。

 ボルヘス様いわく


「やったぁー!これで4期生3人ともおなマン組だぁ!」


 との事。

 同じマンション、略しておなマンと言う事らしい。

 機材トラブル時に助け合えたり、ちょっとした相談事に集まりやすかったり、色々便利そうではある。


 デメリットは、お嬢様のブタ小屋のようなお部屋を、お二人に見られてしまう事か。

 すんません、これでも出来るだけ物を捨てさせてはいるんです…


『それで、いつごろ移って来れそうかな?距離が距離だから、すぐというわけには行かないと思うけれど。』


 そう、問題は距離なのだ。

 現在お嬢様が拠点とされているハイデラバードから、引越し先の首都アガルタシティまで、陸路で40時間近くかかる。


 もう緯度からして10度以上違うのだ。

 本人の移動だけなら空路で半日で済むが、引越し荷物の運送手配がまた一苦労だった。


「あはは…まあ、なんとか今月中には。はい、はい、分かりました…はい、分かり次第連絡します。はい、失礼しますー」


 -通話を終了しました-


「お疲れ様です、お嬢様。配信機材はキャリーケースに詰められますが、家具類はいかがなさいますか?」


 もう何度も繰り返した話だが、やはり取捨選択は必要だ。

 棚や椅子などの家具はともかく、冷蔵庫などの魔道具類は耐用年数の問題もある。

 下取りに出すなら出すで、早めの決断が必要だろう。


「思い入れが、まあ無いわけじゃないんだよなー…全部持っていけるなら、それに越した事は無いわけでさ。」


 まーた始まったよ。

 それが出来たら悩んでませんて。

 初めての稼ぎで買った冷蔵庫、バイト代をやりくりして手に入れた霊子レンジ、どれもこれも離れ難いのは分かります。


 ですが実際問題として、予算とトラック一台分の荷台の容積は有限なのです。

 費用補助にも限度はあるわけですし、ここは慎重な取捨選択をですな…


『あ!ヒーちゃん、それならさ!大きめの車と運搬用筐体を借りて、ハルちゃんに動かして貰えば良いんじゃない?規格は探査用の遠隔操作ゴーレムと同じでしょ?』


 ミュートから復帰したボルヘス様が当然のように提案して来る。

 んん?運搬用筐体?

 初めて聞く単語だ。


 調べてみると、どうやら今は大型免許を持っていなくとも、一定の基準を満たしたゴーレムに指定のソフトウェアを入れて運転を任せれば、大型運搬車両を動かせるらしい。

 まじか、初めて聞いたぞ。


『ハルくんが知らないのも無理ないですよ。本当につい最近の法改正ですし、実質的に私たちバーチャル配信探索者に的を絞った制度で、扱いも小さかったんで。』


 ホーエンハイム様が言うには、大型免許は無いが、個人所有のゴーレムコアを活用して可能な限り安く引越しを済ませたい、流しの探索者達の要望を受けて誕生した制度らしい。

 

 確かに、ダンジョン資源の需要は時事刻々と変わって行く水物なので、それに合わせて適宜メインの狩場を変えたいと言う探索者は一定数いるだろう。


 それに、主戦場がバーチャル配信活動であれば、顔馴染みが居る支部の物理窓口へのアクセスの良し悪しに拘る理由も薄い。


 それにしても、まさかトラックと荷役用ゴーレム筐体を、自賠責付きで片道レンタルできるとは。

 まったく世の中には色々なサービスがあるものだ。


「ほほーん、なるほど。あ、やっすいなコレ。ちょっとハイデラ潜って金策したら今月中に貯まる額やん。」


…お嬢様が不穏な事を言い始めたぞ。

 え、なにこれ?

 ひょっとして私、短期集中ダンジョン探索デスマーチから、シームレスに長時間運転させられる流れだったりする?

 クソッなんて時代だ!


「あはは、まっさかー!明日からちょっと午前中の金策の時間増やして、月末の土日配信が終わったら、すぐ荷物積み込んでトラック転がしてもらうだけだよ。高速使えば35時間くらいで着くみたいだから、よろしくね?」


 たすけて

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