最終話 大切な人

 星夏は瞼を開くと光が差し込む。涙は頬を通し流れていくと、辺りを呆然としながら眺めていく。


星夏 「戻って…きた…?」


 目の前に広がる風景はピンク色のカーテンにこじんまりとしたテーブルと椅子に家電。


 1人で住むには十分な部屋は星夏が住んでいる賃貸アパートだった。現実世界に戻った星夏は眼鏡を外すと涙を拭う。


 「星夏様。お帰りなさいませ」


 11Kはスピファンで起きた出来事に星夏の気持ちを察し静かな声を出す。


星夏 「うん…。ただいま。現実世界に戻れたんだ…」


 星夏は椅子から重い腰をあげるとカーテンを開ける。窓越しの世界は高層ビルに高層マンション、そしてアパートが短い間隔で建てられる景色の中、太陽は低い位置で輝いている。


―――俺と星夏が住んでいる間の並木道で必ず逢おう。その時に、俺から真面目な話をするよ。


 星冬との約束の言葉が脳裏によぎると星夏は握っていたカーテンから手を離す。


星夏 「並木道に行こう…フェアリー11K、案内してもらえる?」


 「了解しました」


 肌寒い気温の中、星夏は収納棚からニットのワンピースに手を伸ばすと寝巻から着替える。


 上着のコートを羽織ると玄関まで向かい、靴を履き外に出る。


 息を吐けば白く、上着のポケットに手を入れるとフェアリー11Kの指示の元に並木道へと向かう。


 歩道を歩いていると、犬の散歩で歩く人、ジョギングをする人とすれ違う。普段、現実世界で暮らしていたごくごく普通な日々だ。


 「並木道まで到着しました」


 色んな人とすれ違う中、歩き続けていると星夏は並木道に辿り着き辺りを見渡す。


星夏 「そうだよね———星冬はもう…」


 淡い期待をしていた星夏だが星冬の姿は無く肩を落とすと横に長いベンチに1人で座る。


星夏 「皆は植物人間になったんだよね…。皆と逢ってまた花火…したかったな」


 スピファンで起きた出来事を思い返す。戦闘不能になった杏子、漣、真…そして星冬の事を。


 自分の為に次々と犠牲になっていく皆の姿に星夏は涙を頬を通しツーッと流れていく。


星夏 「し、死んだ訳じゃないんだしっ!!皆に逢いにいって手を握れば温か…いよ…」


 涙はどんどん溢れ視界がぼやけていく。


星夏 「で、でも…皆と逢いたかった…。逢って話して一緒に食事…したり。星冬とは…手を…繋いで…デートを…」


 溢れる涙を拭う。それでも星夏の涙は止む事がなくどんどん溢れ服にポタポタと零す。


 「星夏っっ!!」


 背後から声が聞こえ振り返る。振り返った先にはスピファンで見慣れた姿の人が笑顔で手を振っている。


 長いベンチに座っていた星夏は大きく目を開くとよたよたと立ち上がり歩く。


星夏 「星…冬…??星冬…星冬…」


 よたよたと歩く星夏を支えるように星冬は抱き寄せ頭を撫でる。


星夏 「本当に星冬…?本当に?本当…に?」


星冬 「うん。本当に。最後、辛い思いをさせてごめん」


星夏 「う、うぅ…うぐ…辛かったぁぁぁ!!!一人はもう嫌だよ〜〜〜!!!」


 思わぬ再開に涙を流す2人は暫く抱き合った。


 互いに涙が収まると、2人はベンチに座り肩を並べる。


星夏 「ねえ。何で星冬は植物人間にならなかったの?」


 白い息を吐く星冬は、星夏の赤くなった手を握り繋ぐ。


星冬 「目が覚めて疑問に思ったのが、まず日付はいつなのか…とフェアリー11Rに確認したんだ。そしたらハッキングされてから5時間しか経ってなかった」


星夏 「えっ!スピファンの中で1年は現実世界では1時間しか経っていないって事?」


 星冬はゆっくりと頷く。


星冬 「確かにプレイしている時、スピファンの中では時刻が流れるのって早かったよな。時間帯でPOPするモンスターもいたし」


星夏 「そっか!確かに!でも、星冬は私の前で確かに消えたよ…」


 そう言葉を口にすると星夏の顔から笑顔が消え、俯ける。横目で見ていた星冬は肩に星夏の顔を寄せる。


星冬 「星夏、聞きたい事があるんだけど…。あれから…マスター権限を取得してから何があったんだ?」


 問われた星夏はマスター権限を取得した記憶を思い返す。


星夏 「話すモニターに3つの提案をされたんだよね。1つ目は『前回の更新したデータまでに遡る』、2つ目は『スピリットファンタジーのデータをreset初期化』、3つ目は『スピリットファンタジーのデータをdelete完全消去』」


星冬 「どれを選択したんだ?」


星夏 「1つ目の『前回の更新したデータまでに遡る』だよ」


星冬 「前回更新したデータに遡る…遡る…んっ?」


 考え込んでいた星冬は何かに気付き目を大きく見開く。


星冬 「もしかして…その前回更新したデータってハッキングする前の…?」


星夏 「ハッキングされる前は全員、生きていたし…。もしかして!姿アバターがまだ存在するデータだから、リンクしていた現実世界の身体と脳が繋がって元通りに!?」


星冬 「それだと繋がる!全プレイヤー、意識が戻って植物人間にならず生きているんだ!杏子さん、蓮さん、真も無事だ!」


 2人は安堵すると星夏は涙を零しながら星冬に勢いよく抱き着く。


星夏 「良かった…良かったよ〜!星冬!大好きっ!」


星冬 「あっ。俺の真面目な話が…」


星夏 「えっ?」


 抱き着いた星夏は首元に腕を回したまま星冬の顔を間近で見つめる。首を傾げる星夏に星冬は微笑むと抱き寄せる。


星冬 「ううん。星夏、大好きだよ」


 太陽が少しずつ高い位置に移動する中、日の光に照らされながら2人は唇を合わせ抱き合う。


 「星冬様~~~!良かったです!本当に~~!」


 「星夏様も…本当に良かったです」


 フェアリー11Rと11Kは少し離れた位置で2人を祝福した。


―――かくして、優秀なAIによる人間達に与えたイベントは見事にクリアし幕を閉じた。


========★☆=========

これにて完です。

文字数を最小限にしましたが自分なりに、

これはこれでしっくりくるかなと思いました。

(※長期連載で完結させる自信が無かった…w)

最後まで読んで頂きありがとうございました!

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