第3話 ダンジョンフォンにチャージします

「じゃあ、これがダンジョンフォン8な。ちょっと古いけどまだ現役で使えるぜ」


「ありがとうございます」


 私は皐月さんから端末を受け取った。見た目はまったく普通のスマートフォンと変わらない。

 皐月さんのアパートに立ち寄り、今は二人で街を歩いている。

 初夏の5月は眩しく、アスファルトからの照り返しも暑かった。


「それで、その端末に現金をチャージするんだ。とりあえず、コンビニ行こっか」


「あ、わたくし、一文無しなんです」


 財布の中は空っぽだった。お札は一枚も入っていない。


「大丈夫。あたいにまかせとけ。あそこのコンビニ、硬貨が使えるからよ。とりあえずこれ、入れといて」


 そう言って皐月さんが渡してきたのは直径が2センチくらいの金属板。丸くて平たい形をしていた。


「これは……。なんですの?」


 皐月さんに訊ねる。


「ん? 500円だけれど?」


「500円?」


 私はその金属板を指で摘み、表や裏を観察する。

 これは何に使うのだろうか?


「なんだおい。500円硬貨を見たことないなんて言うなよ」


「見たことはございますが、これをいったいどうするのでしょう?」


 首を傾げながら、金属板を観察していた。


「チャージすんだよ。ダンジョンフォンにお金をいれるの」


「ああ、そういうこと……。って、ちょっと待ってください! これがお金? お金なんですの?」

 

 私は驚きを顔に出しているが、皐月さんはいたって冷静だった。


「金にきまってんだろ。なんだか、わけわかんないこと言ってんな」


「だって、お金って普通、紙じゃないですか! これ、金属ですよ!」


 気のせいだろうか?

 少し皐月さんの頬がぴくぴくと引きつっている。


「まさか、お札しか金じゃないとか言わないよな」


「お金は紙でできているものですよ」


 平然と告げた私に、彼女の様子がおかしい。

 なんだろう? 皐月さんの顔がとても怖いです。


「お釣りはどうしてんだよ」


「お釣りってチップのことですか? 相手に全部お渡ししてましたが」


「全部!?」


 皐月さんは驚いた顔をした。


「ええ、わたくしは1万円札しか使いません」


「小銭は? 硬貨は?」


「こんな金属、使ったことがありませんでした。500とありますね。つまりこれは500万円ということでよろしいのでしょうか?」


 皐月さんは奇妙な動物でも見るかのように、とても不快そうな顔をしていた。


「なに言ってんだ。500円は500円だ」


「だっておかしいですよ。これは金属です。紙より価値が高いですよね」


「そうだけど……。まあいい、コントやってんじゃねえんだ。さっさとチャージしろ」


 話をしているあいだにコンビニに到着していた。皐月さんに促され、ダンジョンATMに端末をかざす。


 私は紙より金属のほうが価値が低いことに納得ができていなかったが、言われたとおりにチャージした。


 それにしても、これ、1万円札の20分の1の価値ですか。


 明らかに精巧に作られておりますし、高い加工技術であることがうかがえます。丈夫な金属ですし、ぺらぺらの1万円札なんかよりも製造コストも高そうです。


 世の中不思議なことがあるものですね。


「えっと、これでいいのですね。チャージができました」


 ダンジョンフォン8を皐月さんに見せる。


「表示が500になりました」

「よし、それでポーションが1個買える」


 皐月さんに言われたとおり、ネット内のマーケットで初級ポーションを購入した。ポーションはダンジョンフォン内にデータとして記録されるそうだ。


「お金がゼロになってしまいました」


「仕方ないさ、まあいざとなったらこっちのダンジョンフォンから送金してやるから」


「皐月さんはお金をどのくらいお持ちなのですか?」


「ん? これがあたいの全財産だよ」


 皐月さんはダンジョンフォンを見せてくれた。皐月さんのダンジョンフォンは私よりも3世代新しいダンジョンフォン11だ。


 そこに表示されているチャージされた金額を見てみる。


 数字は12万円とあった。


 ん?

 私は首を傾げてしまった。


「全財産が12万円? そんなはずないですわよね。12億円の間違いかしら?」


 皐月さんは頭を抱えだした。わしゃわしゃと髪をかき乱す。


「なんだか、だんだんわかってきた。お前、不幸体質なんじゃなくて、金銭感覚がバグってるだけだよ」


「そうなのですか?」


 きょとんとしながら、皐月さんを見あげる。


「これは12万円。何度見ても、どう見ても、12万円。12万円しかない。たったの12万円。つまり、あたいの全財産は12万円ということだ。これが正真正銘、あたいのすべての有り金だ」


 そうか、なるほど。

 私の金銭感覚がおかしかったのだ。


 少しずつ学んでいこうと思った。

 しかし、別のことも気になってしまった。


 人差し指を立てて顎に当て、首を少しかしげた。


「わかりました。でも、私が配信のお手伝いするとして、仮に時給が2万円だとしますわよね。すると、6時間お手伝いしたらなくなってしまいますわね。皐月さんの全財産」


 皐月さんは大きく口を開けてぽかんとした顔をした。続けて、私を罵るように口を開く。


「時給2万円も払うか! ぼけ!」


「いただけないのですか?」


「そんな高級バイトあるわけないだろ!」


「そうですか?」


「時給なんて1,000円とか1,200円とかだろ」


「まあ、でも、チップとかがあるわけですし」


「うわあ、そっか。お釣りは全部チップだとかいってたもんな」


「どうしましょう。わたくし。皐月さんからチップをもらえるのでしょうか?」


 皐月さんは頭をぼりぼりと掻いている。


「そっか。取り分を決めておかなきゃだな。取り分は9:1。いや、8:2でいいか。もちろんあたいが8な。最初はいろいろ教えるんだし、あんたは助手ってことだ。チャンネル登録者数1万人以上になったら5:5にする。それでどうだろうか?」


「わかりました……」


 いろいろやり取りがあったが、ついにダンジョンへの冒険が始まることになった。


 報酬はすべてを分配するのではなく、配信の収益と採取したアイテムを8:2で分けることにした。


 ダンジョン内で採取したアイテムは組合に売ることができる。それは分配対象となる。


 一方で倒したモンスターから得られたアイテムは各自でもらうことにした。それまで分配してしまうと、私の取り分がかなり少なくなってしまうから、皐月さんが配慮してくれた結果だ。


 皐月さんはかなりやる気があってノリノリのようだった。


「よっしゃー。いっちょバズって稼いじゃいますか。ほら、この人たち見てみてよ。1,250万円の超高級ドローン。こんなの使ってみたいよな。ほら、この配信者の月収は推定1,500万円。装備も1億円超えらしいぜ」


 期待に満ち溢れた顔で、皐月さんは他の配信者の動画を見せてくる。

 私は曖昧な返事を返してしまった。


「はあ……」


 少ないのですね……。

 大丈夫かしら。

 先行きが少し心配だった。


「あんまり驚いてねえな」

「いえ、少し驚いております。だいぶ驚いておりました。かなり驚いております。驚愕といえます」


 金額の少なさに驚いていた。収入がこんなに少ないのだとは思わなかった。

 私の1ヶ月のおこずかいは5,000万円だった。

 デスソードも18億円で買ったものだ。

 みんなこのくらいの装備を持っているものだと思っていた。


 これは思ったよりも大変そうです。

 なんとしてもバズらせなければなりません。

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