第2話 没落令嬢、ダンジョンへ行く

 神宮寺財閥の破産はニュースになっていた。

 新聞やネットニュースのトップを飾り、自宅だった屋敷にはたくさんの報道陣が押し寄せた。


 家財道具には次々に差し押さえのシールが貼られ、私のスマホも取り上げられた。


 そして、私が落札した〈デスソード〉。

 これがどうなったかというと……。


「へー、あんたが神宮寺穂南じんぐうじほなみねえ」

 

 目の前にいるのは、新実皐月にいみさつきさん。たくさんやってきた借金取り、そのうちのどなたかの娘だそうだ。

 人手は多いほどいいらしく、駆り出されてきたと言っていた。


 彼女はあまり目つきがいいとは思えないが、顔立ちは整っている。私と同じ年齢の19歳だった。

 短髪で、肌は小麦色。それほど体の凹凸はなく、スポーツでもやっていそうな引き締まった体型をしていた。


 皐月さつきさんは品定めするように、私を上から下まで舐めるように見てくる。


「あんたのその服、高そうだけど、さすがに服まで持っていくわけにはいかないからね。ほかになんかねーの? 今すぐ10億用意できたら、とりあえず差し押さえは免れるらしいけど、まあ無理だよな」


 皐月さんは他の債権者とともに忙しそうにあたりを見回していた。


 破産管財人があいだに入る前に、違法だろうがなんだろうが、いち早くめぼしいものを持ちださなければならないからだ。


 すでに金になりそうなものは回収されてしまっている。

 もうほとんど何も残っていなかった。


 私は布でくるんでしまっておいた〈デスソード〉をクローゼットから取り出した。

 少し布をほどいて剣の先を彼女に見せる。


「これ、お金になると思うんですけれど」


 それを見た彼女は大きく眼を見開いた。


「〈デスソード〉じゃねえか! なんで、こんなものを持ってんだ!? もしかしてダンジョンチューバーなんか!?」


 驚いた彼女に、私はたどたどしく説明をする。


「い、いえ。まだ配信はやっていません。これから配信を始めようと思って、これを買ったんですけれど。始める前にこんなことになってしまって」


「そっか。なんだ、仲間じゃねえのか」


 皐月さつきさんは残念そうな顔をしながら、頭をぼりぼり掻いた。


「仲間?」

 

 私は聞き返す。


「ああ、あたいもちょっとやってるからな」


 予想もしていなかった。

 まさか、目の前のこの女性が、ダンジョンチューバーだとは。

 やっているというのはダンジョン配信のことですよね?


「そうなんですか! すごいです! お話を聞かせてください! 私、毎日ダンジョンチューブ見てたんですよ。ダンジョンチューバーになりたかったんです!」


 思わず大きな声を出してしまった。

 憧れの存在が目の前にいたのだ。


 胸には〈デスソード〉を抱きしめたまま、皐月さつきさんの顔の前に迫る。

 ぐいぐい身を乗り出す私に、皐月さんは少し怯んだ顔をする。

 

「すげー、目を輝かせてんな。おいおい、顔、近すぎんだろ」


 けれど、私はそんなことを気にかけなかった。


「だって、すごいですよ。すごいことですよ!」


 私がなりたかったダンジョンチューバーが目の前にいるのだ。

 ダンジョンに挑む冒険者。


 命をかけて、果敢にモンスターに戦い、一攫千金を求め、未知のアイテムを獲得する。

 きっとお友だちもたくさんいるのだろう。


「チャンネル登録者はどのくらいですか!?」


「いや、まだチャンネル登録者数810人だから」


 私の迫力に押されたのか、顔をひきつらせながら皐月さんは応えた。


「810人も! そんなにお友達がいるのですか!?」


 私は口元に手を当て、目を見開きながら驚いた。

 驚愕の数字だ。そんなにもいるのか。


 皐月さんは私が持っていないお友達を810人も抱えていらっしゃる。

 まさに、至高の存在。

 私なんて手が届かない、高みに到達している英雄。


「全部が友だちってわけでもねえけどさ」


 皐月さんは頭をぼりぼりと掻きながら、なんともないことのように言う。

 謙遜しているのだ。

 この謙虚さこそ、配信者の美徳なのだと思った。


「それで、あの……。この剣ですが……」


 私はおどおどしながら、剣をまた見せる。


「ああ、〈デスソード〉か。とんでもねえもん持ってんな」


「これ、18億円で買ったんですけど。少し値段が下がってでも、これを売れば……」


 本当は手放したくなかった。

 初めて買った、そして唯一の私の装備品だ。

 一度も使うことなく、私の手を離れていくことになる。


 これも運命かもしれない。

 私には縁がなかったのだろう。


 そう思って諦めようとした。

 ところが、皐月さんは鼻を鳴らしながら吐き捨てるように言った。


「あ、それ。売れねえぞ」


「え!?」


 一瞬、何を言われたのかが解らなかった。


「知らねえの? ニュースでやってたじゃん。国際条約で売買及び譲渡が禁止。アラートレベル8に認定されたの。10段階中8番目の危険物に該当するってことだ」


 私は皐月さつきさんの言葉を聞いて唖然としてしまう。

 口をあんぐりと開けてしまった。


「つまり、1円にもならん。差し押さえもできない」


「そんな……」


 がっかりと落ち込む私に、皐月さんは何かに気がついたように言った。


「あ、そうだ」


 皐月さつきさんは何か面白いことでもひらめいたように、にやりと笑った。


「さっき、お前、ダンジョンチューバーになるつもりだったって言ったよな」


「はい……」


「じゃあ、あたいのライブ配信を手伝わねえ? その〈デスソード〉でいっちょバズっちゃわねえか?」


 私は目をぱちくりとさせてしまう。

 ライブ配信を手伝う?

 バズる?

 そんなことができるのだろうか?


 もともとは一人で配信するつもりだった。

 なぜなら、私は周囲の人間を不幸にしてしまうからだ。


「でも、私、不幸体質で……。周りの方を不幸にさせてしまうようなんです。ご迷惑をかけるのではないかと……」


「そんな体質あるわけねえじゃねえかよ」


 軽くあしらいながら、吐き捨てるように言われた。

 尻込みする私に、皐月さつきさんはかなり乗り気なようで、私に返答を促してくる。


「大丈夫、大丈夫。ほら、やるのか? やらねえのか?」


「あ、えと。やります!!」


 私の返事を聞いて、満足そうに皐月さつきさんは頷いていた。


「よっしゃー。じゃあ、こんなところ出て、さっそくダンジョンへ行っちゃいますか。その前にあんたのスマホを用意しなきゃだよな。差し押さえられたんだろ? ダンジョンフォンの古いのがあったはずだから、それを貸してやるよ」


「ありがとうございます」


 私は丁寧に腰を折って深々と頭を下げた。

 腰を90度曲げた私に、皐月さんは笑っていた。


「頭下げすぎだろ」


 笑い転げる皐月さんに手を引かれ、私は自宅だった目白の屋敷をあとにした。

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