第14話 エピローグ

「本日は、セオディア・メレ・エトゥールとの名代みょうだいといたしまして、継承権第二位のわたくし、ファーレンシア・エル・エトゥールが、和議の使者として参りました」

 凛とした声で口上こうじょうを述べるファーレンシア・エル・エトゥールには他者を圧倒する気品と美しさがあった。それは異文化である西の民にも十分通用していた。

 イーレがエトゥールの賢者メレ・アイフェスであること、その保護に感謝していること、また今回の和議で二人の賢者メレ・アイフェスを同行したこと、先触れとして賢者の精霊獣を若長ハーレイに送らせてもらったことなどを、つらつらと述べていく。それをエトゥール語がわかる若長のハーレイが通訳していく。

 先触れの精霊獣については、ざわめきが起こった。

 若長の精霊獣ではなかったことを残念がるものと、エトゥールの賢者メレ・アイフェスの精霊獣であったことを感嘆するものに分かれた。それは、エトゥールが同行させた賢者が本物であることの証明となったようだった。

 トゥーラはカイルの隣におとなしく待機していた。ただ純白の毛並みは、金色のオーラに包まれ輝いてていた。

『やりすぎだ』

――はったり 必要 めれ・えとぅーる 言ってた

 どういう入れ知恵だ。カイルは、セオディア・メレ・エトゥールの裏工作に呆れた。


 ファーレンシアはメレ・エトゥールが和議を重要視していることを語り、まずは友好の証として贈り物を用意したと、彼女は大きな箱を三つほど、運ばせた。

 一つ目の箱が開けられたとき、どよめきがおこった。

 中身は精錬された金属の延べ棒だった。

「精製した玉鋼たまはがねでございます。お納めくださいませ」

 高級な剣や槍などの素材である。それを敵対していた西の民に与えるなど、今までありえないことだった。これ以上の信頼の証はないだろう。

 場はエトゥールの和議の使者に好意的な空気にがらりと変わった。

 ハーレイはメレ・エトゥールの意図を正確にかぎとり、隣に立つカイルにぼそりとつぶやいた。

「……メレ・エトゥールは食えない御仁ごじんだな」

「……僕も常々そう思っている」

 二つ目の箱は「薬」の類で、おそらく事件で体調を崩したおさとその同行者を気遣ってのものだった。生薬の新鮮な原料が大量に入っていた。

 三つ目の箱は、高級な皮や布の類で、全てを合わせると破格の値段であった。それはエトゥールで起きたことの賠償の意味もあるのだろう。

 これだけのものをセオディア・メレ・エトゥールはいつの間に用意したのだろうか。

「エトゥールの賢者メレ・アイフェスである治癒師もお連れいたしました。滞在中、西の民の病や怪我の治療をさせていただきます」

 シルビアが深く一礼をする。女性の治癒師ということで、再びざわめきがおこる。男尊女卑が強い西の民の中ではありえない地位なのだろう。

 和議の内容がハーレイによって語られる。不戦の誓い、領土不可侵、交易、援助、同盟の名をもとに共通の敵の出現時の参戦、両国内での領民の安全保障が盛り込まれていた。

 双方の言葉で書かれた2枚の羊皮紙にファーレンシア・エル・エトゥールと若長ハーレイが署名する。ハーレイは署名された羊皮紙を長に差し出した。

「ここに和議が成立したことを宣言する」

 老齢の西の民の長が告げた。


 ハーレイはわずか10日で起こった変化に驚いていた。ナーヤの予言した通り、あの子供の姿をした賢者は、風を連れてきた。強烈な変化の風だ。いったい彼女の前で二つに分かれている道に、自分はどう関わるのだろうか?


 大天幕の中で行われている祝宴をカイルはそっと抜けた。大天幕の外に、何かの気配を感じたからだ。

 大天幕の入口の柱上に精霊鷹が止まっていた。気配は精霊鷹のものだったらしい。

――カイル・リード。アストライアーが目覚めたぞ

 世界の番人が初めて名を呼んだ。しかも直接語りかけてきた。カイルはその変化に驚いた。長年不和だったエトゥールと西の民の和議に何か思うところがあったのか。それともイーレが特別だからか?

「ありがとう」

 礼儀正しく、精霊鷹にお礼をいい、カイルはハーレイの家に駆け出した。

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