第7話 守護者

 シルビアは踊りながらカイルに言った。

「だいたい貴方に三曲目の伝統を教えたら、余計なことを考えるから言わなかっただけです」

「余計なこと?」

「僕が彼女と踊ってもいいのだろうか、とか、彼女の出会いを奪わないようにしよう、とか」

「……それ、当たり前に考えるでしょ」

 はあ、とシルビアは二度目のため息をついた。彼女の顔から笑顔が消えた。

「ヘタレ」

「な――っ!!」

 普段のシルビアから想像できない暴言に、カイルは立ち止まりそうになったが、シルビアが強引にリードして事なきを得た。

「ヘタレって、なんだよ」

 カイルはシルビアの耳元でささやいて抗議した。

「ヘタレはヘタレ。ヘタレ以外の何者でもありません。軟弱者なんじゃくもの臆病者おくびょうもの、へっぽこ、へなちょこ、根性なし、甲斐性無かいしょうなし――」

「シルビア、矛盾しているよ。影響を与える接触は禁止だ、と散々言ってたくせに……」

「この時点で貴方がそれを口にすると、殴りたくなるからやめてください」

「……イーレに影響されすぎてない?」

「感情の発露はつろを止めない方がいい、とはイーレには教わりました。カイル、一つ確認したいことがあるんですけど?」

「何?」

「貴方、帰る気はあるんですか?」

「……」

 カイルからの返答は踊りが終わるまで、ついに得られなかった。


 気まずい沈黙が続いたが、踊りが終わってもカイルはシルビアのエスコートを放り出すことなく、中央からはずれ、壁際かべぎわまで導いた。

 給仕役の侍女のトレイからグラスを二つ取ると、一つをシルビアに差し出す。

「ありがとうございます」

「……」

 カイルは軽くグラスをかたむけ、喉の渇きを癒していた。

 シルビアは、いらついた。最後の質問が引き起こしたこととはいえ、エスコート中の女性との会話を放棄するとはいかがなものか。

「……よく、わからない」

「……え?」

「さっきの質問の答え、僕にもよくわからない」

 カイルは空のグラスを玩び答えた。

「今は帰りたくても帰れない状態だけど、この問題が解決した時に僕はどちらを選択するのだろう」

「……カイル」

「禁固刑を受けるよりは自由がいいよね」

 自嘲じちょう気味にカイルは笑う。

「迎えの手段がなかった頃に、真剣に考えたんだよね。地上でどうやって生きていくか」

「……結論は?」

「画家としての職は女性のシワまで正確に描いてしまうから無理」

「――」

 不覚にもシルビアは吹き出してしまった。

「ファーレンシアもそうやって笑ってくれたよ。当時の僕には救いだった」

 カイルは空のグラスを近くのテーブルに置いた。

中央セントラルが接触を禁じたのもわかるような気がするよ。僕は精霊のように公平に接することはできない。関わる者に肩入れしてしまうだろう」

「……」

「それが禁忌きんきというなら、僕は禁忌きんきを侵す。彼らが滅びるような大災厄だいさいやくは絶対に止める」

「……カイル……」

「シルビア達を巻き込んですまないと思っている」


「カイル・メレ・アイフェス・エトゥール」


 不意に呼ばれて、二人は驚いたように振り返った。

 そこには正装の長衣ローブを着た四十代くらいの男性が立っていた。カイルはその銀髪の男性に見覚えがあった。午後にメレ・エトゥールに謁見を申し込んでいた人物だ。

 彼はカイルに向かって深々と一礼をした。

「アドリー辺境伯」

 カイルは一礼を返した。

 シルビアとの話に夢中だったとはいえ、ここまで接近に気づかなかったとは、自分にしては珍しい失態だ、とカイルは思った。

「シルビア・メレ・アイフェス・エトゥール」

 彼はシルビアにも丁寧な礼をした。

「お初にお目にかかります。アドリーのエルネスト・ルフテールと申します」

「アドリー辺境伯」

 正規の礼をシルビアは返す。彼は二人に笑いかけた。

「メレ・エトゥールの隣の女性は、あなたの親族かという質問を今日は多数、受けました」

「まあ、申し訳ございません。お騒がせしました」

 同じ銀の髪色でそういう影響があることは、想像の範囲外だったので、シルビアは頭を下げた。

「お二方の話の腰をおるのは、たいへん気がひけたのですが……周囲にどうしてもと頼まれまして、お伺いさせていただきます。カイル様の三曲目のお相手はシルビア様ですか?」

「え?」

「え?」

 思いがけない質問だった。アドリー辺境伯は、ゆっくりと自分の背後に視線を巡らせた。

 二人は、驚いた。壁際の自分達を中心に、やや遠巻きであるが、若い男女の半円が完成していたのだ。完璧な包囲網に二人はさっと血の気がひいた。

「わ、私は、メレ・エトゥールと先約がありまして」

 シルビアは焦った。

「なるほど。カイル様は?」

「今から申し込みに行く予定です」

「そうですか。ファーレンシア・エル・エトゥールなら、左側の壁際で男性陣に囲まれていたようです」

「ありがとうございます。シルビア、またあとで」

「ああ、そんな正面突破を試みては――」

 アドリー辺境伯の忠告は一瞬遅かった。

 カイルの姿は、女性陣の波に、あっと言う間にのまれた。


――馬鹿だ。

 シルビアは冷めた眼でカイルを見送った。

 あれほど警告したのに、カイルはいくさ殿しんがり気分を味わいたかったらしい。

「……彼は勇気がありますね」

「……いえ、単に馬鹿なだけかと」

 辛辣なシルビアの言葉に、アドリー辺境伯は口元をてのひらで覆い隠し笑いをもらした。

「次のお相手が、メレ・エトゥールならば、彼の元までエスコートしますが」

「…お願いします」

 半円状態の場には、女性の姿が消えたものの若い貴族男性が多数残ってこちらをみている。ここを単身突破する勇気をシルビアは持たなかった。

 救済を申し出たアドリー辺境伯は優雅に手をさしだし、シルビアはその手をとった。

 エスコート役が決定したことに、周囲の男性達からは失望の吐息と、どよめきがもれた。

「お手数をおかけします」

「いえいえ、貴方を送り届けることで、私は、エトゥール王の覚えがめでたくなるわけです。こうやって若者たちを失望させるのも楽しみの一つです」

 二人は歩き出した。

「私も一回り若ければ、貴方に三曲目を申し込みを試みたものですが残念です」

「奥様は?」

「昔に亡くなりました。彼女のことが忘れられないのです」

「……失礼いたしました」

「と、いうと、大抵の女性は引いてくれますので、こういう場では重宝しておりますよ」

「……」

 シルビアが思わず顔をみると、彼はにっこりとほほ笑んだ。

――セオディア・メレ・エトゥールと同種の匂いがする。気をつけよう、とシルビアは心の中で思った。

 一見、穏やかな紳士見えるが、女性に対しては百戦錬磨かもしれない。正直、セオディア・メレ・エトゥールがこちらに気づいたときはほっとした。

 アドリー辺境伯はメレ・エトゥールに彼女を丁寧に引き渡した。

「アドリー辺境伯」

「貴方の大切な女性をお連れいたしました」

「お気遣い感謝する」

「シルビア嬢、では次回、機会がありましたら二曲目でもぜひ」

 シルビアは微笑みを返し、返答を避けた。アドリー辺境伯はそんなシルビアの反応を面白がっているようだった。

 彼は洗練された自然な動きで二人に礼をするとその場から去った。

「なぜ、アドリー辺境伯と?」

「うっかりカイルと話し込んだら、包囲網の中で、彼に助けていただきました」

「カイル殿はどうした?」

「……いくさ気分を味わいに行ってしまいました」

「……無謀な……」

「まったくです」

 会場はカイルが作っている女性集団とファーレンシアが作っている男性集団にはっきりと二分されていた。はたして時間までにカイルはファーレンシアの元にたどりつけるのだろうか。

「……難易度が高すぎませんか?」

 シルビアが心配そうに見つめる。

「精霊の与えた試練だな」

「……この状況を面白がっていますね?」

「当然だ。こんな面白い見物みものはなかなかない」

 メレ・エトゥールは笑い、シルビアはカイルに深く同情した。


――難易度が高すぎるっっっ!!

 カイルは心の中で叫んだ。

 シルビアの忠告を思いだした時には遅かった。その状況に陥ったのは自業自得とも言えた。進行方向に築かれる女性の壁は、カイルの想像以上に厚かったのだ。

 断っても、断っても、別の女性から申し込みが入る。

 社交の一環なので無下にはできない。かと言って、長々と相手をしている時間はない。

 ファーレンシアが倒れる演技をする前に、彼女に辿り着かなければ意味はないのだ。

「先約がありますので」

「次回の機会がありましたら、ぜひ」

「私よりふさわしい初代エトゥール王のような方とご縁があると思います」

「私には身に余る光栄ですので」

「青い衣を身にまとう今、ご縁はないようで残念です」

「四曲目がないことを残念に思います」

 申し込んできた女性に断りをいれ、数歩進むとほかの女性に捕まる。これが無限地獄というものではないだろうか。

「カイル様」

「ミナリオ!」

 断る定型文句のストックがつきようとしている頃に、専属護衛のミナリオが女性の波をかきわけたどりついてくれた。ミナリオと合流できてからは、事態はやや好転した。

 ミナリオが護衛を口実に、女性をやや遠ざけ、そこにできた隙間にカイルは身体をすべりこませ、包囲網を突破した。

 なんと、恐ろしい戦場だろうか。

 カイルはげんなりした。シルビアが伝えたメレ・エトゥールの感想は正しかった。戦争で殿しんがりをつとめる方がはるかに楽に違いない。

 前方では、次の問題が発生していた。

 本日の主役の人気は凄まじかった。社交会に天使が舞い降りたのだ。多数の男性に囲まれているファーレンシアがようやく視界にはいった。

 彼女は根気よく断り続けている。

 カイルは自分の遮蔽しゃへいをといてみた。

 ファーレンシアを囲む人物達の中に、不埒な目的で近づいている者が複数存在することがわかった。社交経験のないファーレンシアなら簡単に騙して連れ出せると勘違いしているやからだ。

 カイルはそんな存在に怒りを覚えた。

 彼女の出会いを邪魔しない云々以前の問題だった。もしかして、メレ・エトゥールはこれを心配していたのだろうか?

「どうされますか?」

 ミナリオが尋ねた。

「奥の手を使う」

「奥の手?」


 カイルは同調能力を使った。

 ファーレンシアの周辺に群がるよこしまな考えを持つ男性陣に威圧いあつをかけたのだ。


 水が引くように、左右に人の波が分断された。

 ファーレンシアが驚いたように、正面に現れたメレ・アイフェスの青年を見つめた。傍らにいたミナリオも驚いたようにカイルを見ている。

 ミナリオはカイルが変貌したと感じたかもしれない。それはあとで彼に説明するしかない、とカイルは割り切った。

 カイルは通路のように開かれた場所を堂々と歩いて、ファーレンシアに近づき、穏やかな笑顔で話しかけた。

「ファーレンシア・エル・エトゥール」

 カイルはファーレンシアに深く一礼をした。

「異国の出身ゆえに、無礼をお許しいただきたい。三番目に踊る栄誉を得るために参上しました。踊っていただけますか?」

 ファーレンシアは思いがけない救世主を見つめ、ほっとしたように、頬をそめ頷いた。

「はい」

 会場がざわめいた。

 が、そんなことは無視して、カイルはファーレンシアをそのままエスコートをし、無事に中央に連れ出した。

「あの……今のはどんな魔法ですか?」

裏技うらわざ

裏技うらわざ……ですか?」

「同調能力で威圧いあつしたんだ」

「……威圧いあつ……」

「怒ったセオディア・メレ・エトゥールの波動を真似たんだ。君に対して不埒ふらちな考えを持っていた奴ほど、びびったと思うよ」

「――」

 ファーレンシアは笑いだした。

「確かに、怒り狂った兄が様子を見にきたかと思いました」

「似てた?」

「とても似てました」

「妹である君が言うなら間違いないね」

 カイルは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。


 少し離れた場所で、カイル達を見ていたセオディア・メレ・エトゥールは、顳顬こめかみに手をあて、深いため息をついた。

「本当に、メレ・アイフェスは想像の斜め上を突き進むのだな。……あれは、私の模倣もほうか?」

「……あ……気づいてしまわれましたか……」

 姿形はカイルのままだったが、雰囲気の違う人物が出現したことは、セオディアもその瞬間に感じとっていた。

「カイルも詰めが甘いですね。周辺を遮蔽しゃへいして、威圧すれば貴方にバレることがなかったのに……」

「……」

 シルビアの現状分析もどこかずれている、とセオディアは思った。メレ・エトゥールにばれないようにすべき、という結論を本人の前で披露するのだから。

「シルビア嬢、そういう問題でもなかろう? カイル殿はこんなことまで、できるのか?」

「みたいですね」

「彼の前で激怒した記憶はないぞ? どうやって私を模倣もほうできたのだ?」

「多分、西の民の話し合いの場ではないかと思いますが。あの時、冷静に対応されていましたが、本当は身内の裏切りに激怒していらしたのでしょ?」

「――」

「カイルは、表面ではなく、心の奥底に隠された感情を感じ取ります。あの時、西の民の代表者の感情を言い当てたように。今はファーレンシア様によこしまなことを考えていた男性達がいたのではないですかね。彼も貴方も激怒する事柄には、それぐらいしか心当たりはありません」

「――」

 メレ・アイフェス達の特殊な能力を理解していたつもりだが、自分がネタとして使われるのは想定外だった。セオディアはいくつか考えを改める必要性を感じた。

「これについて後日、カイル殿と話し合ってもいいか?」

「どうぞ。説教も加えていただけると助かります」

 シルビアはカイルを売った。


 三曲目の長い前奏が始まった。

 何事か話し合っていたセオディア・メレ・エトゥールとシルビアも踊るために、中央にでてきた。

「カイル殿、後日、話し合いたい」

 すれ違い様にぼそりと言われたメレ・エトゥールの低い声にカイルは肝を冷やした。同調能力で模倣したとしても、どうやら本家本元の威圧には及ばないようだ。

「……ばれてる」

「……ですね」

 二人は顔を見合わせてから笑った。

 カイルはファーレンシアの手をとり、左手を彼女の腰にまわした。三曲目の主旋律は竪琴ライアーだった。カイル達は踊り出した。

「そういえば、ファーレンシアは竪琴ライアーが得意なんだって?」

「え?」

「以前、メレ・エトゥールが言っていた」

「……得意というか、人並み程度ですよ」

「聞いてみたい。今度、弾いてくれないかな?」

「……」

「ファーレンシア?」

 ファーレンシアは耳まで赤かった。

「わかりました。今度、弾きますわ」

 ファーレンシアは承諾した。

「ただし、他の女性にはそんなそんなことをおっしゃらないでくださいね?」

「他の女性?」

「……絶対絶対絶対約束ですよ?」

「わ、わかった」

 何か鬼気迫るものがある。何か、やらかしたらしい。

「そういえば、約束で思い出しました」

 ファーレンシアが話題をかえた。

「うん?」

「すてーしょんの絵について、まだ教えてもらっていません」

「――!」

 カイルは不意打ちにステップを間違えそうになった。

「どんな絵なのですか?」

「……踊りを間違えそうになるから、その話題はあとで」

「間違えてもいいですよ?」

「ファーレンシア」

「知りたいです」

「あとで」

 ファーレンシアは不満そうに頬をぷくりとふくらませる。大人びた初社交デビュタントの衣装と、その子供っぽい表情のギャップにカイルは笑った。

「なんですか?」

「なんでもない」

 それは楽しいひとときだった。たとえステーションに帰還しても、このことは忘れないだろう、とカイルは思った。

 あっという間に時間が過ぎ去り、曲が余韻よいんを残して終わりをむかえる。

「カイル様、今日はありがとうございました」

 幸せそうな笑みとともにファーレンシアが正規の礼をする。カイルも微笑して一礼して答える。会場に初社交デビュタントのファーレンシアを祝福する拍手がおき、二人は観衆に向かい、一礼をした。


 カイルはセオディア・メレ・エトゥールとシルビアが待つ場所にファーレンシアをエスコートした。保護者に引き渡せば、カイルの役目は終わりだ。

「カイル殿、ご苦労」

「メレ・エトゥール。後日、この離宮の出入りの許可が欲しい」

「かまわないが、理由は?」

 カイルは天井画を指で示した。

「この絵を模写したいんだ。他にもいろいろと初代エトゥール王にまつわるものがあれば、絵に写したい」

「山ほどあるが、全部か?」

「できれば――」

 ふと、あたりを見回したカイルは凍りついた。

 あれだけ華やかだった舞踏会場が色あせたモノクロの世界になっている。無論、錯覚であった。

 これはどういう感覚だ?

「カイル様?」

 ファーレンシアが怪訝けげんそうにカイルを見つめる。

 ファーレンシアでさえ、この違和感に気づいていない。

――僕は何を見ているんだ

 カイルは完全に遮蔽しゃへいを解いて、自分の感覚の元凶を探った。モノクロの世界をゆっくりと慎重に探知していく。

 不意に背筋がぞくりとした。

 どこか西の民と初めて出会った地下牢に似ている。あの時は、ハーレイから猛獣のような凄まじい殺気を受けた。

 今度のは違った。

 明確な殺意というより、悪意の集中であった。赤黒い薄汚れた想念が存在していた。


 それはセオディア・メレ・エトゥールに向けられていた。


 カイルはとっさに床に膝をつくと同時に、衣嚢ポケットに持ち込んでいた金属球を取り出し起動させた。

 複数の弓音とともに、セオディア・メレ・エトゥールに向かって放たれた数十本の矢の半数は、カイルが張った障壁シールドで遮られた。

 激しい火花と、矢を弾く甲高い金属音が響いた。

 ファーレンシアとシルビアが悲鳴をあげる。

 残りを食い止めたのは、どこからか現れたカイルの白い獣ウールヴェと、かばうように前に飛び込んできた近衛兵の振り払った剣だった。

 黒髪の近衛兵はよく知った顔だった。髪が短く切られているが間違いない。

「サイラス⁉︎」

「上出来だっ!もう一撃だけ耐えろっ!」

 カイルはサイラスの警告に次の障壁シールドを張った。

 そこへ第ニ撃がきた。

 さらに放たれた矢は増えたが、味方も増えた。思わぬ奇襲から立ち直った専属護衛達が、メレ・エトゥール達を護るように剣を構え、矢を薙ぎ払った。

 ファーレンシアとシルビアの無事を確認し、狙われたメレ・エトゥールの顔を下から見上げたとき、カイルは愕然とした。


 セオディア・メレ・エトゥールはわらっていた。


 その時、天井から光が走った。

 襲撃で混乱の舞踏会場に、大音響とともに金色に光り輝く柱が立ったのだ。

 剣を持ち、走りよろうとした襲撃者達は一瞬、鼓膜を破るような音と光に、その場に立ち尽くした。だが、カイルはその見慣れた現象をよく理解していた。

 移動装置ポータルの起動――!

 光の柱から現れた小柄な金髪の女性には見覚えがあった。

「イーレ!」

 まばゆい光の柱から出現した子供の容姿の女性は、自分の身長以上の長い2本の棒を持っていた。彼女はそのうちの1本をサイラスに軽々と投げた。

 サイラスは左手で受け取ると、剣を捨て、襲撃者に対して長棍を構えた。

 始まりはイーレだった。彼女は長棍を振り回して、無粋な襲撃者を薙ぎ倒した。演舞と言われれば大半がだまされるほど優雅な所作の棒術だった。

 次にまた一振り。

 敵の剣先を身体を柔らかくそらして避けると、次の瞬間には身体を回転させ、武器をはじき飛ばす。

 もう一回転で急所である喉に直撃させ、相手を失神させた。

 その美しさにカイルは一瞬見とれた。

 それはその場を目撃した全員もそうだったかもしれない。光の柱と、そこから現れた子供のような人物が、踊りのような軽やかさで、場を支配しているのだ。

 彼女は次に自分に向かって乱れ飛んできた矢をすべて叩き落した。曲芸の演目に等しい技だった。

 逃げようとしていた貴族も、主を守るべき専属護衛達も、舞に似た動きに目を奪われていた。

 サイラスもそれに続く。彼はイーレより荒々しい勢いでセオディア・メレ・エトゥールに近づく者を跳ね除けていく。

 セオディア・メレ・エトゥールは、号令も何も言葉を発さない。だが、狼狽えてもいなかった。目の前の演舞を楽しんでいるようにも見えた。

 サイラスの死角をイーレが補い、イーレの死角をサイラスが受け持った。二人の攻撃と防御に隙はなく、襲撃者達は一人、また一人と昏倒して数を減らしていく。有利な長剣を持つ者が、華麗な棒術に負けていくのだ。

 目の前で行われる防衛戦にカイルは呆然としながら、障壁を維持していた。

 なぜ、この舞踏会場に移動装置ポータルを定着できたのか。

 数日前のサイラスとの再会をカイルは思い出した。あの時、彼はこの部屋で天井画を見ていたのではない。観測ステーションへ確定座標を送信していたのだ!

 セオディア・メレ・エトゥールの不敵な笑みも、サイラスの近衛服も、イーレの降臨も全て繋がった。

 彼らはこの襲撃を知っていた。カイルは頭に血がのぼった。


――この腹黒領主は、妹の初社交デビュタントの舞台を利用して敵に罠をしかけやがったっっっ!


 カイルは、視線の片隅で近くにいたアドリー辺境伯がイーレの演舞を凝視し、何事かつぶやいているのをみた。「……アストライアー……」

 階上にいた射者たちがすべて捕らえられた頃には、階下も決着していた。血がほとんど流れずに、制圧されたのだった。

 子供姿の精霊の御使いは、エトゥールの王であるセオディア・メレ・エトゥールに優雅に一礼をした。メレ・エトゥールも頷いてみせる。知らない者が見れば、古くからの知己だと思うであろう。

 イーレは光の柱に向かい姿を消した。


 やがて光の柱は、徐々に輝きを失い、何事もなかったかのように、もとの舞踏会場に戻った。あたりは静寂につつまれた。

 静寂のあとに、大騒ぎになる。襲撃についてではなく、目の前で起こった奇跡について、である。


 セオディア・メレ・エトゥールの危機を救った精霊の守護者の存在を誰もが疑わなかった。


 


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