第14話 陰謀の黒き翼

『警備兵を向かわせて! 部外者が花園フィールドに立ち入っているって! あの尋常じゃない残機ハナビラの数は、花形の最高位や軍人並の実力よ!』


 常に無いクロワの声が花園に響いた。


 第三者の生命花は巨大で、軽く見ても二十枚以上もあるハナビラが空を覆っている。見慣れない三人の花守を従えるカラスは、ヒノメと距離を置いて立ち止まった。


「コーチ、どうしてここに?」


「少しアクタ君に用があってね」


 カラスは満身創痍のアクタへと視線を移す。


「久しぶりだな。僕に見覚えは無いかね」


「……いいえ、無いわ」


「これでも?」


 カラスは丸い眼鏡を外してみせる。アクタはその顔を注視して再び首を横に振った。


「やっぱり知らないわ。いったい、何のつもり?」


 眼鏡を持つカラスの指先が小刻みに震える。いつも笑みを浮かべているカラスの顔が一変、怒りの形相になると眼鏡を地に叩きつけて踏み潰した。


「ここまでしても分からねえとはな! こう言ってやったら分かるか⁉ 半年前に銀行強盗を成功させて逃げる途中、お前らにやられて投獄された強盗団だよ!」


 人の良さそうだった目は鋭さを帯び、口元は獰猛に歪められる。荒んだ表情になった男は、もはやヒノメの知っているカラスではなかった。


「あのときの。その強盗団が私に何の用?」


「復讐に決まってんだろうがっ! そのために、わざわざ脱獄してここまで来たんだぜ?」


「そんな! コーチ!」


 ヒノメの声にカラスは笑いかける。その笑顔は邪悪な変貌を遂げていた。


「アクタたちだけじゃねえ。俺たちの姿を見たここの観客も皆殺しだ。火を放ってみんな焼き捨ててやるぜ」


「そんなことできるはず……」


 言いかけるヒノメの言葉を打ち消してクロワの拡声器マイクから会話が漏れる。


『ダメです! 花園への通路に柵が下ろされて施錠されています! 会場の出入り口も鉄柵に鎖が巻き付けられていて封鎖されていて……』


『何てこと⁉ このままじゃあ……!』


 慌てるクロワたちの言葉が響き渡り、観客に恐慌が広がる。逃げようと席を立つが通路には柵が下ろされており、人々が出口を求めて逃げ惑った。


 観客を落ち着かせようとするクロワの声が響くなか、ヒノメが口を開く。


「コーチは私たちを助けてくれたじゃないですか!」


「お前らはアクタをこの場に呼び出すために利用しただけだ。この〈命の水平線ウォーターライン〉は湖上にあって増援が来るのが遅れるし、その逆に俺たちは船を使って逃げやすいからな。俺の言うことを聞く、素直な手駒が必要だったのよ」


「そ、そんな……」


 絶句するヒノメの横から、二人のやりとりを眺めていたアクタが問いかける。


「あなた、あの男とどういう関係なの?」


「どこの誰かも分からなかったんだけれど、いきなり声をかけられて試合についての助言を与えられて、コーチと仰ぐ関係よ」


 ヒノメの答えを聞いて脱力したアクタがずっこけ、顔面から地に突っ込んだ。瞬時に立ち上がると怒鳴り声を上げる。


「あんな怪しい男の言うことを聞くなんてバカじゃないの⁉」


「何よ! こっちだって勝つために藁にも縋る思いだったんだつーの!」


 額を擦りつけ、いがみ合うヒノメとアクタへとカラスが言い放つ。


「ヒノメ、お前は役に立ってくれたからな。苦しくないように殺してやろう」


「ど、どういうことです!」


「俺たちの狙いはアクタたちの生命だが、俺に係わったお前たちも生かしてはおけないからな。あのクソ生意気なチビスケミズクも、汚いものでも見るように俺を見ていたデカブツムイも、お前も殺すしかねえのよ!」


 自分の知るカラスとまったく違うカラスの姿に衝撃を受け、ヒノメは返す言葉も無い。


 俯いて強く目を閉じるヒノメを憐れむようにアクタがその肩に手をかけた。


「晴火流、気持ちは……」


「燃えてきたぁー!」


 瞳に熱血の炎を燃やすヒノメが顔を上げて叫び、脱力したアクタは顔面から地に突っ込む。


「師と仰ぐコーチに裏切られ、命を狙われる展開! 小説で読んで憧れていたやつだっ!」


 ガバッと跳ね起きたアクタが傷ついた額からハナビラを噴き出しつつ、ヒノメへと

怒声を浴びせる。


「心配して損したわっ!」


「それよりあんた反応リアクション大き過ぎない?」


 柳眉を逆立てるアクタと眉間をしかめるヒノメが睨み合った。そこへカラスの声がかかる。


「話は終わりだ! おい、お前ら。出番だ!」


 カラスに呼ばれて後ろに控えていた三人の花守が進み出る。


 喧嘩をしている場合ではないと気付き、ヒノメとアクタはカラスたちに向き合う。だが、深い損傷を負うアクタは思わず膝を着いた。アクタを庇ってヒノメが立ちはだかるも、脚に力が入らず膝が折れる。


「あ、あれ?」


 アクタとの戦いで消耗したハナビラが多すぎ、ヒノメも力尽きようとしているようだった。


「はっはぁ! 予想以上の結果だぜ! アクタは瀕死でヒノメも動けねえとはな! 全部が俺の作戦通り、俺の勝ちだぁ! ツグミ、やっちまえ!」


 カラスが生命花まで後退していき、代わりに左側の大砲を担ぐ女性が歩み出た。大砲から大きな砲弾が発射され、ヒノメたちへと向かう。


 思うように動けずに回避も防御もできないヒノメはアクタの肩を抱き、自身の終局を待つしかできない。


 そのとき、ヒノメの前に飛び込んできたムイが防壁を展開して砲弾を受け止めた。いつもは何発も攻撃を耐えられる堅固な防壁が一撃で砕け、ムイの全身を爆炎が包んだ。


「ムイちゃぁん!」


「ヒノメさんなら、ミズクやみんなを守ってくれるって信じてるから……」


 ムイの肉体がハナビラとなって消え去り、ヒノメの目に涙の膜が張る。


デカブツムイはこれで終わりだなあ! メズス、叩っ斬れぇ!」


 右側に立っていた女性が大剣を掲げて突撃してくる。ヒノメはアクタに肩を貸して逃げようとするが、瞬く間に追いつかれた。


 大剣がアクタの背中へと振り下ろされたとき、刃の前に人影が割って入る。その人物、スクルは肩から胸までを斬られながらも右手を差し出した。

 その掌から光弾が連射されるが、即座に大剣使いは幅の広い刀身で防御。大剣の表面で虚しく光弾が霧散していく。


 全身が徐々にハナビラとなって崩れていくスクルがアクタを振り返った。


「すみません、やっぱりスクルは一人だとダメみたいで……」


「そんなことない! 立派に……」


 アクタが倒れるスクルを支えようと手を伸ばす。指先が触れる寸前、スクルの肉体が四散してアクタの手は虚空を掴んだ。寂しい手応えにアクタは息を呑む。


 大剣使い、メズスがハナビラの幕を割って二人に詰め寄った。

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