第8話 チーム戦と決闘

 ミズクの策略を聞いたヒノメは楽しそうに顔を綻ばせる。


「よし、策略の開始だ」


 その声を合図として、ムイとミズクが進み出てアクタと向き合った。


「どういうつもりか知らないけれど、そのお二人さんで私に勝てると思うの」


 アクタが斬撃を与えんと駆け出し、ミズクが六冊の本を前方に移動させて応じる。さらにムイが両掌を差し出して半球形の防壁が展開されるが、その内側にいたのはアクタだった。


「これで私を閉じ込めたつもり? ここからでも私は攻撃でき……」


 アクタが目を見開く。防壁の内側にはアクタだけではなく、ミズクが操作する本も一緒に閉じ込められていたのだ。


「タケノコ女、消えろです」


「タケミツ! おのれっ!」


 アクタが腕を振り上げるが、竹光を長刀に変化させていたことを忘れていた。防壁の天頂に切っ先が引っかかり竹光を振ることができない。両腕を上げた無防備な姿勢のまま、アクタの面が失望に彩色される。


 本から発射された六条の光線がアクタの五体を貫き、その肉体がハナビラとなって消える。


『意外なヒノメ班の連繋によって、アクタちゃんが撃破チルぅ! これは思わぬ反撃です!』


 ヒノメたちは休むことなく小屋の横から飛び出す。小屋の前の草原でスクルと分身が待機しており、そちらに向かって駆け出した。


「え、アクタさんがやられた⁉ なになにどうなってんの⁉」


 動揺するスクルが光弾を連射するが、ムイが展開した防壁に弾かれる。ミズクは空に向けて光条を射出し、逃げ回るタキシの援護を妨害していた。


 長刀を振りかぶって迫るヒノメに恐れをなし、スクルは一目散に逃げだす。


「お姉ちゃん、あいつお願い!」


 即座に分身がヒノメを抑えるために接近し始めた。ヒノメは立ち止まってムイと入れ替わる。


「ムイちゃん、またお願い!」


「はいー」


 再びムイがスクルの分身を防壁のなかに閉じ込める。分身は脱出しようと光弾を放つも、すぐに防壁を破壊することはできない。


 孤立したスクルの背中へと、あっという間にヒノメが肉薄する。


「ひっ! やだ!」


 振り返ったスクルが光弾を乱れ撃つが、ヒノメを捉えることはできない。振り抜かれた刀身に右腕を切断され、スクルは痛みで声を発することもできないようだった。


 長刀の切っ先が半円を描き、その軌道上にあったスクルの首を断頭に処した。スクルと分身がハナビラと化して四散、ハナビラの紗幕が広がる。


『続けてスクルちゃんも撃破チルされる! しかし、ここでヒノメ班のムイちゃんも無念にも力尽きましたー!』


 実況を聞いたヒノメがムイに目を向けた。ムイの胸には穴が開き、四肢からハナビラとなって消えていく。スクルが闇雲に放った光弾が不運にも命中したらしい。


「ムイちゃん! クッソー! ミズクちゃん、次はタキシだ」


「任せるです」


 琥珀の瞳ヒノメ紫紺の瞳ミズクが上空を見上げる。空では仲間を倒された怒りと焦燥にタキシが身を震わせていた。


「あんたたちみたいな地虫がウチを倒せると思わないでよ! この大空で自由なウチは誰にも負けないんだ!」


 タキシが羽から光条を照射。ヒノメとミズクが地を転がって回避し、それまで二人がいた地点に五条の光線が爆発を上げた。


「地虫はそうやって転がっていればいいんだよ!」


 絶対的な安全圏から一方的に攻撃するタキシに余裕が生じる。連続する爆発によって砂埃が立ち上り、ヒノメたちの姿を覆い隠した。


「頃合いです。階段を作ります」


「頼んだ!」


 短いやりとりの後、ミズクが徐々に高くなるような配置で本を浮遊させていく。まるで六冊の本が階段となったように浮かび、タキシへの道筋を作り出していた。


 ヒノメは本を足場にして跳躍していき、砂塵に包まれた縦の回廊を登っていく。やがて風によって視界が晴れたとき、ヒノメは五冊目の本に足を乗せていた。


 間近までヒノメが迫っていることに気付いてタキシが驚愕する。戦い慣れているだけあり、ミズクの策を見破って地上へと狙いを定めた。


「あんたを倒せば本は消えるんでしょ!」


 タキシが光条を放ち、その一筋がミズクの胸を貫通。よろめいたミズクが顔を伏せる。それと同時にヒノメが六冊目の本を踏んでいた。


 ヒノメが最後の跳躍に移って宙に身を躍らせ、それを見届けて安心したようにミズクが散っていった。


 ようやくヒノメがタキシと同じ高度に達した。驚愕しているタキシへと、ヒノメが斬撃を繰り出す。肩から胸までを斬られたタキシがハナビラとなって消失。


 安堵したヒノメも末端から消えていく。百花繚乱によって素体のハナビラを吸収され尽くしたことで、ヒノメの肉体も虚空に溶け込んでいった。


『何という熱戦でしょう! 両班の激しい攻防により花園に花守が不在となる異常事態です! 不肖クロワも目にするのは初めての展開!』


 生命花の根元で再生したヒノメは、横にいるムイとミズクと視線を交わし合う。


『両班ともほぼ同時に再生を果たし、お互いの残機ハナビラはゼロぉー! 次の衝突がこの激闘を飾る最後の攻防になるでしょう!』


 頭上に見えるヒノメ班のハナビラは皆無。もはや負けることは許されない。


『これはぁー⁉ 復活したアクタ班がすぐさま三方向に分かれて移動を開始しています。それぞれの目的地に着いたのか、その場に留まって待ち受ける。これは……決闘の要求だぁ!』


 映像花には、それぞれ離れた地点に立つアクタたちが映っていた。その意図をクロワが説明する。


『離れた三つの地点に相手を誘い込み、一対一で決着をつける決闘。もしこれに応じず三人で一人と戦えば、残りの二人が相手の生命花を破壊して勝利を収める。決闘を求められれば相手の班は応じるしかなく、個人戦で必ず勝利する自信があればこその戦法です!』


 決闘、という慣れない戦法について聞いたヒノメたちは、歩きながら言葉を交わす。


「決闘かぁ。断れないなら行くしかないね。誰が誰と戦おうか?」


「ヒノメさんの相手は決まっているでしょー?」


「です。それ以外の雑魚は任せてもらうです」


 ムイとミズクがそれぞれの方向に歩き出していく。気持ちよく自分を送り出してくれる仲間の思いに胸が熱くなったヒノメは、その熱意を口唇から押し出した。


「ムイちゃん! ミズクちゃん! 次に会うときは、ちょっと変わった私たちになっているはずだよね!」


 頼りなげな猫背のムイは肩越しに振り向いて淡い笑みを浮かべ、ミズクは超然としたジト目を返して無言で歩み去って行った。


 ヒノメもアクタの待つ場所へと向かう。アクタが待っているのは、都市中央部の広場だった。


 郊外の牧歌的な風景を抜けて住宅街に入ったヒノメは、広場で佇んでいるアクタに近寄る。銀髪をそよ風に揺らすアクタの表情は怒りを凝縮し、ハシバミ色の瞳には憎悪が鬼火となって燃えていた。


「晴火流、来たわね。班としてヒノメ班あなたたちに負けたのは認める。だけど、剣で晴火流に一歩でも劣ることだけは認めない!」


「私も負けるわけにはいかないよ。ムイちゃんとミズクちゃんの期待を裏切るわけにはいかないから」


 アクタが鼻で笑う。その白い指先で映像花を指示した。


「そのお仲間が勝てると本気で思っているの?」


 映像花スクリーンには、スクルと分身の二人に対峙するミズクが映っていた。


「あんたはミズクちゃんの怖さを知らないから、そんなことが言えるんだって」


 向かい合うヒノメとアクタ。その張りつめた緊迫の場から離れた場所の戦いを、映像花スクリーンが映し出していた。

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