第6話 長刀と長刀

「お仲間はタキシさんとスクルさんにお願いしているわ。助けなんか来ないと思いなさい」


「助けは要らない。私一人で倒して見せる」


 示し合わせたように剣を振るう両者が激突。間合いが広いだけヒノメの長刀が先に届き、アクタは白刃を竹光で叩き落とす。踏み込みざまに返す刀で斬りかかったアクタの一撃がヒノメの胸元を掠めた。


 短く息を吐いたヒノメが斜めに光芒を刻み、歯を食い縛ったアクタが鍔元で受け流す。続いてヒノメとアクタが斬り結んだ。


『アクタちゃんとヒノメちゃんが互角の攻防を繰り広げます! その二人の戦闘にタキシちゃんとスクルちゃんが介入する気配はありません。まるで二人を邪魔する気が無いようです。そこへムイちゃんとミズクちゃんが戦線復帰しました!』


 ムイとともに駆けつけたミズクが不敵な三つの人影タキシとスクルへと光条を発した。六条の紫の光条を躱したタキシたちが応射。宙を焼く光と地に爆発を穿つ光が交錯し、戦場は混戦の様相を帯びた。


 ヒノメは仲間の加勢をするどころか、様子を窺うことすらできなくなっている。加護の介入する余地の無い斬り合いで、ヒノメはアクタの剣技に押されつつあった。


 長刀を横にしてアクタの斬り下げを防いだヒノメの両手が痺れる。アクタは竹光を翻して斬り上げを放ちヒノメの喉を狙った。反応の遅れたヒノメは防御する暇も無く、上体を逸らして寸陰の差で回避。


 体勢を崩したヒノメは続く一撃を躱すことができず、肩口を切り裂かれた。痛覚を無視してヒノメが後方に跳躍し、アクタは追撃をかけることはなかった。鮮血の色をして舞うハナビラを挟んでヒノメとアクタが睨み合う。


「案外、晴火流も大したことないわね」


「私は……私は晴火流を継いでいない」


「〈晴火流の異端〉ね。それじゃあ、あんたのその長刀は何なの?」


 ヒノメは傷口とは別の痛みを覚える。ヒノメの剣が何なのか、それは自分自身が問いかけたいことでもあった。


「私にも分からない」


「あんたの父親から学んだもので間違いは無いんでしょう?」


「そうだけど……」


「私にとってはそれで充分! あんたを倒して、パパとママの恨みを晴らしてやる!」


 アクタのハシバミ色の瞳が激烈な光彩を帯びた。憎悪や敵意のない交ぜになった負の感情の坩堝と化した瞳、父親を苦しめたのもあの目かとヒノメは思う。


 アクタの凄まじい血相に気圧され、ヒノメは我知らず後退していた。


「そして、私の勝利はもう決まったようなもの。その理由を教えてあげる」


「理由?」


「刀は長い方が有利ということは当然よね。先に相手を間合いに捉えて攻撃できるのだから。間合いは技術を補うもの」


 アクタの言葉には反論する余地も無く、ヒノメは黙ったままだった。


「つまり、あんたと同等かそれ以上の技量を持つ剣士が長刀を使えば、あんたに勝ち目は無くなるということ。その剣士こそ、この私よ!」


 アクタは竹光の先端を地に突き立てる。数秒を経て竹光を引き抜くと、その刀身は長く伸びていた。


「あんたの長刀と同じ三尺九十センチメートルの竹光よ。これであんたの優位は消えた」


 声も出せず、ヒノメは長刀を手にするアクタを見つめるしかなかった。


『アクタちゃんが竹光を長刀に変化させましたぁ! アクタちゃんの加護である〈変節なきよう剛直かつ強靭に〉は、自在に竹光の長さを変化させることが可能! また、竹光を地に突き立てれば、離れた場所に切っ先を伸ばすこともできるのです!』


 竹光の間合いを自在に調整できるアクタにとって、ヒノメの長刀は意味をなさないということだった。


「私とパパの悲願、叶えさせてもらう!」


 地を蹴ったアクタが竹光を振り下ろす。先ほどまでと変わった間合いに戸惑いつつもヒノメが防御。噛み合った刃が火花を散らし、勝利を確信したアクタと動揺するヒノメの表情を朱に照らした。


『勢いに乗ったアクタちゃんが矢継ぎ早に斬撃を繰り出し、ヒノメちゃんは光の奔流と化した刃のなかを逃げるしかなーい! 防戦一方となったヒノメちゃんの表情には力強さが欠け、精神面でもアクタちゃんの優位を許しているようです!』


 大きく動き出した試合を目にしてクロワの実況も白熱する。誰の目から見ても、今のヒノメは頼りなげな顔をしているようだった。


 霞となって縦の軌道を描いた一撃を受け損ね、ヒノメの額からハナビラが飛ぶ。集中力を失いヒノメの体捌きが崩れ出し、追い詰めるアクタの両目が好機と見て殺意を増した。


 ヒノメが長刀を振り被ったとき、アクタも同様に竹光を掲げている。一瞬後、空を走った剣閃に肩から胸までを斬られていたのは、ヒノメだった。


 胸からハナビラを噴出させたヒノメの瞳の光が空虚になり、そのまま意識は闇に飲み込まれた。

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