第4話 因縁の終着点
「落ち着いたー?」
「うん。ありがと」
店員に頼んだ冷水を飲んで酔いの覚めたヒノメが頷いた。
ムイとミズクはヒノメの向かいの席に座り直している。
「ごめんね。迷惑かけたし、恥ずかしいところも見せちゃった」
「仕方ないよ。ヒノメさんにも辛いことがあったんだもの」
「イチバの話だと、アクタとヒノメには親のことで因縁があると聞きました」
ミズクが常と変わらぬ無表情で言い放つ。
「うん。でも別に関係ないから」
「イチバさんに聞いたよ。アクタさんから試合を申し込むように挑発されても、わたしたちの意見も聞かないと、って断っていたって」
「あ、うん」
「ヒノメさんは、わたしたちの気持ちを考えていないなんて思わないよ。同じ班の仲間として、わたしたちのこと考えてくれている。ね、ミズク?」
「カレギ班との試合でミズに自分を
ムイは慌ててミズクの両頬を引っ張り、その先を言わせないようにした。
「ねー、ミズク。ヒノメさんはわたしたちのことを考えてくれているよね?」
「
「ミズクもこう言ってるよ!」
「分かんねーけど……、ありがと」
ミズクがなかなか本心を語りたがらないのはヒノメも知っている。とりあえずミズクもムイと同じ気持ちだと信じることにした。何言ってるかは分からないけど。
解放された頬を撫でているミズクの横で、今度はムイが顔を伏せる。
「本当は、わたしこそ謝らないと。わたしが意地を張ったのが悪かったんだよ。イチバさんからも、カレギ班戦でのヒノメさんの判断は妥当だって言われたし」
「ううん。勝つためには仕方なかったとしても、仲間に対してはムイちゃんの方が正しいよ。だから、ミズクちゃんはムイちゃんのために一生懸命になって勝てたんだよ」
「そう言ってもらえて安心した。ありがとう」
安堵したようにムイが笑い、ヒノメが笑い返す。ムイとの不和は氷解したようだった。
「それで、ヒノメはどうしたいんです」
ミズクの発した言葉が二人の耳朶を静かに打ち、ヒノメとムイが顔を向ける。
「まだ順位表では最下位です。まだ試合をする必要がありますが、次はどの班と戦うのです」
ミズクに指摘されて二人は気が付いた。ヒノメ班は最下位のままであり、まだ試合で勝たなければならない。
ヒノメとしては、やはりアクタと決着をつけたかった。
父親が衰弱した一因がアクタにあるとしても、それで恨みを持つことはない。父親の選択と良心の軋轢が生んだ問題だ。
だが、ヒノメも剣士だ。剣について売られた勝負は剣で勝ちたい。
「ヒノメさん、アクタ班と戦いたいんでしょう」
ヒノメの内心を見透かしたようなムイの一言だった。
「本当言うと、アクタとは勝負を着けたいとは思う。でも、アクタ班にはタキシもいて、ムイちゃんも戦いづらいだろうし」
ヒノメは、薄暗い通路でムイとタキシが向き合っていた場面を思い出す。高圧的な態度を取っていたタキシに対して、ずっとムイは怯えていた。元は同じ班だったという以上に、ムイはタキシに対して苦手意識があるようだった。
そのムイの心情に無理をさせてまで戦う必要はないと、今のヒノメには思えた。
「このまま最下位だとこの班を解散しないといけないし、誰かに勝つ必要はあるよ。でも、わざわざ戦いたくない相手と試合をする必要はないよ」
「ヒノメさんの言っていることはうれしいけれど、戦わないといけないときもあるんじゃないかな。この機会を逃したら、もう戦うことなんてないかもしれないよ」
「そうだけど……」
戦いそのものよりも、積極的なムイの方に気後れしつつヒノメは頷く。
「わたしはヒノメさんのためなら戦えるなー。三人一緒なら怖くないし」
「ムイちゃんがそう言ってくれるなら……。そうだ、ミズクちゃんは?」
ヒノメは視線をミズクに転じる。それまでヒノメとムイの会話に耳を傾けていたミズクは、自身に向けられた琥珀の瞳に紫紺の瞳で応じた。
「ミズの意見は初めから変わっていません。ムイぴょんを愚弄したあの女を血祭りに上げる所存です」
アクタ班に所属するもう一人の班員、スクル。以前にあったとき、スクルはミズクを突き飛ばしてムイを嘲弄する言動をとっている。そのときのことを許せないらしかったが、ムイに対しての非礼の方が許せないというのがミズクらしい。
「ということは、三人の意見は一致しているわけか」
ヒノメの言葉にムイとミズクは首肯する。
「よっし! アクタ班と戦おう! そして、勝とう!」
ヒノメが拳を掲げる。
「お、おー……!」
「おー」
ムイのか細い声とミズクの平坦な声が続いた。
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