第3話 ムイの元チームメイト

「ムイぴょんはやさしいです」


「本当に、このお子様ときたら」


 悪びれることのないミズクにヒノメが呆れていると、通路から客席へと戻ってくる人間の方が増えてきていた。


『お待たせ致しましたぁー! 準備が終わりましたので、ただいまよりサクハナリーグ第八試合を開始しまーす! お次の〈種争奪戦シュージ〉に出場しますのは、〈花形〉三位の……』


 クロワの紹介に合わせて花守が花園フィールドに登場。〈花形〉だけあって、客席全体が熱気に包まれるような歓声が放たれる。先ほどよりも熱意の足りない視線で試合の行方を追っていたヒノメへと、ミズクの声がかけられた。


「まだムイぴょんが帰ってきません」


「あらら、そう言えば」


 無言で見上げてくるミズクのジト目の圧力に勝てず、ヒノメは肩を竦めてみせる。


「はいはい。私が見てこようか」


「ふむ、大儀であるどうもです」


「意味分かんないから」


 ミズクをその場に残してヒノメは通路に向かう。観客席から通路に入り、一階通路へ続く階段を下りた。円周型の一階通路には観客のための売店があり、ムイはそこにいるはずだ。


「あれ、いないじゃん」


 試合が始まったせいか売店は空いていた。ヒノメは拍子抜けし、周辺を歩いてムイの姿を探す。緩く湾曲して観客席の下を一周する通路は見通しが良く、ムイの長身を見逃すはずはない。


 そのときヒノメは二階通路への階段に気付いた。二階通路は花守の控室が用意されており、サクハナリーグ関係者しか出入りできなくなっている。


「まさか、キヨラ様たちの出待ちでもしてんのかな」


 呟いたヒノメは階段を上がって通路を見渡す。薄暗くて人気の少ない通路には、二つの人影があった。一人は見間違えるはずもないムイの長身。もう一人は見慣れない女性だった。


「ムイもさー、頑張ってるみたいだね」


「あ、うん。タキシちゃんほどじゃないけど……」


 タキシ、と呼ばれた女性は壁を背にしているムイを見上げ、笑顔を浮かべている。

 透明感のある翠玉色エメラルドグリーンの毛髪を三つ編みにして顔の両側に垂らし、髪と同色の瞳は爽やかにムイを映していた。ムイほどではないがタキシも背が高く、引き締まった体格をしている。


「えーと、今はどこの班だっけ?」


「ヒノメさんのところ、だけど」


「ふうん。知らないけどムイと一緒にいるんだから、きっといい子なんだろうね」


 会話からするとムイとタキシは知り合いのようだ。ヒノメが眉根を寄せたのは、タキシの声音に小馬鹿にするような響きがあったからだった。


 声をかけようか迷っていたヒノメは、階段から顔だけを出して二人のやりとりを眺める。


「本当にさ、ムイみたいな役立たずを仲間にしてくれてるんだから、その子に感謝しなー?」


「うん、してるよ」


「同じ班だった頃は苦労させられたし。デクノボーってムイのためにあるような言葉だよね」


 タキシの笑声が薄暗い通路に満ちた。


あいつタキシ……。いつもムイちゃんが言ってる、ムイちゃんを捨てた前の仲間……」


 身を隠すヒノメが自分だけにしか聞こえないように静かに呟く。


「それに比べてウチの班は〈若葉〉三位まで上り詰めたし、〈花形〉に昇格するのも時間の問題だよねー。知ってる? ウチらが〈若葉〉最強だって言われてるの」


「うん、凄いね」


 タキシの浮かべている笑み、それが嘲笑だということにヒノメは気付いた。それに対して壁を背にするムイは目線を泳がせ続け、まともにタキシを見ることすらできないでいる。


「これもムイと別れたおかげだよ。まったく、あんたといた頃は全然勝てなかったもんね」


「ごめんなさい……」


「あんたは、ウチの自由を奪い続けた役立たず。ただの足枷みたいなもの。足枷ムイから解き放たれたウチは、ようやく自由になって勝利への翼を得たって感じだねー」


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


「ねえ、それしか言えないの? せっかく話しかけてやってんのにさあ」


 口元を歪めるタキシが、顔を伏せているムイを覗き込む。


 震える両手で服の裾を掴み、明らかに怯えているムイを目にしたヒノメの頭に血が上った。床を踏みつけて通路へ出た足音に気付き、弱々しい黒の瞳ムイ驕慢な翠玉の瞳タキシがヒノメを向いた。


 拳を握りしめて無言で歩み寄るヒノメを怪訝に見つめるタキシ。ヒノメが詰め寄ろうとすると、その肩に手を置いて制止したのはムイだった。


「止めて、ヒノメさん……」


 抗議しようと見上げるヒノメだったが、泣き出しそうなムイの顔がその燃え盛った怒りを鎮める。荒く息を吐いたヒノメはムイの手を握った。冷たく震える感触がヒノメの手に伝わる。


「ムイちゃん、行こっ!」


 ムイを引っ張って階段を目指すヒノメの背中へと、色濃い嘲りの声が注がれる。


「へえ、新しいお友達かあ。いい子ヒノメちゃん、その足枷ムイと仲良くしてあげてね。あはははは!」


 追いかけてくるその笑い声を振り払うように、ヒノメはムイを連れて階段を下りて行った。

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