第12話 花散るとき
ヒノメたちが大通りに着いたときには、すでにイチバ班が道を挟んだ対面に陣取っていた。ヒノメ班の姿を視界に入れたイチバが大声を発する。その額には血管が浮き出ている。
「ここまで追い詰められるなんて思わなかったよ! 今日のあんたらは強敵だって認めてやるさ。……モミジ!」
「分かってる。〈百花繚乱・この千手は守りのために〉」
モミジが〈百花繚乱〉を発現。天に突き上げた両手から、
『ついにモミジちゃんの〈百花繚乱〉が発現! 通常は一人にしか付与できない防護文様を、三人同時に纏うことができます。班全体の能力を底上げするモミジちゃんの真骨頂!』
イチバ班が朱色の文様とともに威容を纏う。さらにイチバが槍を垂直に立てて声を上げた。
「〈百花繚乱・野心と威厳は一番槍の故〉!」
槍の穂先にタチアオイの大輪が咲くと同時、槍の両翼から光の刃が形成された。奥の手である、イチバとモミジの〈百花繚乱〉の重ねがけだ。
「ヒノメ、来な! 決着をつけようじゃない!」
名指しされたヒノメは臆することなく応じる。
「いいね。この刀があんたの首を欲しがってるってさ。〈百花繚乱・一閃は優美で慎み深く〉!」
地摺り下段に構えたヒノメが長刀を振り、ツバキの紅の花弁が周囲を舞う。二回分の断頭のハナビラを吸収し、その力は充分に高まっていた。
長刀からヒノメの全身に伸びる筋の脈動が逆流。ヒノメの肉体を構成するハナビラを吸う代わりに身体能力強化が発動した。
「イチバ、首を洗って覚悟してよね!」
「あたしの一番槍で貫いてやるよ!」
ヒノメとイチバの姿が消失。二陣の突風が大通りの中央で激突し、その衝撃で路面の小片が舞い上がった。槍の穂先と刀身が噛み合い、至近距離で琥珀と灰色の瞳が睨み合う。
数瞬の拮抗を経て再び両者が掻き消える。衝突音と火花がその居場所を教え、遅れて巻き上がる砂煙がその軌道を彩った。
ヒノメの斬り下げから刺突の連撃を槍の柄で受け流し、イチバが横に疾走。その背を追うヒノメへ向け、急停止したイチバが振り向きざまに槍を薙ぐ。
風を巻いて襲い来る槍に対し、ヒノメは右側に長刀を立てて峰に手を添えて防御の姿勢。横殴りの槍が炸裂した刹那、凄まじい衝撃がヒノメの上体を揺るがせた。
一撃に耐えたヒノメは槍の柄に長刀を沿わせたまま前進する。甲高い音と火花を顔の横で弾けさせつつイチバに肉薄。
イチバは手を回してヒノメを振り払いながら、
体勢を立て直したヒノメが踏み込んだとき、ようやくイチバの両足が地面に接する。ヒノメの長刀が斜めに光芒を刻み、イチバは上半身を逸らすのが精一杯。
切っ先がイチバの右肩から左脇腹までを切り裂いたものの、モミジの防御文様が損傷を浅手に留めている。
「浅かった……!」
ヒノメは痛恨の呻きを漏らし、イチバが口元を笑みの形に歪める。胸から深紅のハナビラを噴き出しつつイチバが突進し、返礼とばかりに体当たりを食らわせた。
ヒノメがよろめいて距離が開く。イチバは槍を地に突き立てた反動で跳び上がり、身体を水平にして蹴りを放ってきた。躱す余裕のないヒノメの胸に蹴りが直撃。足が浮くほどの衝撃でヒノメが宙を飛び、何度も転がって倒れ込んだ。
見上げるほど高く跳躍したイチバが急降下しながら短槍を突き刺してきたと同時、ヒノメは膝が顔に着きそうなほど下半身を曲げ、全身のバネを使って跳ね起きる。一歩横に動けば、無防備なイチバが落ちてくるだけだった。
横に走った剣閃がイチバの横っ腹を抉り、傷口から花弁が飛ぶ。体勢を崩したイチバは路面に槍を突き立て、それを支点にして何とか着地していた。
『イチバちゃんとヒノメちゃんの攻防は一進一退! もはや私の実況が追いつかないため目でご覧いただくとして、後衛でも熾烈な戦いが繰り広げられています!』
ムイの背後に隠れたまま、ミズクは六冊の本だけを防壁の外に出して射撃を初めている。防護文様を纏うライミとモミジは、ジグザグに疾駆して射線を外しつつ接近。ミズクへの対処には慣れたもので、あっという間に距離を縮めていた。
モミジが路面に手を着いて文様を走らせ、ライミが電撃を放射。上下からの攻撃に晒されるムイが足を踏ん張って耐える。
『ライミちゃんとモミジちゃんの集中砲火! 狙いは防壁を破壊した後にミズクちゃんの
ミズクの放つ光条も二人に命中するが、防護文様を削るだけで致命傷には至らない。
「まずいよ、もう
「ミズが防壁の外に出て攻撃を分散させます。どっちか一人は倒してみせます」
「気を付けてね」
「ここまで来たからには、勝ちますよ」
ミズクは本を周囲に浮遊させつつ防壁から飛び出し、追ってきたのはモミジだった。
「ライミ、そっちを足止めしておいて」
「
ライミがベースから電撃を放射し続け、ムイの足を釘付けにする。モミジは後ろ姿を見せるミズクの足元へと文様を描き、波動を解き放った。
逃げ切れないミズクは、本を盾とするように波動と自身の間に移動させる。それでも相殺できなかった衝撃に吹き飛ばされ、空中を舞った小柄な身体が路面に叩きつけられた。
『あぁー! ミズクちゃん、これは痛手を被りました! ですが、立ち上がりつつ残った二冊の本をモミジちゃんに向けて飛来させます。まだ闘志は衰えていなーい!』
砕けた本の紙葉が舞い散るなかでミズクがモミジを睥睨。二冊の本をモミジの周囲で旋回させながら光条の十字砲火を浴びせかけた。
『全身を紫の光条で穿たれるモミジちゃんですが、両腕を交差させてミズクちゃんへと突進をかける! 掌からミズクちゃんに直接波動を叩き込み、決着をつけるつもりです!』
防護文様を大破させながらもモミジがミズクに縋りつく。その細い両肩に手をかけたモミジが、ミズクの額に自身のそれを当てて視線を合わせた。
「ここで勝つのは私たち……!」
「くたばれ、です」
不意に、二人の顔を下方から光が照らしだした。驚いて見下ろすモミジの焦げ茶色の瞳に、ハナビラを充填して光を発する本が映る。
解き放たれた光弾がモミジの腹部を貫通。大穴の開いたモミジの背中から大量のハナビラが噴き出し、その背景に深紅の色彩を散らした。
顔を上げて悔しそうにミズクを睨むが、それがモミジの限界だった。その輪郭が不鮮明になったと思うと、モミジの肉体がハナビラに帰して四散する。
『ミズクちゃんがモミジちゃんを
モミジの敗北に気付いたライミが駆け出し、ミズクをその間合いに捉える。
「よっくもモミジをー! 許さないじゃーん!」
走るライミがベースを弾く構えを見せた。そこへ追い縋ったムイは、防壁を張ったままライミに突撃していく。
「ダ、ダメですー!」
「ひぇ⁉」
振り向いたライミは、見上げるほどの長身が迫りくる恐怖のせいか思わず硬直。そこへムイの体当たりが直撃し、その体格差もあってライミは大きく弾き飛ばされた。
まるで馬車にでも轢かれたように石畳を転がり、ボロ雑巾のようになったライミが力なく横たわる。ベースを放り出し、うつ伏せに寝転がったライミが何とか頭を起こした。
「ラ、ライミ死すとも
言い終えることなく、ライミが路面に頭を打ちつけて動かなくなった。
『謎の言葉を残してライミちゃんが
クロワと観客から悲鳴が上がる。
その場が静かになり、ムイが顔を覆っていた両手を開いて指の隙間から覗き見る。すでにライミは跡形もなく、その痕跡は辺りに漂うハナビラだけだった。
「雑魚の片づけは終わりです」
ミズクが口元を歪めてムイに微笑みかける。
「そ、そうだね」
ムイは頷くしかできなかった。
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