亡国の王子と敵国の王女2

 レナードは困惑していた。予告もなく敵国の王女が現れたかと思えば色々と尋ねられ、ついには自分が望んで牢獄にいるとまで言い切った。口先だけでは確認の形をとっていても、声色は自信に満ちている。


「答えられない? 黙っているなら、肯定と解釈するわよ」

「聞き間違いかと疑って自信がなくてね。そうでなくとも、貴女の指摘は滅茶苦茶だよ。僕が僕の意志で牢獄にいるだって? それも、自国を滅ぼすために? もう半年もの長い間、殺しもせず閉じ込め続けているのは貴女の父上の指示じゃないか」

「そうね。でも抵抗をしないのは、閉じ込められている状態を貴方自身も望んでいるからでしょう? 抵抗をしようと思えば、いくらでもできるはず。たとえば、石の壁に頭を打ち付けて命を断つとかね」

「自殺を抵抗と表現するんだね。確かに発想としてはあったよ。恥ずかしいことに、怖くて実行に移せなかった。それに、言い訳みたいになってしまうけど、僕が死んでも隠蔽される可能性も多いにあると思ったからね。僕をいつまでも殺さず生かしているのは、コンコルディアの生き残りに僕の救出を画策させて、始末しやすくするためだろう? 隠蔽されれば、死は無意味だ。僕自身は敵国の手を逃れ自由になれるから楽になるけど、コンコルディアの王として過酷な運命から逃げるような選択はできない」


 倒れていた椅子を立てて、レナードは深いため息を共に腰をおろした。


「あぁ、そうか。結果だけでいえば、僕は望んで囚われているのかもしれないね。その結果、救出作戦が何度も組まれて、自国の民が命を落とし続けているのも事実だ。だけど、ひどい侮辱だね。僕が牢獄から放たれれば、お前たちエストレーモを滅ぼすべく命を燃やす」


 半年の間ずっとレナードを監視してきたカーヴァでも、彼のエストレーモへの復讐心は初めて聴いた。自国については一切語らず、いつも無難な話題で話しかけられていた。自分が敵国の兵士で、下手に喋れば王まで伝わる危険があるから誰にも伝えず秘め続けている。牢獄のなかにいる話し相手が敵国の王である事実を忘れそうになるたび、胸に秘めた彼の復讐心を想像して、カーヴァは気を引き締めてきた。


「嘘ね」


 ようやく表にだしたレナードの本心を、ソレイアがつまらなさそうに、あっさりと否定した。

 眉ひとつ動かさず見上げる視線に、受けて立つと宣言するようにソレイアは腕を組む。


「貴方がカーヴァに質問したように、私たち国を率いる身分にある者は平和に強い関心を持っているわ。平和こそが目指すべき終点だから。で、平和を目指してコンコルディアとエストレーモは何十年も戦争を続けてきた。別にこれは矛盾してない。平和とは全ての土地を1つの支配下に置かなければ実現できないから戦争をして、大勢の血を流して、だけど平和の二文字が脳裏でチラつくから、なるべく敵の被害も最小限に抑え降伏を促す暗黙の了解が二国の間にあった。そのせいで、復讐を成就させる余力を残してしまった。どちらの国の支配も安定せず、結果的に平和を意識した日からずっと戦争が続いてる」


 ソレイアの熱弁に耳を傾けるレナードは相槌も打たなければ、瞬きもしない。口を挟めるよう一息いれたが、彼の唇は真一文字に結ばれたままだ。


「カーヴァ、私の話に間違いはないわよね?」


 代わりに彼女は貴族でもない城に仕えるだけの兵士に確認を求める。

 これまで声をかけられたこともなければ、当然かけたこともない雲の上の相手。そばで立っているだけで呼吸の仕方すら忘れてしまいそうになるのだから、平然を装うのは到底不可能だ。


「ぁ、はいっ、ま、まちがいありませんっ!」

「そうよね。だけど、その矛盾も終わろうとしているわ。わかる?」

「はいっ」

「理由も話して」

「ぇ、えーと、現在のエストレーモ王の手腕によるところだと思います。コンコルディアに余力を残さないよう堅実に侵攻して、周辺の村もコンコルディアの首都も一人の例外を除いて根絶しました。結果、コンコルディアは虫の鳴くような抵抗しかできなくなっています。いずれ力尽き、ついに平和が訪れるものと思います」


 僅かだが情が湧いてきている牢獄の男を慮る余裕なんてなく、素直に最低限の失礼のない言葉で伝えるのが精一杯だった。カーヴァも反応を窺うが、レナードは無表情のままで感情の動きを見せない。


「それが、レナード王の問いかけに対する貴方の答えね」


 ソレイアは牢獄にいる王に向き直る。


「そして、お父様の選んだ答えでもあるわ。歴代の王が守ってきた了解を捨て修羅となり、従わない者すべてを根絶やしにして争いのない平和な世界を作り上げる。平和とは、戦争がなくなった状態を示す。根絶やしにしてしまえば、エストレーモの支配を覆せる者は未来永劫に生まれなくなる。この土地すべてを血に染める覚悟によって、平和が築かれつつあるわ」


 カーヴァには未だにわからない。ソレイア王女が、レナードに何を伝えたいのか。


「レナード王、貴方も平和を目指す王だから、囚われた自分にできる最良の選択をしているのよね。貴方が無抵抗で囚われていれば平和が完成するのは時間の問題。だから貴方は、何もせずにいる」


 ソレイアが出入口のほうを一瞥した。まるで、誰も盗み聞きしていないことを確認するように。


「でも、それじゃあ平和は完成しない」


 レナードの瞼がようやく動いたが、動揺したカーヴァには気づけなかった。レナードは唇を舐め、自分を見下ろす王女を鋭く見据える。


「2つ言わせてもらうよ。まず、平和が完成しないというのが理解できない。もちろん僕らコンコルディアからすれば最悪だけど、エストレーモには最高な世界になるはずだろう? もう1つは、貴女は話のなかで僕とエストレーモ王を共通して『王』と言った。虐殺王と同列にされるのは酷い侮辱だけど、貴女たちからすれば、僕は正式に即位する前に捕まった間抜けな王で、エストレーモ王は平和を築く英雄だ。その感性を正さないと、周りから嫌な目で見られるんじゃないかな?」

「先に2つ目の件から回答するけど、些末な問題よ。誰になんと思われるか、なんてね。で、1つ目のほうだけど、確かにコンコルディアの血をこの土地から根絶できれば平和になるかもしれない。だけどそんなのは不可能だから、平和は永遠に訪れない。エストレーモの民を装ってどこかで血は残り続けるわ。それで、皆殺しにされた強い憎しみから争いを起こす。国の支配を覆すほどにはならずとも、争いは無くならない。そんなのは平和じゃないでしょう?」

「他国にいるとわからないものだね。ソレイア王女が父上より高い理想を描いているとは。なら、平和とは実現不可能な空想上の概念というのが貴女の答えかな? それとも、コンコルディアの血を確実に根絶する妙案でも?」

「どちらも違うわ」


 即答での否定を受け、両者の会話が途絶える。カーヴァの息を呑む音さえ響いてしまう静寂。

 出入口に続く階段の先から、聞き取れないが誰かの話し声が聞こえた。我に返りカーヴァが覗き込むと、階段の先を見張っている兵士がおりてきた。


「世話役がソレイア様を探してる。そろそろ戻っていただかなくては――なんかお前顔色が悪いぞ、大丈夫か?」

「大丈夫だ。わかった。俺からお伝えしとく」


 大丈夫ではなかったが、理由を訊かれるわけにもいかない。彼も牢獄にソレイアが入ることを黙認した共犯者だから焦っているらしく、慌てて上に戻っていった。


「時間みたいね」


 カーヴァから伝えるまでもなく、ソレイアは呟いた。


「待ってくれ。話の続きを聞かないと今夜は眠れそうにないんだけど?」

「話したらもっと眠れなくなると思うわよ。いいの?」

「それなら、もとから眠れない夜だったと諦めるよ」


 ソレイアは佇立するカーヴァに目をやった。どんな意図が含まれているか量れなかったが、尋常ならざる覚悟を求められている気がした。しかし丁寧に断れるほどの心の余裕も時間の余裕もなく、神妙に頷いてみせた。

 ソレイアが悪戯っぽい笑みを作る。間違えたと思ったときには、遅かった。

 階段に身体を向け、ソレイアは横目で格子越しにレナードを見た。


「本当の平和は、2つの血を1つにしないと完成しない。次の機会までに考えておいて」


 燭台の炎に照らされ髪を揺らしながら、ソレイアは階段をのぼっていった。

 後ろ姿を見守るふたりの立場は大きく異なるが、ふたりとも同じ表情を浮かべていた。口を半開きにした、呆然とした表情を。

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