いいですよ

秋犬

いいですよ

 足元が覚束無い。そもそも、自分に足があったのかどうかも覚えていない。はてさて、どこにいるのかもわからない。


 おれはなにをしていたのだ?


 そうだ、定時で帰ろうとしたら使えない後輩が「すみませんこれ明日までに片付けないとダメなんです」とか泣きついてきたんだ。バーカ。だからお前はダメなんだ。ダメなやつは何をやってもダメ。予定管理くらい自分でやってくださいな、しーねしねしねしーね!


 そんで結局3時間も残業したから、ムカついて駅前のクソ安い居酒屋でムチャクチャ飲んだんだ。ビール1杯299円とかそういうところ。なんかムカついて焼酎をボトルで頼んだんだ。おれ焼酎なんて飲んだことなかったからよくわからなかったんだけどさ、あれって割らないとダメなのな。氷だけ入れてぐいぐい半分開けたあたりからめちゃくちゃ楽しくなってきた。


 あれおれってめっちゃ酒強くね?

 今までチキンすぎてサワーしか飲んだことなかったけど、焼酎うまくね?

 なにこれイモってやつ?

 あ、ちがうムギだって。

 ムギうめえな。

 ムギマジ感謝。


 それから飯も頼まずぐいぐい飲んでるうちに、何だかこんなに楽しいのにおれひとりで飲んでるのが馬鹿らしくなってきた。隣のテーブル見たら、おれみたいなしょぼくれたオタクみてーな奴が2人で飲んでた。よく話を聞いたら今期のアニメの話をしてる。デブのほうはなろうアニメは当たんないとか言ってるし、メガネのほうは週刊マンガのアニメ化が覇権だろとか言ってる。


 そこでおれはすかさず、いやあ、今期の大穴は中華アニメだろってゆったんですよ。そしたらメガネのほうが中華アニメの質は上がってきてるとか言うしデブはなんかでぶでふですー、とか言うし、おれは隣のテーブルに移ってなんだかんだとオタトークをかました。


 なんか楽しかった。メガネとはなんかノリが合うし、デブはずっとデブリアン王国のデーブ姫について喋ってた。おれは追加でなんか適当にテーブルの端末でツマミを頼み、メガネと連絡先を交換した。おつまみステーキが4つ来た。個数を間違えた。今の時間から食える量じゃねえ。バーカ、おれバーカ。ギャハハ。デブがなんかデブデブ言ってるけど食え。デブおい餌だぞ。


 そしたらメガネが終電なくなっちゃうとか言い始めて、終電なんかとっくに終わってんじゃねってもうそれがめちゃくちゃ面白くておれはツボにハマってそのままトイレ行って1回戻して、そんで席に戻って残りの焼酎全部飲んだらメガネが酒強いっすねとか言うからどぅしぇしぇみたいなキモオタな笑い方してるうちに何だかおれやばくねえかって思ってよくメガネを見たら髪の毛短くてハスキーボイスなだけで女の人だしおれ今まで男だと思ってたマジ恥ずいわってもっかいトイレ行って吐いて、店員さんにお冷もらって全部飲んで、おれなにやってんだよ隣のテーブルに突撃かまして女の人と連絡先交換しちまったよやべぇよって逃げようとしたらデブがなんかデブデブ言い始めて、そんでおれは諭吉をとりあえず叩きつけて逃げ出したんだ。


 ばかみてえ。


 終電なんかねえし。どーすんだよおれ。酒臭い奴がヨロヨロひとりで夜中歩いてばかじゃねーの。何時だよ今。1時半だって。バーカ。明日有給とろ、ふざけんなよマジで。


 何だか世の中にマジでムカついてきた。おれだって子供の頃は宇宙飛行士だのケーキ屋さんだのかわいらしい夢に溢れた絵に書いたような模範的お子様だったのよ、それが今じゃどうしたってんだ。酒の勢いでナンパかまして相方のデブにでぶっと睨まれてすっ飛んで逃げてきたんじゃないか。きったねえ大人になったもんだ。大人なんか大嫌いだ。


 うぇ、気持ち悪い。


 何だよおれのせいかよおれだって何も悪くねえだろ、悪いのは管理をミスった後輩じゃないか。おれはわるくありませーん!


 吐きたい。


 なんだよこれ。

 焼酎気持ち悪い。

 頭と体がぐりんぐりんしてきた。

 あるけねえ。

 頑張れば歩けるけどさ。

 あ、もう無理。

 やば、おれ今めっちゃ面白くね?


 そう、今ここ。

 ばかみてーに酔っ払って、なんか転んじゃったあ。

 やべ、地面冷たくて超気持ちいい。


「もしもし、お兄さんひとりで帰れる?」


 あ?

 電車ねえのに帰れるわけねえだろ。


「帰れなくてもね、道路で寝ちゃダメだよ」


 わーってるわ!

 なんだこのポリ公は。

 おれは世界で一番不幸だから寝てていいんだよ。


「そんなことないですよ」


 だっておれ可哀想じゃん!

 おれより不幸な奴がいるってのか!?


「例えばさっき話を聞いたおじいちゃんはね、ホームレスやってたんだけど脳梗塞やってね、寒い時期だったから地面にべたっと倒れて生死の境をさ迷ったとかそうじゃないとか」


 へえ、その割には随分元気なんじゃねえか。知らねえけど。


「とにかくお兄さん、タクシー呼ぶからそれで帰って」


 やだタクシー嫌い!

 座席で吐くぞ!

 あーこの地面があったけえな。

 おれ一生地面でいいわ。


「はいどちらまで」


 何だよ何だよ、タクシー来るの早すぎやしないか?

 わっかんねえからごちゃごちゃ言ってるうちにタクシーは発信した。


 うわ、すっげー気持ち悪い。

 吐く。ダメ。うわ、ダメ。

 やめて、ごめん。

 もうお酒飲まない。

 お酒飲まないから、うわ、ちょっと。

 運転手さんめっちゃヤな顔してんじゃん。

 あああああカーブが長い!


 それからおれのアパートについて、俺は自分の家の布団に即座に潜り込んだ。世界がぐりんぐりんしてる。タイムショックとかのクイズ番組っぽい動きをおれはしている。おおん、おおん、おおん。う、気持ち悪い。おれはトイレという親友ができた。ようトイレ、クソ繋がりで仲良くやろうな!


 やべ、朝になったら会社に連絡いれないと。

 とりあえず体調不良でいっか。

 腹痛とか適当に言っておこう。

 沈黙は金というじゃないか、うん。

 正直は不幸の元だっけ?

 まーどうでもいいか。


 そんで寝まくって起きたら始業時間過ぎてて鬼電入ってた。

 おれは謝りに謝って、そんでトイレに籠る。

 クソが。なんだよこれ気持ち悪ぃよ。


 あ、よく見たら知らない奴からメッセージが来てる。


『今度飲み直しませんか』


 あ、あのメガネか!

 デブ差し置いておれなんかでいいのか?

 つかデブとはそーいう関係じゃなかったのか?


 なんかわかんねえけど、よかったのか?

 おれメガネ別にタイプじゃねえけどさ。

 とりあえず、もう二度と焼酎なんかボトルで頼まねえぞ。クソが。

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