悪魔は天使か人間か

クロノヒョウ

第1話



「いよいよ明日、このエンジェルランドはオープンを迎えます。皆、本当に今までありがとう。よくついてきてくれた」


 博士の興奮した顔とは逆に、俺たち助手の表情は皆暗かった。


 大昔、天使たちが住んでいた天空の島が島ごと地上に落下した。


 大地に叩きつけられ島に押し潰されてしまった天使たち。


 そのまま海の底へと沈み、誰にも気付かれぬまま長い時を経て、突如海の真ん中に浮かび上がったかつての天空の島。


 そこで見つかったのはすでに化石となってしまった無数の天使だった。


「恐竜も化石から復活させることが出来たのだ。天使だって必ず出来る」


 周りの反対を押しきり博士はこの島で天使の再生の研究に挑んだ。


 結果『ジェラシックパーク』ならぬ、再生させた天使たちを見ることができる施設『エンジェルランド』を作ってしまったのだ。


 緑豊かな大地、美しく咲く色とりどりの花。


 太陽の光を受け輝く湖に、のんびりと暮らす野生の動物たち。


 そしてそれらを見下ろしながら優雅に宙を漂う愛らしい天使たち。


 エンジェルランドはまるで天国かと思うほど美しい巨大なドームだった。


「明日からこの子たちを見に大勢の人間が訪れる。皆、よろしく頼むよ」


 ドームの中の天使をガラス越しに見つめながら博士は言った。


「博士……今ならまだ間に合います! こんなことやめませんか? 神に反しています!」


「そうですよ博士! 天使は恐竜とは違うのです! 天使がどういう生き物で何を考えているのかもわかりません……」


「何も心配いらん。私はずっとこのドームに入って間近で天使たちを見てきた。天使は人間の想像どおり、美しい生き物じゃよ」


「博士……」


 助手たちの反対に耳を傾けることはなく、いよいよエンジェルランドはオープンした。


 次々とやってくる旅客船。


 あっという間にドームの中は人で埋め尽くされた。


「見てみろ、人間のあの楽しそうな笑顔を」


 ガラス越しに中の様子を見ていた博士が満足気な顔をしている。


 確かに、初めて見る天使に皆釘付けだ。


 まるで天国に来たかのように恍惚の表情をしている。


「そうだ、ここは天国なんじゃ。私が作った偽物の天国……」


「……え?」


 その瞬間、ドームの中の人間が次々と倒れていった。


 静かに、ただ静かに倒れていった。


 隣の人間が倒れても全く気付かない様子で皆天使を見つめたままその場に倒れた。


「ちょっ……博士! いったい何が……」


 俺たちは慌ててドームを封鎖する緊急ボタンを押した。


「君たちは何故、天空の島が落下したか知っているか?」


「……博士?」


「我々は神に背いたのだ。神に背いた天使がどうなるかくらいは知っているだろう」


「まさか……堕天使……!?」


 博士はにっこりと笑っていた。


「ハッハッハ、その通り! 我々は皆堕天使、悪魔なのさ!」


 博士はそう言うと突然走り出しドームの屋根の開閉レバーを引いた。


「博士! 何を!?」


 みるみるうちに屋根が開き、そこから勢いよく飛び出していく天使、いや、堕天使たち。


「こいつの欲のおかげでオレたちは甦った。礼を言うぞ」


「博士……じゃない、お前は……」


「これから人間の欲を思う存分味わわせてもらおう」


「あっ……」


 博士の背中からとてつもなく大きな羽根が現れた。


 かと思うと博士の体だけを残し、黒い大きな堕天使が一瞬で空へと飛び立った。


「博士!」


 急いで駆け寄るが博士の体が動くことはなかった。


 ドームの中に入って天使に触れたのは博士だけだった。


 そう考えるとおそらくずいぶんと前から博士の体には堕天使が住みついていたのかもしれない。


「……どうする?」


 俺たちはこの世界に無数の悪魔を解き放ってしまったのだ。


 限りない人間の欲を、すなわち命を奪おうとする悪魔。


 悪魔と人間の戦いが今まさに始まろうとしている。


 悪魔を止められるのは……。


 俺は亡き骸になった博士の白衣のポケットをあさった。


 そこから鍵の束を取り出し博士の研究室に向かった。


 昔博士が言っていた。


 どこかの国で見つけた神の涙の化石を持っていると。


 俺たちはずっと博士の研究を見てきた。


 手順はわかっている。


 ほんの少しでいい。


 サンプルさえ採取出来れば天使と同じように神をも再生出来るのではないのか。


 俺ならば、俺たちのチームならば……。


 博士の研究室に入った俺は必死で神の化石を探し始めた。



            完






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