01.06 :悪役令嬢ユリン(嘘)

 予め言っておく。これはフィクションであると。


「ユリン・T・ゴフジョー! 僕様はお前との婚約を破棄し、このシア嬢と結婚する!」

「嗚呼、インドール様! 私を選んでくれて嬉しい!」


 俺はシア嬢を腰に抱……こうとしたものの、手は届かなかった。寧ろ俺が抱えられているんじゃね? という体勢で、よよよと崩れた体勢をしたユリン嬢を見下ろした。

 ユリン嬢は俯き、悲しそうな顔をし、そして声を振り絞った。


「あ、ああああ! あたしという者がありなぎゃら、その女と浮気をし続けていたのでしゅね! あたし達のこんにゃくは両家の結び付きを強固にする為のものだというのに! ああ、にゃんて人っ!」

「「……………………」」


 カミカミだった。そして、ごっつ棒読みだった。ユリン嬢は恥ずかしそうに顔を俯きながら、その頬を赤く染めた。

 どういうこと? つか、これって誰得?






「はい、ユリンにインドール君。ランチの時間にするわよー」


 ユリン嬢の母親が手を叩きながら俺達を呼び、それによってこの茶番は終わった。

 大便と小便の握手という奇跡的出来事によって俺とユリン嬢の婚約継続が決まった日の翌日、俺はユリン嬢プロデュースのママゴトに付き合わされていた。3年前の出陣バージョンもそうだけど、これってママゴトなんですかね? もう、小芝居じゃん。まあ、ママゴトもその一種ではあるが……

 そう考えて首を捻りたくなった俺に、ユリン嬢の母親は謝ってきた。


「インドール君、ごめんなさいね。ウチの子の変な遊びに付き合わせてしまって」

「いいですよ。ユリン嬢が楽しいなら、このくらいいくらでも付き合いますよ。……でも、楽しかったんですかねぇ?」


 さっきの小芝居、もといママゴトでは俺がユリン嬢を裏切ってバッドエンドではないか。俺プロデュースならば、ラヴ・ラヴ・ハッピー・オゥイエス♪なものにしていたが。

 ユリン嬢はずずいと俺の方に近付いて言った。


「あたし、残念なことに気付いてしまったの。辺境伯家という高い地位の貴族の娘、つまりは悪役令嬢であると」

「あくやくれいじょおぉぉぉぉ?」


 何ソレ? 前世で少年漫画以外の漫画には殆ど触れていなかった俺には、どういうものか分からなかった。某ラット帝国のヴィランみたいなものか?

 何ざましょ? 首を傾げてユリン嬢に視線を向けると、ユリン嬢は胸を張り、ドヤ顔で言った。


「ミズ・ウロナの『貴族学園成り上がりラブストーリー〜ザ・タマノコシ〜』やレディ・ムヨクカの『純愛簒奪物語、邪魔者は蹴り落とせ』でもそうだったの。上位貴族の子は悪役だったの」

「はぁ、そうなんだ」


 小説か? とんでもなく酷いタイトルに聞こえたが。と言うか、3度の飯よりお金大好きさんな女性が書いたようなタイトルだ。釣り銭出て来る人生かい?

 ユリン嬢の母親も呆れたような深い溜め息をついた。


「ユリン、貴女は何処でそんな頭悪そ…もとい、変な題の小説を手に入れたの? ダメでしょ、そんなの読んでは」

「シアがくれたー」


 たしなめつつ訊いてきた母親の言葉に、ユリン嬢はあっさりと答えた。何一つ迷わず答えた。うん、子供だとそう来るよねぇ。草。

 そんな子供の思わぬ跳弾に、ユリン嬢の後ろで空気となっていたメイド、シアは慌てることとなった。


「おおおお、お嬢様? そこはウチからだっていうのは言わないお約束じゃないですかねぇ」

「シ、ァアア?」

「すすすす、済みません奥様! お嬢様が勉強や習い事ばかりで息抜きがなさそうだったので、少しでも楽しんでもらおうと王都で流行っているらしきものを見せたらえらく気に入られたようでして!」


 ユリン嬢の母親に視線を向けられたシアは早口でそう答えた。つか、あんな悪意が詰まってそうなタイトルの小説が本当に流行っているん? 流行は分からんね。

 ただ、貴族子女には意外と楽しみと呼べるものが無いのは俺も感じていた。貴族である為統治者である為の勉強がたっぷりあり、身を守る為の訓練もあり、マナー講座もある。3時のおやつとて、そのマナー講座の一環だ。もっと言えば音楽や美術に触れることでさえ、芸術を理解してますよアピールの為のもの、イメージ戦略のものなので、それもまた楽しくはない。そして、防犯の関係上外に行くことも出来ないので、友達もいない。嗚呼、楽しみのない人生だった。

 と、それを考慮するとシアはユリン嬢のことを想い、心配出来る良いメイドなのだろう。そんなシアにユリン嬢の母親は近寄り、念の為と前置きしながら訊いた。


「一応訊いておくけど、他意はないのよね?」

「ないです。うん、ないです」


 シアは一度否定した後、俺をチラッと見て再度否定した。あのママゴトという名の小芝居みたいな展開を望んではいないという確認なのだろう。

 シアは見た感じでは16歳くらいに思えた。それに比べて俺はインドール・S・バウルムーブメント、8歳。この年でのこの年齢差は普通ないわな。シアの見た目は田舎のちょっと可愛い子という感じだが、俺も肉体年齢に引っ張られているのだろう。シアを見てああだこうだしたいと思うことはなかった。

 それ以前にユリン嬢は超絶美幼女なので。……何か言葉の響きが変態臭いが、こんなユリン嬢と共に歳を重ねていければこの上なく幸せだろうし、それを壊す気にはなりえないというだけの意味だ。俺も言うが、他意はない。


「ユリンもそんな物語のマネなんかするんじゃないの。インドール君に婚約破棄なんかされたくはないでしょう?」

「うん。それはそうなんだけど……」


 ユリン嬢は言いづらそうな顔をした。それでも、ママゴトのネタとなるような物語が思い付かない、といったところだろうか。彼女が考えていることは何となく察知出来た。

 それは俺の母も同じようで、俺に訊いてきた。


「インちゃんは何か皆が幸せになれるような物語を知らないかしら?」

「物語、物語ですかぁ? ……うーん、クマムシ物語とかですかねぇ」


 知っていると言うか、自作だが。

 下水処理施設のタンク内で生まれたクマムシの熊之助が、ありとあらゆる場所に耐えうる頑丈な体を活かし、色々な場所へと大冒険して戻ってくるという、ハッピーエンドな物語にする予定だったのだが。

 母は俺の肩に手を乗せ、首を横に振った。


「それはやめておきなさい」

「さいですか」


 ハッピーなお話(にする見込み)でしたのに。あったかいんだからぁってお話(になったらいいなってもの)でしたのに。

 と、その話はそこで終わるものだと思っていた。だが、ユリン嬢がそこに食い付いた。


「ええええ、あたし聞きたい! あたし、クマさん好きだしーーーー!」


 (* ̄(エ) ̄*)

 という感じで俺は驚いていた。此処は辺境伯家、文字通り辺境にある家である。こんな場所では熊は恐ろしい害獣でしかない筈だ。……というのも勿論あったのだが。


「インドール君、よろしければそのお話を聞かせてあげてもらえないかしら? この子、何故か熊のぬいぐるみが大のお気に入りで、部屋にはもう10体以上ある始末なのよー」


 マジで? それは見ていなかった。と言うか、彼女の部屋に入った時はそれどころじゃなかったからな。

 尚、彼女の部屋に俺が入ったのは、引き籠もっていた彼女を引っ張り出したあの時一度だけである。婚約者とは言え、他家の貴族女児の部屋へズカズカお邪魔するのはマナーとして良くないからだ。デスヨネー? ただ……

 俺よりも先に、俺の母がユリン嬢へ謝ってしまった。


「ユリンちゃん、ごめんなさいね。あの子の言うクマムシって熊じゃないのよー」

「ええええ、ざんねーん」


 クマムシは主に白いイモムシのような、何とも言い難い見た目をしている。一言にすると正直キモイんだが、小動物理解という能力を持つ母の前でそんなことを言うと、母に怒られるのだ。

 ……ぶっちゃけ、ホントにキモイけどな? 母からしたら、それって貴方の感想ですよね、とでも言いたいのだろう。どーでもいいけど。

 それ以降は普通の会話だった。最近あったことや、好きなものや諸々話をした。それは他愛のないものではあったが、他愛のないものだからこそ、今回の婚約解消騒動が無事解決したのだという実感を与えてくれるものだった。

 俺と母はその日のランチを頂いた後、バウルムーブメント伯爵家へ帰ることにした。その帰る直前にユリン嬢の持つ熊のぬいぐるみを見せてもらった。ぬいぐるみは多種多様で、黒のアイツっぽいのやセオドアっぽいやつなど色々あった。それは現代地球も異世界も人間である以上、似た発想は出るものだと俺に思わせるものだったが……さすがにピンクのアイツっぽいのはなかった。ユリン嬢が持ってなかっただけかもしれんけど。

 尚、インドール君のここ数年の動物マイブームは言うまでもなく牛です。モーモー体操第一!

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