最終話 お幸せに

いつまでも謁見の間にいる罪人を疎ましく思ったのか、「二人を連れ出せ」と命を下した。


「エミーリア、私のエミーリア」

「いやよ、私は何もしていないわ」


この期に及んで、エミーリアはまだ無罪を主張するが、もはや誰も耳を傾けるものはなく、泣き叫ぶ声はそのまま遠くに消えていった。

マリッサが罪を告白したことにより、死罪は免れたが、ルーカスへ愚行や女神の涙窃盗の罪は重く、二人には重罪が課せられ、最も過酷な収容所に送られることになった。

全てが解決した謁見の間で、ルーカスが落ち着いてきた私をそっと引き離し、瞳を見つめながら、心臓が握りつぶされてしまいそうなことを言う。


「フォリア、申し訳ないが、アルバーノ家の屋敷を譲ってくれないか?」


せっかく家を残せると喜んだのに、どうしてルーカスは家を売ろうとなんかするのかと、私の目は零れ落ちるほど大きく開く。

宝物である思い出がまた壊される危機にさらされ、しかもルーカスからの命令ならば、それを断ることは出来ず、ようやく止まった涙がまた目尻に溢れ出す。

悲愴な顔色に変わった私に、ルーカスは慌てて頬に手を添える。


「泣かなくていい。フォリアにとって大切なものだと分かっている」

「……なん、で」

「屋敷を売るわけではないんだ……。イルデの新居にしようとしてだな」

「……イルデさんって、ルーカス様の従者の方?」

「様は不要、ルーカスと呼んでくれ」


ルーカスは私に『様』付けで呼んで欲しくないとは言うけど、呼び捨てなんて……と、困った顔をしたら、「ルーでも構わない」とまで言い出した。

ラーハルドも『ルー』と呼んでいるなんて言われても……。

どうしよう、本当はルーがいいけど、それは偽名だったわけだし、目の前にいるのはルーカスであり、ラーハルド王子と同じ呼び方も少し引っかかる。


「ルー」

「ルー?」

「カス」


たった四文字だと、ルーカスが笑ってくれるから、私は「ルーカス」とそっと唇を動かす。そうすれば、ルーカスはとても嬉しそうな顔をして、もう一度と要求する。

だから、


「ルーカス」


と声に出す。


「名を呼ばれるのは、喜ばしいことだな」


ただ名前を呼んだだけなのに、ルーカスは白い歯を見せてすごく嬉しそうに笑った。結局、その笑顔が眩しすぎて、私は『ルーカス』と呼ぶことにしてしまった。

そして、話しは戻り、どういうことなのかと尋ねればルーカスは少し困った顔をしながら、びっくりするほど嬉しいことを教えてくれた。


「イルデがセシルと結婚するんだ」

「え、ええ――っ!」


あまりにも驚いて、うっかり大声をあげてしまった。

あのセシルが結婚?! しかもルーカスの従者って、何がどうなってるのって、私の頭の中はずっとパニックのまま。


「アルバーノ家の屋敷にセシル一人を住まわせるのは、少々危なくてな。イルデを送り込んだのだが、どうやら恋が芽生えてしまったようなのだ」


フォリアが城に住むようになり、アルバーノ家の屋敷にセシルが一人で住むことになったのだが、さすがに女性を一人にするわけにもいかず、イルデを屋敷の管理人として置き、用があるときに呼び寄せることにしたと説明される。

つまり、同棲生活をしていた二人は自然と恋に落ちたと。

困ったものだと、ルーカスは自分の従者の不甲斐なさに少し落胆してみせれば、傍に仕えていたイルデが、深々と頭を下げる。


「不徳のいたすところ、大変申し訳ありません」

「責めてはいないが、イルデが私情を挟むとは考えなかっただけだ」

「異議はありません」


主君の命に私情を挟んでしまったことに、イルデは頭を下げたまま動かない。

なんだか可哀想になって、私は口を挟む。


「セシルはすごく素敵な女性よ」


セシルを妻に出来るなんて、なんて幸せ者なのって言えば、ルーカスはなぜかため息を。


「職場は隣国、離れ離れにしてしまうこともあろう」

「そ、そうだけど……」

「寂しい思いをさせたくないであろう」


ルーカスはイルデを解雇するわけにもいかず、かといって、オーフィリア国に残すわけにもいかないと肩を落とす。

セシルはきっと一人でいる時間が長くなる。それを考慮してのため息だ。


「大丈夫よ、セシルはそんなに弱くないわ」


好きな人が側にいなくても、絶対待っててくれる。セシルは強い女性だと言う。

でもイルデを時々は帰してあげて欲しいとも付け加えれば、ルーカスはチラッとイルデを見る。


「侍女や護衛をつける。それについて反論はあるか?」

「主君のご配慮、感謝いたします」


やはり屋敷に一人残すことは出来ないと、ルーカスは数名の人員を配備すると告げた。

それを聞き、私はほっとするとともに、アルバーノ家に新しい風が舞い込むと思ったら、なんだか嬉しくなった。

お父様との思い出も残り、セシルの幸せな思い出も増えていく。なんて素敵なことなのかと、私はルーカスを見つめる。


「私の家は、セシルとイルデさんに譲るわ」


セシルなら大切にしてくれるし、時々遊びに行ってもいいと言ってくれたルーカスに、私は首に腕を回して抱きつく。


「ルーカス、ありがとう! 本当に大好きよ」


こんな幸せな事ってないでしょうって、今度は嬉し涙が止まらない。

お父様が亡くなってから、こんなに喜んだことなんてない。私はギュッと抱きついて、頬にキスをして、ルーカスに何度も何度もお礼を言う。


「お前は……、俺を狼にしたいのか」


抱きつかれて、不意打ちでキスまでして、耳元で好きだなんて、衝動的に襲ってしまいたくなるような可愛いことをするなと、額を押さえたくなる。


「何か言った?」


小さく呟いたルーカスの言葉は私の耳には届かず、つい聞き返したけど、ルーカスに「気にするな」と、あしらわれてしまい、私は首を傾げる。


「さあ、フォリア、戻ってマカロンを食べよう」

「たくさん食べたいっ」

「愛しの妻の願いなら、なんなりと」


ルーカスはそういうと、外に待機させてあった馬車にラーハルドと私を乗せて旅立つ。


「この次は、最高のおもてなしをご用意いたします」


動き出す馬車に向かって王様が頭を下げる。


「ラーハルドのこと、どうぞよろしくお願いいたします」


続いてエリオットが頭を下げた。

それを見たルーカスは、


「近いうちに顔を出す。それまでに良い女性を見つけろ、エリオット」


と、手を挙げる。


「今度は見誤らないようにいたします」


ご迷惑をおかけしましたと、エリオットは容姿や見た目だけで判断などせず、心を見て相手を探すと誓った。




オクタヴィア王都、そこは私の知らない食べ物で溢れる国。

これから出会うたくさんのお料理に、私は胸をときめかせていたのだけど、


「食事制限はする」


なんてルーカスに言われて、頬を膨らませたのは言うまでもない。


おしまい







【あとがき】

お読みいただき、誠にありがとうございました。

一度くらいは書いてみたいと思ったシンデレラストーリーでしたが、楽しんでいただけたらとってもとっても嬉しいです♪




※書くより、読みが得意なのですが、好みの作品を見つけるのに悪戦苦闘中(苦笑)

途中まで読んでみたけど、「なんか違う?」ってことも結構ありませんか?

ブックマークしたいけど、途中で違うと気づいたときに申し訳ないので、読み逃げ多いです。

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偽り使用人(仮)は、元令嬢を食べ物で恋に落とす? 砂月かの @kano516

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