第22話 裁かれる罪

初めに睨まれたのは、マリッサ。


「俺に覚えがあるだろう」


ルーカスは前髪をくしゃりと崩して、目元を隠しながらこの姿に見覚えがあるだろうと問う。身なりは綺麗だったが、目元を前髪で隠したその顔と、鮮やかな深紅の瞳はルーであった。

よく覚えていたマリッサの表情は、一気に青くなる。ワナワナと口元が震えているのが分かるほどに。


「お前に棒で叩かれ、腕の骨が折れてしまった」

「――ッ」

「未だ、痛みが引かぬのだが」

「あ、あれはっ……」


何か何か言わなければと、マリッサは狼狽えたように言葉を探すが、ルーカスを叩いた事実は消えない。どう取り繕えばよいのかと、必死に言い訳を探す中、この腕を叩かれたとルーカスが腕を見せれば、王様が物凄い勢いで立ち上がった。


「それは誠のことかっ」


ルーカスを棒などで叩き、骨を傷つけたなど、あってはならない事件だと、マリッサを責める。オーフィリア国にとって、そんなことが明るみになれば、多大な損失どころではなく、国が滅ぶかもしれないと、王様の身体に震えが走る。

マリッサ一人の処刑だけで済む問題ではないと。


「マリッサっ」


返事をしないマリッサに王様が叫ぶが、恐怖で声が出ない。まさか王都の第一王子に暴力を振るったなどと言えば、即刻処刑される。今すぐにでも首が飛ぶと、マリッサは青ざめたまま立ち尽くす。

知らなかったなどという言い訳が通用するはずはない。


「どう責任を取るつもりだ」

「……ぁ、ぁ」


叩かれた腕を見せつけながら、ルーカスが目を細めてマリッサを見れば、恐怖は全身を蝕み、その場に崩れ去った。焦点の合わない視線が虚となり、マリッサは床に崩れたまま動かなくなる。

言い逃れなど出来ない。ルーカスを見ることができなくなったマリッサは、怯えて開いた口を閉じられないまま、ただただ狼狽える。

そして、ルーカスは続けてエミーリアへも視線を向ける。


「俺を乞食と呼んだこと、よもや忘れてはおるまいな」


あの時、ルーはエミーリアに向かって、



『俺を乞食呼ばわりした報いは必ず受けてもらう』



そう叫んでいた。その報いはきっと今だ。


「私ではありません」


エミーリアは図々しくも、自分ではないと言い切る。その態度にルーカスは眉を上げると、さらに罪を口にする。


「生き埋めにしようとしたのは、お前であろう」


少し強めに言葉を発すれば、王様の顔色が真っ青に変わる。

まさかオクタヴィア王都の第一王子を亡き者にしようなどと、なんと恐ろしいことをしたのかと、全身が硬直したように固まる。同時にエリオット王子も凍り付いたように動けなくなる。

オーフィリア国はオクタヴィア王都の隣に位置し、国土の面積はオクタヴィア王都の五分の一ほど。隣国ということもあり、多大な支援や援助だけでなく、様々な協力を得ていた。

それが、暗殺を企てたなどと知れれば、長きにわたりオーフィリア国を治めてきたルイジェルド家は破綻し、国そのものが滅ぶだろうと、未来が無くなる事態に誰もが言葉を失う。

それでもエミーリアは、臆することなくルーカスに立ち向かう。


「誰か別の方と勘違いされているのでは。私はそのようなことしておりません」


声をあげて、エミーリアは自分は無実だと、ルーカスが言ったようなことは何一つしていないと言い切った。そう、ここにそんな証拠などどこにもない。あの時手伝わせた男たちは、すでに抹消した。あの事実を知っているのはルーカスと、罪人となったフォリアだけ。

白を切るのはしごく簡単だと、エミーリアはあくまでも無罪だと言い切る。


「申し訳ありませんが、私はルーカス様にお会いしたことはありません」


軽く会釈をしながら、ルーカスにお目にかかったのは、今が初めてだと言い出す。


「やはりお前は醜い女だ」

「初対面の方に、侮辱される覚えはありませんが……」

「ここまで腐っているとは、もはや救いようもないな」


エミーリアの心底腐った心に、情状酌量の余地はないと、ルーカスは真剣な表情を浮かべ、前髪をあげ、瞳を晒す。


「この瞳に覚えはないか?」


あの時、この赤い目をみて少し怯えた様子をみせたエミーリアに、最後のチャンスを与える。今皆の前で膝をつき、フォリアと自分に謝罪すれば、刑を少しだけ軽くしてやる。そう考えての質問だったが、


「存じません」


と、言い切った。

その答えをもらい、ルーカスは堂々たる態度を崩さないエミーリアに対して、なぜかうっすらと笑みさえ浮かべた。

遠慮はいらぬと言うことか、ならばこちらも容赦はしないと、ルーカスは悪女を処罰すると決め、口を開こうとしたその時、


「本当のことです!」


ルーカスが次の言葉を発する前に、私は叫んでいた。

突然の声にルーカスの方が驚き、振り向くけど、私の視線は王様に向けられる。


「エミーリアは、ルーカス様を殺そうとしました」

「何を言い出すの義姉様!」

「私はそこにいました。土をかけて生き埋めにしようと……」


そこまで言葉にしたら、涙が溢れて止まらなくなった。あの時の、ルーを失ってしまう恐怖の感情が一気に溢れてきて、私は張り裂けそうになる胸を必死に掴む。

苦しい、息ができないくらい苦しくて、嗚咽が溢れすぎて、呼吸がまともにできない。どうしよう、声が出てこない。


「本当……で、す。……嘘を、つい……ているの……」


エミーリアは嘘をついている。ルーカスの言葉を信じて欲しいと、私は詰まる声を必死に絞り出す。

エミーリアの罪を話さなくてはいけないのに、胸が苦しすぎると、私はギュッと胸元を掴んだまま蹲る。


「罪を逃れるために、私に罪を着せようなどと、なんて悪人なのでしょう!」


罪人である私の言葉こそ嘘だと、エミーリアが悲鳴をあげる。

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