その17の2


 アルベルトは談話室へと向かったようだ。



 カイムは階段を上り、2階の自室へと向かった。



 部屋に入ると、ベッドにカゲトラの姿が見えた。



 のんびりと惰眠を貪っていたらしい。



 カイムの気配に気付いたのか、カゲトラはぱちりと目を開けた。



 黒猫はベッドから飛び降りると、カイムにてくてく近付いてきた。



 巨体に見合わぬ軽やかな足取りで、猫はカイムの前までたどり着いた。



「みゃあ」



 カゲトラが出迎えの挨拶をしてきたので、カイムも挨拶を返した。



「ああ。ただいま。


 ……おまえ、ずっと寝てたのか?


 ほんと寝るのが好きだよな。猫ってやつは。


 昼飯はちゃんと食ったのか?」



「みゃあ」



「そうか」



 食事はきちんと取ったらしい。



 ねこネグレクトにならなくて良かった。



 グレねこになられては困る。



 カイムはそう考えながら学生鞄を机に置いた。



 そして深くため息をついた。



「はぁ……」



(長い一日だった……。


 とはいえ、放課後になっても


 スパイとしての仕事はまだ終わりじゃない。


 むしろこれからが本番だ。


 どうしたもんかな)



 カイムに与えられた役割は、学生ごっこではない。



 学生としての立場を利用して、効率的に情報を集めることだ。



 しかし具体的に何の情報を集めれば良いのか。



 下された命令の曖昧さが、カイムを悩ませていた。



(情報を集めるって言っても、


 この学校の辺りで


 何か事件が起きるっていうのが


 漠然としすぎてるんだよな。


 特定の人物の情報を集めろとか、


 具体的な命令があればわかりやすいんだが。


 俺みたいな戦闘員じゃない


 情報収集専門のスパイなら、


 もっと簡単に当たりをつけられるんだろうか?


 ……マジで?


 プロってすげえな)



 心の中のプロさんに畏敬の念を向けつつ、カイムは思考を進めた。



(とにかく、情報を集めるなら


 人が居る所に行った方が良いな。


 ん……。


 今日は談話室に行ってみるか。


 昨日はまだ部外者っぽい気がしてたから


 立ち入らないようにしてたけど、


 もう授業にも出たわけだし、


 俺もここの立派な生徒だ。


 談話室を使う権利も有る……よな?)



「俺はこれから談話室に行くけど、


 一緒に来るか?」



「みゃあ」



 カイムの問いを、カゲトラは短く肯定した。



「ん。行くか」



 カイムはカゲトラと一緒に部屋を出た。



 そして一階にある談話室へと移動した。



 教室などと比べると散らかった感じで、室内には机や椅子が散在していた。



 席の何割かは、人付き合いを求めた生徒たちによって埋められていた。



(さて……。どうするかな?


 誰かに話しかけてみるか?


 誰が良いかな。


 俺、まだ友だち居ないんだよな。


 ルイーズしか。


 転校生だったのになぁ。


 最強の転校生補正があったのになぁ。


 ただ転校生であるというそれだけで


 モテモテの道が約束されていたというのに。


 やらかしたなぁ……。


 仕方がないから


 そのへんの奴に声をかけるしかないか。


 とはいえ、誰に話しかけるのが正解なんだ?)



 カイムは室内をきょろきょろと見回した。



 すると。



「ストレンジ」



 カイムに声をかける者が居た。



「先輩」



 声の方を見ると、アルベルトの姿が見えた。



 彼が居る小さめの丸テーブルには、彼の友人らしき二人の少年の姿が見えた。



「一人か?」



「お恥ずかしながら」



「混ざっていくか?」



 アルベルトはそう言うと、手に持ったカードをカイムに見せた。



 カードゲームで遊んでいる最中らしい。



「先輩マイフレンド!」



「フレンドではない」



「ちぇっ……」



 そんなカイムたちの様子を見て、アルベルトの友人が口を開いた。



「珍しいね。アルが下級生を誘うなんて」



 そう発言したのは、茶色い癖毛を持つすらりとした美男子だった。



「そうか? 座れ。ストレンジ」


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