その8の1「ルイーズと学生食堂」



「何だよ?」



 カイムはつまさきをルイーズに向けたまま、煩わしそうにジュリエットを見た。



「何って……私の話を聞いていなかったのかな?


 彼女には、悪い噂が有るんだ」



「どんな噂だ?」



「いろんな噂だよ。


 一つや二つじゃない。


 どれもとんでもない噂だ。


 そういう人なんだよ。彼女は」



「ああそう」



「分かってくれたんだね。良かった」



「いいや。分かんねえな」



「ストレンジくん……?」



「俺は出所のはっきりしない噂ってのは


 信じないことにしてるんだ」



(なにせ俺はプロだからな。


 偽情報に踊らされるなんてことは


 プロフェッショナルとしてあるまじき事だ。


 ……まあ、ふだん情報の吟味をしてるのは


 俺じゃなくてパルヴァーさんたちなんだが)



「べつに、根も葉もない事を


 言っているつもりは無いよ。


 実際、彼女はあまり素行が良くない。


 たとえば彼女はよく、


 午後の授業に遅れてくるんだ。


 明確な非行だよ」



「そうなのか?」



 カイムはルイーズに尋ねた。



「はい。恥ずかしながら」



 カイムの質問を、ルイーズは肯定した。



 カイムはそれを意外に思った。



 カイムはルイーズと出会ったばかりだ。



 彼女の全てがわかっているわけではない。



 だが、カイムが接した範囲では、ルイーズは礼儀正しい穏やかな少女だった。



 そんな彼女が、社会規範から外れた行いに走ったりするものだろうか。



 釈然としないものを感じたカイムは、ルイーズに理由を尋ねた。



「どうして授業に遅れてくるんだ?」



「私はご飯を食べるのが


 あまり早くないようなのです」



「だそうだ」



「食べるのが遅いって……そんなの限度が有るだろう?


 言い訳に決まってるよ」



「どうかな?」



「……そう。忠告はしたからね?」



「そいつはどうも」



 ジュリエットは自分の席へと帰っていった。



 メイド服の少女、ターシャもジュリエットの隣に座った。



 ジュリエットは明らかに、クラスの中心人物だった。



 そんな彼女にカイムが逆らったことで、妙な雰囲気になってしまった。



 カイムに興味を持っていた他の生徒たちも、カイムに話しかけることができなくなった。



 カイムは堂々たる様子で自分の席へと座った。



 毅然とした佇まいだったが、ただの仮面に過ぎない。



 内心では彼は動揺していた。



(あぁ……。やっちまった……。


 無難にクラスに溶け込むはずが、


 クラスの中心っぽいやつと仲違いしちまった……。


 初日からやらかした……。


 ジュリエットの言うことに賛同してれば


 すんなりとクラスの中心に入り込めたかもしれないのに。


 ……けどなあ。


 本人が聞いてる場所で


 ああいうこと言うのって、人としてどうなんだ?


 傷つくってわかるだろ。


 いや……。


 参考のために呼んだ学園モノのテキストにも


 イジメの描写が有ったな。


 するとあれが『普通』なのか?


 俺はみんなに混じって


 あの子をいじめないとダメだったのか?


 まずいな……。


 普通の学生ってやつは思ってたよりも難しいぞ)



 カイムはそう考えながら、ちらりとジュリエットを見た。



 彼の視線に気付いたのか、それとも偶然か。



 ジュリエットは振り返ってカイムの方を見た。



 目が合ったが、それで微笑みあえるような関係ではない。



 ジュリエットは固い表情で前へと向き直ってしまった。



(挽回は……無理かな?)



 みんなが固い雰囲気で固まっていると、1時限目の授業の先生が現れた。



 カイムはマジメに授業に耳を傾けた。



 カイムは中学校にもまともに通ってはいない。



 だが、まったくの無学というわけでも無かった。



 その気になれば授業内容を理解することはできた。



 やがて1時限目の授業が終わった。



 そのとき教室にはまだ、微妙な雰囲気が残っていた。



 雰囲気を引きずったままの教室で、カイムは4時限目までの授業をこなした。



 4時限目の次は、昼休みとなる。



 スパイだって腹は減る。



 食堂に行こうと思い、カイムはルイーズに声をかけた。



「メシ行こうぜ」



「あっ、本当に行くんですね」



 1時限目が始まる前に、カイムはルイーズを昼食に誘っていた。



 ルイーズも、カイムの誘いを断りはしなかった。



 ……はっきりと誘いを受けたわけでも無いが。



 とにかく、カイムはルイーズと昼食を食べるつもりでいた。



 だがルイーズの方は、社交辞令か何かだと思っていたのか。



 カイムの言葉に対して、意外そうな反応を見せた。



「ウソ言ってどうすんだよ」



「私と一緒に居ると、


 あなたにも良くない噂が立つかもしれませんよ」



「良いさ。噂くらい」


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