その問いに、賢者は答えた

珠邑ミト

その問いに、賢者は答えた




 この先の、人類は、果たしてどうなりましょうか。


 その問いに、賢者は答えた。


 人間は、生命の安寧をめざした。

 自然におびやかされぬよう、火を得た。

 その次に、力を得ようとした。

 争いは、自然ではなく、人類の内側にむかい、支配と被支配が生まれた。

 上下が生まれ、意に添う者同士が徒党を組んだ。

 あらゆる集団のなかで共通したのは、月に翻弄ほんろうされ、痛みには強くとも肉体的には弱い、生み出し育む機能を授けられた女が、男の下位に、おかれたことだった。

 力を持つ者が、正統をもぎとり、正義を蹂躙じゅうりんした。


 では、力とは何か。

 

 上層に占有されていたそれは、軍の力であり、知識であった。

 この占有を、正当化するために、宗教が生まれ、利用された。

 数多あまたの大きな戦を経て、やがて、忌まれていた経済が、力の一端となった。

 これは、数の利を必要とした。

 よりよい効率のため、知識は建前の間隙かんげきをぬって流失し、やがて、女のもとへとたどりつく。

 世界は、知を欲するところへ、平等となりゆこうとした。

 経済の平等や、前提の平等は、いまだ浅い。

 しかし、確かに、人類は、平等に「人」となりゆこうとした。


 では、この先に待ち受ける「人類」とは、なにか。


 誰もが、同じ量の、集約された知にアクセスできる権限を有したとしたら?


 そこに待つのは、真の、生まれ持ったごうによる選別に他ならない。


 知る気にならぬから、知らぬ。

 脳に収まらぬから、仕入れた知を咀嚼そしゃくできぬ。

 かつては〈男と女〉であったものが、〈賢者と愚者〉になりかわろう。

 平等と不平等は、前者から後者へと置き換わっただけで、本質は、何も変わらない。

 暴力の混沌がよみがえれば、それもまた灰燼かいじんす儚いものだが。


 しこうして、この歩みを止めず、先へ向かえばなんとなろう。


 その問いに、賢者は答えた。


 人間は、「耳と目を閉ざすもの」と、

 「耳だけを開き、目を閉ざしたもの」と、

 「耳と目を開いたもの」に、わかれるだろう。


 そして、「耳と目を閉ざすもの」が、己の内側から希求する「欲」を口から叫び、欲のころもをまとった偶像に平伏ひれふし、すべてを投げ出すようになるだろう。

 そして彼らは、「耳と目を開いたもの」のうちで、富を得ているもの、あるいは、「耳と目を閉ざすもの」の口が叫ぶ「欲」がよく聞こえるものに、豊かで平坦な肥やしとして、吸い上げられるだろう。

「耳と目を開いたもの」のうち、敬意を知る強きものは、「欲」の口に対して「耳」を閉ざすだろう。そして、敬意を知れど、わきまえぬ他者の切り捨て方を知らぬものは、そっと全てをやめて立ち去ってしまうだろう。


 そして、耳だけを開き、目を閉ざしたものたちが、しずかに、畑を耕すようになるだろう。


                                (了)




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その問いに、賢者は答えた 珠邑ミト @mitotamamura

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