夜空を探す

月井 忠

一話完結

 深夜、私は一人で車を走らせ、山頂を目指す。


 都会の明かりはここまで届くことはなくて、夜の帳は一層濃い。

 そんな夜が昔から好きだった。


 私はシングルマザーの母に育てられた。

 他に兄弟、姉妹はいなかったけど、母一人で娘の私を育てるのは大変だったと思う。


 母は実家に戻り、祖父母が私の面倒を見るようになった。


 私は父親の顔を知らない。

 母にそのことを言っても、写真ひとつ見せてくれなかった。


 ぽっかりと空いてしまった父親像を埋めたのはおじいちゃんだった。


「あっ! 流れ星!」

「うん? ああ、そうだな」


 おじいちゃんは良く星を見た。

 私もそれについて行き、いつしか星が好きになった。


「ねえ。流れ星って、どうして落ちてくるの?」

「うーん」


 私はいつもおじいちゃんを質問責めにした。

 星に関して特別詳しいわけじゃないおじいちゃんは、いつもテキトーに答えた。


「天使の落とし物さ」

「へっ? 天使さんっているの?」


「ああ、信じていればな」


 時折、ロマンチックな答えで、私をはぐらかす。

 でも、そんなおじいちゃんが私は好きだった。


 おじいちゃんも私のことを可愛がってくれた。

 少し大きくなると、私に望遠鏡まで買ってくれた。


 母は子供にそんな贅沢なものと、怒っていたけど私にとっては今も変わらぬ宝物だ。


 そんなおじいちゃんは、もういない。

 その日はずいぶん泣いたけど、最後には笑顔で送り出せたと思う。


 彼は長生きで大往生だった。

 別れの時ぐらいは、互いに手を振っていたい。


 そんなおじいちゃんが、いてくれたからだろう。

 私は星好きが高じて、今では天文学者として星を見ている。


 画面に映し出されるのは、遥か彼方にある星の残骸だ。

 おじいちゃんの言葉を借りるなら「天使の化石」かもしれない。


 約百万光年離れた場所で、とても明るい光を放って逝った天使のかけらが、今になった私たちの元に届いた。

 その星の死に意味なんてないけど、私たちはそこに意味を見出そうとしている。


 頂上にたどり着くと、私は車を下りてトランクから望遠鏡を取り出す。

 おじいちゃんにもらった望遠鏡だ。


 都会の光は眼下にあって、振り返った先には山々の稜線が影となって薄っすら浮かんでいる。

 見上げると夜の闇は濃くて、星の明かりが賑やかに瞬いている。


 私は望遠鏡を向ける。


 仕事では遥か先の、遥か昔の星を見ている。

 こんな小さな望遠鏡では決して見えない、闇の奥に隠れる、かすな光だ。


 それはそれで世界の神秘を暴いているようで、とても楽しい。

 でも、その星たちはモニターに映されていて少しだけ物足りない。


 だから、私は今でもこうして夜空に望遠鏡を向ける。


 天使だって落とし物をするのだ。

 そう言ったおじいちゃんが何も残すことなく空に旅立つわけがない。


 きっと、私にだけわかるような目印をこの夜空に刻んでいるに違いない。

 そんな気分になる。


 だから望遠鏡を覗くときはいつもドキドキする。

 これは、モニターに映っている星を見るのとはまた違う。


 今夜も私は、天使のかけらや、おじいちゃんの残したものがないかと夜空を探す。

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