第4話 付き添い

いよいよ夫の検査の前日。昼間、ミチコから電話があった。


何か御用でしょうか?


自分でもびっくりするくらい冷たい声だ。


ミチコは言った。明日、胃カメラなんですってね。医者には奥さん、一緒に行くんですか?


私はその時になって気づいた。決めてなかった。こういう時って、一緒に行くべきなんだっけ、行かないべきなんだっけ?でもミーティングずらせそうもないからなぁ...


こういう時だけど、仕事忙しいから一人で行ってもらおうと思ってます、という自分の声を聴いて、少しほっとした。さっきよりは冷たく聞こえなかっただろう。


それじゃあ、私付き添いますよ。奥さん、いつも忙しいって知ってるから。大丈夫です、私はひまなんで。


はぁ、そうですか。ではよろしくお願いします。


電話を切った後、とても複雑な気分になった。


私より、ずっと若い女。私より、ずっと暇な女。そして、私よりずっと金のかからない女。なにより、夫の子供を産んでもよいと言っている女。


そのミチコが、明日、大の医者嫌いの夫に付き添って胃カメラの検査に行くという。


夫の立場になったら、だれか付き添いがいたほうが当然心強いだろう。それがミチコだったらなおさらだ。そう、私が付き添うより、ミチコが行ったほうがいいんじゃないか。


それに、なぜミチコは私がいつも忙しいと知っているのだろうか。そう、私は結婚当初、専業主婦になってもいいんじゃないの、という夫の勧めを押し切ってキャリアを優先させてきた。頼るのがいやだったから。自立した女になりたかったから。


こんな話を、夫はミチコにしているのだろうか。そう、妻はキャリアを優先させてるから、僕のことなんか構ってくれないんだ、とかなんとか。


ああ、そうですか。わかったよ。今日も明日も、今まで通り、仕事を優先させるよ。そしてミチコに面倒を見てもらえばいいじゃないか。


そうだ、今日の夜、検査日前の夫にどんな言葉をかければいいのか。いっそのこと、顔を見なくて済むくらい、がっつり残業しようか。


いやいや、そんな風に逃げるのはがらじゃない。明日は、ミチコさんがいってくれるって、というのを伝えればいいだけだ。


そう考えたら私にもできるような気がしてきた。今日の夕飯は、なんだろう。


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