第3話 沈黙の後

私は一通り食べ終わり、夫もミチコの話をひとしきりしたところで、沈黙が訪れる。


俺が悪かったんだ、こんな形で話をしなければならないなんて。申し訳ない。とでも夫が言ってくれたなら、私は何か言う言葉があっただろう。


しかし、10年も連れ添ったというのに、夫がこういう時どのようなことを口にするのか、全く見当がつかず、かつ完全に黙られてしまった私は、何を言っていいかわからないまま、黙っているしかなかった。


先ほどのミチコの話からすれば、子供が欲しい、ということと夫の具合がよくない、というのが要点だったはずだ。だとすれば、この二つのことについて、夫と話し合わなければならないのだろう。


どうしても次の言葉が思い浮かばない私は、小さく、ごちそうさま、とだけ言って、席を立った。


そうすると後ろから、ねえ、怒らないの。こんな時普段の君だったら、めちゃめちゃ僕を責めるでしょう。どうして今日は何も言わないの?という声が飛んできた。


はぁ?あんたばかじゃないの。この状況で、怒らない私がなぜ責められなければならないの?馬鹿にするのもいいかげんにしろ!!


と怒鳴ることができたらどんなに楽だろう。しかしこの時の私はボロネーゼソースが少し残ったお皿を見つめながら言葉を失ったままうつむいた。


3年間も子供が欲しいと言って付き合っている夫とミチコを責める気持ちより、具合が悪いという夫の状態に全く気付かなかった自分は、一緒に暮らしながら何を見ていたんだろう、という気持ちのほうが大きかった。


具合、悪いって聞いたけど。


やっとのことで言えたのはこれだけだった。


そういえば、健康診断に行ったという話を聞いたことがない。大の医者嫌いなのだ。それに、私から、健康診断の話をしたことだって一度もない。そうか、私はこの10年間、夫が健康診断に一度も行っていないということに気づいていなかった。


ああちょっとね。なんだか胃が調子悪くてね。でも医者にはいきたくないんだよな。やっぱいかなきゃダメかな。忙しいし、予約も取れないからな。


それはいったほうがいいんじゃない。予約なら明日取っておくよ。と私は夫に伝え、次の日、近所のクリニックの胃カメラ検査を申し込んだ。


ミチコとの間に子供が欲しい、ということに関しては、どう切り出せばいいかわからない。わざわざその話を持ち出すのも面倒に思えた。


まずは胃カメラの検査を終えてから考えようと決め、検査の日を待った。




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