第二十五話 首脳会談

 報告をすると言っていたからには誰かが来るのだろう。朱は刑部だというし、その辺りだろうと思っていたがまさか国主が出て来るとは予想していなかった。

 気は急くが落ち着くまで待ってはくれず、ぎいっと重々しく扉が開くと髭を生やした壮齢の男性が入って来た。胸を張り堂々とした姿は力強さと威厳を感じさせる。


(あ、この人なんかの式典で見たことあるかも)


 国を挙げての式典というものが幾つかある。

 隊商で動き回る威龍は出くわす事もあまりないのでそこまで詳しくはない。だが必ず参列してる人くらいは記憶に残るし、特にこの男は常に中心に立っていた。

 威龍はごくりと喉を鳴らした。朱も哉珂も、全員が深々と頭を下げる中で座りっぱなしであることがいたたまれない。

 けれど薄珂は座ったままで立珂は膝枕だ。威龍はおろおろと慌てるが、勝峰がにこりと微笑みかけてくれる。


「君が威龍だな。雛のためにも座っててくれ。起こすのは忍びない」

「は、はい! 有難う御座います!」

「そう硬くならないでくれ。聞いたよ。君も薄珂殿にしてやられたようだね」

「はい!」

「ちょっと威龍。そこは否定するところだよ」

「ははは。良い返事だ」


 全員が無駄に豪華な椅子へ着席すると口々に軽く挨拶を交わしている。

 朱と哉珂が国主と同じ席に着くのは違和感があるが、これも生態を基準にした何かがあるのかもしれない。

 国主の住まう宮廷でどんな身分も種族も心地良く過ごせることは素晴らしいが、慣れない威龍は違和感を覚えざるを得ない。

 だがそれを当然だというのは国主の懐の広さの現れかもしれない。


「話は聞いている。大変だったな。しばらくは事情聴取があるだろうが、素直に答えてやってくれ。その分憂炎が利用していた隊商隊員の開放も早くなる」

「はい! あの、みんな助けてもらえますか」


 威龍は何とはなしにそう言うと、勝峰は苦笑いを浮かべた。

 助けてもらえた、助けてもらえると思い込んでいた威龍は即答してもらえないことにびくりと震える。


「あの……?」

「麻薬密売というのは重罪だ。その販売を補助した事自体が罪に問われる。意図的であってもなくても」

「え、でも、知らなかったんです」

「分かっている。それはもちろん加味されるが、国民を守る宮廷は『可哀そうだから許す』とはできない。何かしらの罰が降るだろう」

「……俺も、ですか」

「いや。君は逮捕に貢献した。刑部もが手を焼いていた事件を解決し有翼人保護へ導いた活躍は素晴らしいものだ。何より薄珂が無事帰還した事への功績は大きい。罰なんてとんでもない。報奨を受けるだろう」

「そんなのいりません! 皆も何とか、何とかならないんですか⁉」

「ならない。法は万人に適用される。だが解放が許された者もいる」

「本当ですか⁉ 誰ですか⁉」

「曄という少女だ。彼女が憂炎を裏切り通報してくれた。刑部が迅速に動けたのは彼女の情報があったからだ」

「曄が?」


 必死に引き留め華理へ急ぐ曄の姿が思い出された。

 家族同然の威龍が離隊することを惜しんでくれているのだと思ったが、それだけではなかったのかもしれない。

 涙ながらに訴えてくれていた曄を思い出すと、じんわりと胸が熱くなった。

 ぐっと唇を噛んで俯くと、哉珂が立ち上がり頭を撫でに来てくれる。


「曄が知ったのも最近のことらしい。どうしたら良いか分からずにいたそうだが、今回威龍が離隊するにあたり通報を決めたらしい。これは大きな貢献だ。だが他の隊員は別だ。最低でも隊商資格ははく奪になるだろう」

「はく奪⁉ 憂炎と共犯の奴は仕方ないけど、何も知らなかった人もですか⁉」

「これは麻薬密売補助とは別の話なんだ。隊商には危険を見定め回避する事も資格試験に含まれ、それに満たないことが立証された。実際隊商隊員から麻薬密売が通報される事は多いんだ。それこそ曄のようにな」

「でも、隊商は他に仕事なんてした事ないだ。これからどうしたらいいんだ……」

「各自が考える事だ。各地に職業案内所があるからそれを頼れば大丈夫だ」

「けど……麻薬密売してた者を雇う人がいるんですか……」

「それも各自の売り込み次第だ。同じ状況を経て今も生活をしてる者もいる」

「そんな……」


 がくがくと威龍の口が震えた。

 隊商を離れることがどれほどの挑戦なのかはよく分かっている。

 哉珂がいなければ雛と二人で離隊するなど考えられなかっただろう。大人はともかく子供達は自立などできはしない。

 もちろん仲間内で面倒を見るだろうが、自分の事で手いっぱいなら他人のことにどこまで手を尽くせるか分からない。

 けれどそれを国主に臨むのは間違っていることは理解できた。

 だからといって威龍が面倒を見れるわけでもない。自分も運良く薄珂に拾ってもらえただけにすぎず、就職の努力をしたわけではない。

 何より雛を安全な場所で育てたい。犯罪にまみれた場所や人の中で育てるなどできるわけがない。

 己の無力を改めて知り俯くが、その時ぽんっと薄珂が肩を叩いてきた。


「大丈夫だよ、威龍」

「何がだよ! 前科者なんて、この先の人生終わりじゃないか!」

「うん。だから終わらないようにすればいいんだよ」

「は?」


 薄珂はにこりと微笑んだ。背をしっかりと支えてくれたが、その視線を向けた先は勝峰が入って来た扉に向けられている。

 そこにはいつの間にか二人の男が立っていた。

 二人とも見るからに高級な服に身を包んでいるが、特に一歩前に出ている男は勝峰に負けず劣らず眩い装飾品で飾られている。けれど決して着られる事は無く、それが当然であるかのようだった。

 けれど薄珂の視線が向いているのはその男ではなく、さらに後ろに控えてる線の細い男の方だった。

 薄珂は懐から一枚の紙を取り出すと、線の細い男にひらひらと見せ付ける。


「来て早々悪いんだけど、お願いがあるんだ。護栄様」


 紙には『優先売買契約契約書』と題名が書かれている。そしてその契約者は薄珂ではなく『天一総責任者響玄』と記されていた。


「……でしょうね」


 護栄と呼ばれた男は苦笑いを浮かべ、手前の男は面白そうに笑っていた。

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