第四話 羽民教の迎え

 追い出される前に、他の宿泊場所を見つけるため街に出た。

 万が一にも手を出されないよう、雛には威龍の袍を被せてすっぽりと羽を隠す。


「客桟も多いから助かるね。あ、ここは三食の食事付き二泊で銅一だって」

「それより水場だ。雛用に個室の風呂場が欲しい」

「じゃああっちは? 獣人歓迎なら絶対に風呂付きの個室があるよ。人間は獣と風呂使うの嫌がるから」


 客桟にも色々種類はあるが、基本的にどれか一つの種族に特化している店が多い。

 獣人は基本的に、入浴を獣の姿で行う。本来獣なので、くつろぐ時は獣でいるのが楽だからだ。だが人間は獣の毛や獣特有の匂いを嫌うので風呂は別に用意する。

 獣人専用客桟でも、肉食獣種か草食獣種のどちらかに特定する店もある。理由は食事だ。

 生態上、獣種によって食べられない食材があり、提供する側は逐一説明しなければならないので非常に手間だ。ならいっそ客を限定してしまえ、という判断だ。


「草食獣人客桟がいいな。万が一荒事になったら肉食相手じゃ分が悪すぎる」

「そういう危険もあるんだ。じゃあ俺が飛んで出られる窓のある部屋がいいな」

「ならやっぱり今の客桟が理想だな。少し歩いて良い客桟が無かったら諦めて銀一払うか。雛が完治するまでの数日だしな」


 今の客桟と比較すればどこも提供品質は下がる。

 威龍も哉珂も来た道を戻ろうとしたが、ぴたりと哉珂が足を止めた。


「ちょい待ち。薬屋寄るぞ。手持ちじゃ不安だ」

「有翼人って人間とも違うの? 獣人は人間の薬使えないんだ」

「雛じゃなくてお前のだよ。獣で怪我したら人間になれなくなるだろ」


 獣人は一見人間に見えても獣だ。肉体構造が全く異なるため医療も共有できず、獣人は怪我や病気には気を配る必要がある。

 特に怪我は大問題だ。人化がどういう仕組みか解明されておらず、獣の時に負った怪我が人間になった時にどこに出現するかが分からない。

 獣で足を怪我しても人化すれば腕に出たり、必ずしも同じ場所に出るとは限らない。全く予想が付かず、だから古くから獣人は人化を推奨しなかった。

 だが今は時代が変わっている。人化が常である以上、薬は獣人の必需品だった。

 哉珂は目前に見えてきた薬屋に入ると、店内を見回してから若い男性店員に声をかけた。


「鳥獣人用はあるか? 傷薬と鎮静剤と、色々欲しい」

「あるよ。そっちの棚全部」

「棚ごと? 珍しいね。希少種は客自体少ないでしょ。これ何?」

「睡眠導入剤だ。不眠症の治療に使う」

「へー。そんなのあるんだ。何で鳥獣人用なの?」

「特産品なんだよ。鳥獣人の睡眠不足は命に関わる。一番重要な品さ」

「そうなの? 何で? 別に多少眠くても頑張れるよ」

「頑張れなかったらどうすんだって話だよ。飛んでる時に眠くなったら落ちるだろうが。鳥獣人は睡眠が重要なんだ」

「へー……」


 説明を受けて威龍は他人事のように感心した。

 獣人中心の隊商育ちである威龍は人間の提供する学問は身に付いておらず、定住していないので情報も断片的だ。自分の生態も経験値でしか知らない。


(やっぱり人間って頭良いよな。獣種ごとの専用薬を作ったのも人間だし)


 獣人の平均寿命が飛躍的に延びたのは人間が獣人の研究を始めたからだ。

 だからこそ人間と獣人の肉体構造が異なる事も判明し、専門医療も拡充された。

 よく見ればその他の獣種ごとに様々な薬が並んでいて、人間と同等の扱いだ。


「そう言われると必需品な気がしてきた。人間て何でそんな頭良いんだろ」

「育った環境によると思うけどな。じゃあ一つ買ってくか。あとは人間用の傷薬と鎮痛剤。手当に使える布も揃えておくか」

「有翼人の赤ん坊なら天然素材にしとけよ。肌に優しい。肌でいうなら保湿薬もだ。赤ん坊は皮膚病になりやすいから気を付けてやらねえと」

「何それ欲しい」

「赤ん坊は清潔第一だから揃えとけ。石鹸も洗剤も赤ん坊用があるぜ。食べ物は揃えてるか? 離乳食ならあるぜ」

「買う。布は色違いでいくつか欲しいな。あ、この袋もいいな。雛に似合う」

「必要な物だけにしろ親馬鹿。どうせ買うなら服か靴にしろ」


 哉珂に静止されながら雛の日用品を買い込んだ。自分の物を欲しいとは思わないが、雛には気持ちよく元気に楽しくいて欲しい。

 店員に赤ん坊教育の基礎知識を学びつくして店を出ると、表が騒然としている。

 威龍は反射的に雛の全身を隠すように上着を被せた。

「また羽民教? それとも違う何か? 雛を狙ってるんじゃないよね」

「羽民教みたいだが雛じゃない。あれ見てみろ」


 人々は雛には見向きもせず、大通りの中央に向かって祈りを捧げている。

 多くの人々が一様に同じ格好をしている姿は気味悪いが、彼らの祈る先を見てそれも納得した。

 羽民教教徒が祈る先にいたのは真っ白な服に身を包んでいる集団だった。

 同じく真っ白な神輿に担がれているのは、真っ白な装束に身を包み真っ白な羽を背に持つ有翼人の少女だった。

 神輿の周辺は白い装束の男性に囲まれていて、人々は教祖様教祖様と呪文のように呟いている。


「羽民教の教祖だな」

「そういや新しい教祖が来るみたいに言ってたよね。辞めるのかなあの子」

「年齢的にそうだろうな。天使ってのは一様に幼いから、天使の言葉を代弁する教祖も子供じゃないといけない。役目を終えたら司教か司祭として働くのが一般的だ」

「働くって給料が出るっての? 神の遣いなのに誰かの下で働くの?」

「当然。教祖は教会職員で雇用契約を結んでる。成人するまでの有期雇用だな。宗教といっても企業なんだよ」

「でも教組って奇跡を与えるとか、そういうんじゃないの?」

「奇跡を与えたように見える演技をするのが労働内容なんだよ。大体、奇跡で食ってけるなら貢物も寄付金も受け取らないだろ」


 哉珂はくいっと顎で羽民教教徒のいる方を示した。

 見れば教徒は皆あれこれと差し出し、教祖の神輿を囲む男達がそれを端から一つ残らず受け取っていく。

 代わりに教祖は背から羽根を一枚抜いて与え、教徒は有難いと泣いて喜んでいた。


「羽根でぼろ儲けするのが教祖の仕事。抜いたって生えて来るから原価もかからない」

「何それ。全然有難くないじゃん。原価を抑えるなんて商人のやることだ」

「宗教って商人なんだよ。金が集まるから教組は有難い。有翼人ならではだろ?」


 こんな汚い話を教徒が聞いたら激怒するだろう。

 だが哉珂の語る事はどれも現実的で、金銭で売買をする隊商育ちの威龍にはとても分かりやすい単純な仕組みだった。

 金儲けに有翼人を利用する彼らは酷く汚い存在であると同時に、誰よりも現実的な商売人に思えた。


「教祖の子と家族はいいのかな。俺だったら雛にそんなことさせるの絶対嫌だけど。まさか本当に自分が神の遣いって思ってるわけじゃないよね」

「羽民教生まれ羽民教育ちならそう思ってるかもしれないぞ。光栄な事だって喜ぶ有翼人だっているんだ。宗教ってのはそういうもんだろ?」


 教祖の少女の素性など知りはしないし、満足してるのか不満があるのかも威龍には分からない。

 だが隊商という狭い世界から飛び出た威龍には、教祖の神輿は鳥籠に見えていた。


*


 教祖御一行の神輿を横目に、威龍達は客桟を覗いて行った。

 どの店にするか悩む程度には数があるし、最終的には今泊っている客桟に戻る。

 だから焦ってはいなかったが、しばらくすると予想外の事が起きた。


「満員?」

「ええ。すみませんね。全室埋まっちまったんですよ。他をあたってください」


 しかし店内を見回すと客の姿は無く閑散としていた。

 夜になったら賑わうのかもしれないし、そういうこともあるのだろう程度に思って次の客桟へ入ったがそこからも同じ事が続いたのだ。


「満員? ここも? あっちでも満員って言われたんだけど」

「そうでしたか。そりゃあ時期が悪かったんですねぇ。すんません」


 そしてまた違う客桟、次の客桟、次、次……十軒は巡ったが、どの客桟でも満員と告げられた。

 旅人が多い街だとしても全ての店が満員になるとは思えない。

 哉珂は眉をひそめて口元を抑えて考え込んだ。


「妙だな。こんな辺鄙な土地が全部満員なんてありえない」

「やっぱり銀一払うしかないね。じゃなけりゃ民家に頼むしかなくなる」

「もし。ご宿泊先をお探しならば私共の所にお越しになりませんか」


 そっと優しく肩を叩かれ、振り向くとそこにいたのは羽民教の白い装束の男だ。

 威龍は思わず男の手を振り払って雛を強く抱き、小走りで哉珂の背に隠れた。

 哉珂も威龍と雛を守るように前に出てくれて、威龍はじっと男の動向をうかがう。


「何だあんたは。その服を着て客桟の従業員なわけはないだろうが」

「羽民教教会瀘蘭支部の神官。神子様に教会は全身全霊お仕えいたします。もちろん教会のご所属でなくとも」


 ふいに辺りから神子様だ神子様だと声が上がった。

 どうやら羽民教の教徒に見つかったようで一斉に拝み出している。

 威龍は今更ではあるが雛を隠そうと深く上着をかぶせた。しかし哉珂は何かに気付いたような顔をした。


「そういう事か。まったく、がめつい宗教事業だな」

「どういう事?」


 哉珂は威龍の耳元に顔を近づけて小声で話を始めた。


「客桟に俺らを泊めるなって根回ししたんだよ。雛は孤児だ。孤児を保護すれば国から補助金がもらえる。雛の生活が教会内で済めば助成金は丸儲けだろ?」

「どいつもこいつもそうなの? もう補助金制度やめりゃいいのに」


 活動は善行に見えるが愛情で腹は膨れない。楽して金が手に入るなら欲しいと思うのは当然といえば当然だ。

 目の前の神官は人の良さそうな顔をしているが何を考えているかわからない。


「教会はすぐそこにあります。神子様にはご不便無くお過ごしいただけるかと思います。教会には有翼人も多くおりますよ。如何でしょうか」

「いい。こいつは神の子じゃないし宗教に入るつもりも無い」

「いえいえ、ただお休み頂きたいだけ。特に何をして頂きたいというわけでは御座いませんよ。宿泊費も馬鹿にならないでしょう」


 神官はにこにこと穏やかな微笑みを浮かべた。胡散臭いような事もなく、やたらと拝み倒すこともない。

 心底善意で心配してくれているように見えるから恐ろしい。


「どうしようか。危ない場所じゃないなら二、三日泊めてもらうのは悪くないと思うよ。あの客桟、明日は金一とか言い出すだろうし」

「まあそうだな……」


 哉珂はちらりと雛を見てからじっと神官を睨みつけ、はあ、とため息を吐いた。


「分かった。宿が見つかるまで寝泊まりだけさせてくれ」

「はい! ああ、よかった。神子様であってもなくても幼子に無理をさせるものではありません。さあどうぞ」


 ぱあっと神官は嬉しそうに微笑んでぺこぺこと頭を下げてくる。

 礼を言うのはこちらだというのに、どこまでもお人よしに見えた。優し気な雰囲気に威龍はほっと一息吐いたが、哉珂にこんっと頭を小突かれる。


「信用すんなよ。腕の良い詐欺師ほど優しいんだ」

「分かってる。場所を借りる以上のことはしないよ。何かあっても雛を掴んで飛べばいい」


 こういう時は鳥獣人であることに感謝する。たとえ人間でも飛行は叶わない。空に出てしまえば威龍に負けはない。

 威龍はいつでもすぐに雛を掴んで飛べるように靴を脱いで裸足になった。

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