蘇生魔法はいのちがけ!

渡貫とゐち

賢者様の蘇生魔法(肉体言語)


「――賢者様っ、お助けください!!」


 慌ただしく教会の戸を開けたのは、若い女性だった。

 彼女は同年代の青年を両手で抱えており……彼はぐったりとして生気がなかった。

 服に付着している血も既に渇いており、死後、一時間以上は経っているのではないか……。


「……その方は?」


「幼馴染なんです……――蘇生してくれませんか!? お礼はいくらでも……っ、大切な親友なんです……だからッッ」


 全身を白色で統一した高身長の女性である――賢者様。この教会の主だ。

 彼女は下ろしていた金髪を後ろで纏め、「……分かりました。蘇生魔法でこの方を呼び戻してみます」――ふん、と鼻から空気を吐き出して、気合を入れた。


 ……蘇生魔法とは。

 そこまで気合を入れなければできないことなのだろうか?


「(魔法のことはよく分からないけど……

 賢者様からすればやっぱりしんどいのかな……?)」


 手をかざして祝詞を繋げば結果が出てくる簡単な作業に見えてしまうが、魔法ひとつ使うにも代償があるだろうし、そうでなければ逆に怖い。

 目に見えないが少しずつなにかを奪われていたとしたら……、想像だが、魔法という便利な力の代償としては納得できるものだ。魔法というか……それではもう呪いである。


 教会にあった棺(……不謹慎? だけど今の彼は死体であるため、最も適した入れ物であるとも言えた)に彼を収め、場を整える。

 環境は作業に影響しないのだが、安定した場所であり、死体を尊重する置き方と言えばこれしかなかった。彼女も、提案した時に不満もなかった……、彼女からすれば冷たい床に置くよりはマシと思っているだけかもしれない。


「では……いってきますね」


「いってらっしゃいませ…………え、いってきます?」



 賢者様が、死体の彼の額に触れた。細いその指が触れた瞬間――、賢者様の意識がなくなり……ぐったり、と頭を落とした。横に倒れそうになる彼女を支えて――「え?」


 賢者様の頬に触れてしまった女性は、戸惑った。……だって、段々と、体温が失われていっている……まるで死体のように……。

 幼馴染をここまで連れてきたのだから体が覚えている。賢者様の体温の失い方は…………このままだと帰らぬ人になり…………


「賢者様!?」




 …………。


 賢者は白い世界にいた。


 壁もない。天井もなく――広がるだけ広がって、果てがあるのかどうか……。


 今、立っている場所も中心なのか端なのかも分からない。踵を返したところで元の世界に戻れるわけではないのだ。彼女がするべきことは、遥か向こうに見えているひとりの青年の背中を追いかけること――――


「そこのあなた、待ちなさい!!」


 ゆっくりと、しかし力強く一歩一歩を踏みしめながら歩く青年に追いつき、肩を叩く。

 元の世界では棺に収まっていた彼が、肩に乗った手を反射的に掴んだ――「ちょっ!?」


 一瞬で。……放物線を描くように、賢者が地面に叩きつけられた。衝撃で体内の空気を全て吐き出したが、この世界では体の損傷はない。

 元の世界に戻ってから全て肉体に戻ってくることもなく……ただ、今、痛みだけはしっかりと感じるだけだ。


「い、っ、たぁ……っ」


 さらに、――ぐぅんっっ、と、今度は真横に思い切り投げられた。

 勢いは止まらず、あっという間に青年の背中が米粒ほどまで小さくなる。何度も地面にバウンドした賢者は、両足と両手の指の力でなんとか後退する勢いを止め……――見えた。

 足下に。


「……もしかして……ここが……?」


 赤い線がある。

 彼の進行方向とは真逆の位置に記された赤い線。ここが生死の境と呼ばれる線だ。

 彼の向きをくるんと半回転させたところで、赤い線は彼の背中の方向へ移動する。

 ショートカットは認められない。……これが蘇生魔法の仕組みだった。


 つまり。


 死へ向かう彼をこの赤い線まで連れてくれば蘇生が完了する。

 ……ただし、死へ向かう彼は抵抗する。邪魔をする賢者を敵とみなし、青年の進行方向の遥か先にある同じく赤い線まで――引っ張る。彼にその気があればだが……。


 これは綱引きのようなものだ。お互いに後方にある赤い線まで相手を引っ張れば、賢者は彼を蘇生させることができ、彼は賢者を道連れにできる。

 勝者はひとり――――

 ふたりとも生きるか、ふたりとも死ぬか、ふたつにひとつだ。


「今はまだ遊ばれてるだけね……でも、彼が本気になれば、私を赤い線まで連れていくのは簡単でしょう……。できるだけ、かける時間は最小限に――」


 相手をその気にさせてはならない。

 油断している今しか、彼を引っ張ることができる機会はない。


 ――賢者が飛ぶ。

 ここは生と死を分ける精神世界。現実世界でできないことでもこの世界であればできる――心が折れなければ、どんな戦いも実現できるのだ。


 その分、際限なく規模が大きくなってしまうので気をつけなければならないが……。

 刺激を与えれば死地へ向かう相手も呼応してしまう。

 賢者の高さに合わせて彼も高くなる――その性質は絶対に上下関係を作らない。


 この世界で許されるのは進退のみだ。



「あなたが向かう先は――こっちでしょう!!」


 彼の首根っこを掴んで後方へ投げ飛ばす。

 まだ完全に起動していない彼なら、このまま赤い線まで――「うっ」


 空中に壁があるかのように、ぴたりと止まった彼が屈んで――飛び出す。

 真っ直ぐ、槍のような姿勢の彼の脳天が、賢者のみぞおちに突き刺さった。


「ぐっ!?」


 ふ、と息を吐くと同時に賢者の体が死へ向かう赤い線へ近づいていく。

 早く勢いを止めないとこのまま――……だが、追撃がくる。


 青年の蹴りが、賢者の顔面に迫る。


 咄嗟に屈んだ賢者が前転、彼の股下を通り抜ける。すると軸足を地面に突き刺し半回転した青年の回し蹴りが賢者を追撃するが、彼女が彼の踵を両腕で受け止めた。掴んでしまえばこっちのものだ。――遠投。今度こそ、体勢を立て直す暇を与えない。


 息も吸わせない猛攻。ダメージは最小限でいい……、ただひたすら相手に考える隙を与えないようにする――意識を逸らすだけで充分だ。


 数メートルの後退を積み重ねていけばいずれ赤い線に辿り着く――。

 派手な攻撃は必要ないのだ。

 堅実に、小さな結果を積み重ねていく。

 そうして賢者は多くの死者を蘇生させてきた実績があるのだから――――



「あなたにはッ、幼馴染がいるでしょう!?」


 青年の動きが鈍くなった。

 ……生前の穴を突くこともまた、戦略のひとつだ。


「あの子を悲しませることがあなたのしたいことだったのかしら!?」

「……ぁが、う」


「聞こえないわ!!」

「ち――――が、ぅ…………違う!! 俺は――」



「戻りなさい」



 彼の踵が、赤い線を踏んでいた。

 賢者が彼の肩を軽く押した。

 弱い力だったけど……それで充分だった。


 彼の両足が、線の向こう側へ。



「戻ってあの子に謝りなさい。

 そしてまた、ふたりでやり直せばいいのだから――」




 ――――。


「ありがとうございました、賢者様!」


 青年は生き返った。


 生と死の世界での死闘を、彼は覚えていないようだった。


 当然ながら痛みもなく、精神的な疲労はあるものの、体が反応することはない……。賢者は少し眠いくらいの感覚だった。

 ……蘇生魔法……簡単にやっているように見えても、実際は(とは言え肉体的にはなんの影響もないのだが)肉体労働以上にしんどいものだ。


 体は万全だが、それでも一息つきたい賢者が椅子に腰かけたところで、再び戸が開いた。


 ……まさか。



「賢者様! お願いです、娘を……お助けください!!」



 人の死が関わっているとなれば、後回しにはできない案件だった。


 賢者は、父親に見えないように、ふぅ、と深く息を吐いてから――――



「分かりました。私にお任せください」



 ……笑顔で答える。

 賢者は、弱音を吐けなかった。


 ――蘇生魔法。


 助ける側も、いのちがけだ。



 …了

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