第10話 異世界拉致(されてます)中
混じりけのない白一色の髪を高く結った威厳のある老婦人と、その背後に控えるお付きの人達だろう、やはりある程度年配のご婦人達が俺の目に映る。
彼女たちの後ろには、ヨーロッパの森の中にでもありそうな古い貴族の屋敷といった小さな古城が建っていた。
古城の背後は聳え立つ崖だ。
うっそうとした木々といい確かにここは山間の小さな神殿と称して間違いない場所だった。
「はじめてお目にかかります。ユウさま。この国の前王妃ユイフィニア・ロダ・ミアンと申します。我が民がお世話になっております」
背筋のスッと伸びた女性が俺に向かって優雅な礼をする姿は、見惚れるような気品がある。
頭を下げられた俺と、エイベット卿やコヴィをはじめとする騎士達、ティツァまでもがびっくりして目を見開いた。
王太后程の地位のある人がなんで俺なんかに頭を下げるんだ?
「流石おばばさまだな。ユウのことを知っておられたか」
アディが嬉しそうに笑う。
「『神の賜いし御力』のお導きでお前達はユウさまと出会えたのです。私にわからぬはずがないでしょう?」
そう言えば、王太后さまはリーファよりも力の強い巫女なのだという話だった。
アディが現代日本のネットにアクセスできたのは、『神の賜いし御力』のおかげかもしれないが、俺はそれにたまたま答えただけの一般人。
俺と『神の賜いし御力』とかは何の関係もありはしない。
変な誤解は早めに解いておいた方が良いだろうと、俺は慌てて口を開く。
「俺は大したことは何もしていませんから。……あ、はじめまして。ユウ サカガミといいます。アディやリーファさんには仲良くしてもらっています」
俺が「リーファさん」と言った途端、リーファの瞳が悲しそうに曇る。
だって仕方がないじゃないか。俺だって若い男なんだ。
どこの誰ともわからない胡散臭い男が、アディはともかく
美しい青い瞳が、俺を満足そうに見る。
どうやら俺の第一印象は王太后さまのお気に召していただけたようだった。
「お疲れでしょう。どうぞ入ってお休みください。――――アディ、リーファ、エイベット、あなた達は他の方達と一緒に神殿で
そう言うと王太后さまは、俺だけを連れて屋内に入ろうとした。
エイベット卿が慌てたように声を上げる。
「なっ!? ――――お待ちください。そいつ、っと、ユウさまは、禊は?」
禊って、お祭りの前に身を清めるために冷たい水を浴びたりするあれのことだよな?
王太后さまの住んでいるここって小さな神殿って聞いたけど、そんな入る前に禊がいるような神聖な場所なのか?
「ユウさまは異世界人です。禊をしていただくのは違うでしょう」
王太后さまは、エイベット卿の申し立てをばっさり切り捨てる。
そして、さっさと俺を中へと招こうとした。
王太后さま付きのキリッとしたおばちゃん達が、丁寧な所作ながらぐずぐずするなと言わんばかりに俺を追い立てる。
流石のアディもびっくりしてポカンと俺を見送っていた。
「護衛を――――」
俺に付いて来ようとしたコヴィが、おばちゃん達に「禊をして来なさい!」と追い払われる。
(……ひょっとして、俺って拉致られてる?)
そんな疑問が浮かんだのは、俺が屋内の奥まった一室に連れ込まれた後の事だった。
小さめな城のはずなのに何故かバカみたいに広く見えるその部屋に、王太后さまは真っ直ぐ入って行く。
自然に俺も続いて入って、その俺の後ろで重厚なドアがバタンと閉められた。
俺は思わず立ち止まる。
天井が高いし、壁が遠い。
(構造的におかしくないか?)
この城の外見でこの部屋は有り得ないだろう。
そう言えばこの城の背後が高い崖だった事を思い出す。
(まさか、この部屋は崖の中なのか?)
それが一番しっくりくる答えのような気がした。
間違ってもこの部屋が『神の賜いし御力』とやらのおかげで有り得ない空間を保っている……なんていうオカルト現象はごめんこうむりたい。
「ユウさま、こちらへ」
声がビクつくくらい大きく響いた。
広々とした部屋に俺と王太后さまの二人きりである。
「あっ!?」
と思ったら……違った。
王太后さまの向かった部屋の奥に小さな影がある。
本当に小さいそれが、人の座った姿だということが、近づいて見てはじめてわかった。
しかも、その人には丸くて小さな耳とふさふさの尻尾が付いている。
(獣人!?)
なんでこんなところに? と思うより何より、ちんまりと座るその姿から目を離せない。
マントのフードを背中に降ろし、俺を見上げる顔には深いしわが刻まれている。
かなりの年齢を思わせる獣人女性だ。
大バ○さま、キター!
大バ○さま……もとい、年老いた獣人女性の瞳がひたと俺に向けられる。
その目は白く濁っていて焦点は結ばれず、目が見えていないだろう事は一目瞭然だった。
「彼女の足は既に動きません。座ったままでお目通りいたしますこと、お許しください」
何故か王太后さまが俺に謝ってくる。
「あ、いや、そんな――――」
許すとかそんな立場じゃないですと言おうとした俺の前で、王太后さまが跪く。
そのまま人と獣人、2人の老婦人が深々と頭を下げた。
「あなた様のおこしをお待ちしておりました――――救世主さま」
「はっ?!」
まさかの誤解が、こんなところまで!
ティツァ、お前否定してくれたんじゃなかったのかっ!!
俺はワタワタと両手を振りまわす。
「ち、違います! 俺は救世主なんてもんじゃありません」
なのに二人の老婦人は頭を上げようともしない。
「本当に違いますから! 俺はただの一般人なんです」
泣きたくなってくる。
よく見てくれよ!
俺のどこに救世主なんて威厳があるっていうんだ?
「か、顔を上げてくださいっ!」
俺の懇願にようやく二人は顔を上げた。
「俺は救世主ではありません」
繰り返す主張にも、王太后さまは静かに首を左右に振る。
「ユウさま。あなたは我らの救世主です」
どうして、そんな誤解をしているんだぁ~!
「俺はただの人間です。なんの力も持っていないんです。世界を救うなんてムリです!」
「世界を救えるのは力の有る者だけとは限りません。英雄や勇者と呼ばれる者も元をただせばごく普通の男や女達でした」
それはそうかもしれないけれど、でも、ともかく、俺はそんな奴じゃない。
俺は情けなくも、フルフルと首を横に振りながら後退った。
「――――
突然大バ○さまじゃなくて、獣人のおばあちゃん(いいよな、もうこの呼び方で)が、声を発する。
見かけに相応しいガラガラ声だ。
逃げられぬって、そんな呪いみたいな宣言止めてくれ!
ビクッと震えた俺を、見えぬ瞳が射抜く。
「救世主さま。あなたは好むと好まざるとにかかわらず、この世界を救う。それが『神』のご意志じゃ」
この世界の『神』は、無形無象の実体のないものじゃなかったのか?
そんなものに意志があるなんて反則だろう。
「ムリ、ムリ、絶対ムリです」
「彼女の予言が外れたことはありません」
全力で拒否っているのに、王太后さまが止めを刺そうとしてくる。
なおも否定しようとした俺は、ある事に気づいて「え?」と固まった。
「……言葉が通じている?」
俺は異世界トリップチートで人間の言葉も獣人の言葉もわかる。
だが人間と獣人は互いに言葉が通じず、簡単な単語程度しかわからぬはずだった。
何より人間は獣人が言語を操ると思っていない。
それがこの世界の常識のはずだ。
でも、今の王太后さまの言葉は、どこからどう聞いても獣人のおばあちゃんの言葉を理解しているように聞こえた。
「言葉がわかるんですか?」
俺の問いに、王太后さまもおばあちゃんも両方が頷く。
「我らは、人と獣人それぞれの種族の巫女です。我らには『神の賜いし御力』がありますから」
それでかと納得すると同時に、俺の中にモヤモヤとした感情が生まれた。
という事は――――
「王太后さまは、獣人が人間と変わらぬ知恵と知識、文化を持つ存在だとわかっていたって事ですよね?」
言葉が通じ会話が成り立っているって事は、そういう事だ。
「……なのに、何故獣人を人間の奴隷のままにしておいたんですか!?」
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