第6話

「なんだ結局、益川の席を上手い事せしめたのか」


 健治は笑いながらタンを頬張る。

 俺は仕事がひと段落したからと、早紀を外食に連れ出すのを兼ねて、かねてよりの約束だった脇坂家へのお礼の席を設けていた。あの後、健治と千里さんには謝られもしたが、実際、健治の助言が無ければ俺は自分の心の中のモヤモヤの原因にさえ辿り着けなかった。ショックではあったが、あれは早紀との再構築のために通らなければならなかった道だと今では思っている。


「せしめたとか言うな。あいつのお陰みたいじゃないか」

「そうだな。ま、せいぜい利用してやったと思う方が心穏やかだ」

「やめなさいよ、そんなオヤジのこと思い出したくもないわ。忘れましょ」


「で、それはいいんだが本当に焼き肉なんかでよかったのか? 大学生じゃあるまいし」


 なあ?――と早紀に振る。


「私は楽しいよ? コンパとか怖くて行ったことなかったし、こういうの好き。あ、でもここのグレープフルーツジュースは甘いからもうちょっとだよね」

「ふふっ、早紀がいいならいいよねー」

「いやお前、ここのタン、有名牛で新鮮だから滅茶苦茶甘いぞ。店の目玉で結構いい値段もするし、一度食ったら他所の店のはとてもじゃないが食えないぞ」

「うっわ、マジか。えっ、お前こんな高いのをさっきからバクバク食ってたの!?」


 メニューの値段を見て今更ながら驚く。


「当たり前だろ! 俺は遠慮なく好きなものを好きなだけ食う。奢りならなおさら!」

「クッソ、俺も食うわ。お姉さん、この特製黒毛和牛のタン五皿追加ね!――早紀も食え」

「うん、わかったー」


 ふふっ――と千里さんが笑う。


「早紀も元気になってよかったね」

「ユウくんが元気なら私も元気だよ」

「あっ、そう言えば勇一朗お前、前に見かけたときもそうだったが、仕事に追われてた割には元気だったよな? もっとやつれてるかと思ったぞ」


 健治が軽く火を通しただけのタンを次々攫っていく。


「お前、ちょっと千里さんや早紀に回せ! 網の中心から十字に割って、この四半分がお前のだからな!――まあその、なんだ……そこは早紀のお陰が大きい」

「お前、相変わらずクソが付くほど融通が利かないな!――なんだ、夜の方は大丈夫だったのか?」


「まあ、そっちは何とかな」

「なんだ、本当に夜の方で癒されてたのか」


 えっ――と視線を上げ、さらに早紀を見ると顔を真っ赤にしていた。


「あー、暑いなここ。ちょっとお手洗い……」

「ふふっ、じゃあ私もー」


 そう言って早紀と千里さんは席を立つ。


「相変わらず早紀ちゃんは初心でいいよな」

「そうだな…………だから半年前にあの事を知ったとき、俺では満足できていないのかと勘違いしたよ」


「なに? オヤジ相手になら乱れてたとか思ったのか?」

「まあ、正直な。思わなくはなかった。けど、早紀本人はずっとあんなだったと言ったし、俺もそう信じてる」


「安心しろ、早紀ちゃんはそんな駆け引きなんてできないと思うぞ。正しいかどうかはともかく、真っ直ぐでしか生きられない子だ」

「そうだな……」


「それで? そんな初心な早紀ちゃんに、どうやって毎日満足するほど癒して貰ったんだ?」

「いや、それ聞かないだろ普通」


「いいじゃねーの、女子二人は席を外してるんだし。学生のノリよ。お前、昔はそう言う話題についてこられなかったろ」

「いいけど詳しく話すつもりはないぞ? 早紀の名誉のためだ」


「いいからさっさと話せ。二人とも戻って来ちまう」

「その、なんだ、俺の何がいけなかったのかと考えたんだ、早紀が出ていってから。考えた結論が、俺は早紀に甘えていたんだということだ。どこにもぶつけられない憤りをぶつけて、泣き言を言いたかった」


「お前は相変わらず頭が固いなー」

「ぐっ……早紀にも言われた……。そうしたら早紀は甘えていいと言ってくれたんだ。夫婦なんだから、いくらでも泣き言を言ってくれていいと言ったんだよ……」


「それで? 甘やかしてもらったのか、夜に」

「うっ…………」


「なんだなんだ? 赤ちゃんプレイでもさせてもらったのか?」

「なんだそれは!?」


 うはは――と笑う健治が、意味の分からない事を言う。


「何だ、知らないのか? お前が赤ん坊のフリでもして、こうやって早紀ちゃんのおっぱいを吸わせてもらってたんじゃないのか? こう、ちゅぅうっと」

「バッ、バカを言うな!」


「早紀ちゃんのおっぱいのサイズならあれだな、膝枕しながらでも届くんじゃ――」

「おっ、おいっ……」

「ドアホかーい!!」


 パシーン!――と健治の頭がはたかれ、髪の毛を引っ掴まれて、千里さんの説教が始まった。千里さんは年下なのだが、気が強くて怒ると地が出るし、健治は大学の頃から尻に敷かれていたらしくてそれは今も変わらない。


「おかえり。ほら、食べよう」

「うん、ありがとね、ユウくん」


 ただ、席に着かず、もじもじとしていた早紀の顔を覗き見ると――。


「――あのね、千里のところもそろそろいいかなって話なんだって」

「そうか。じゃあ、どっちが先にできるか競争だな」


 うふふふっ――と笑う早紀。早紀には本当に感謝している。



 あの日、家に帰った俺たちはお互いの想いを伝え合った。どちらも頭が固く、融通が利かなかったことを悔やんだ。自分の要求を抑えて、相手のことを配慮してばかりというのも夫婦にはあまり宜しくない。自分の要求はちゃんと伝えて、時には甘えるのもいい――そう、考えられるようになった。


 結局分かったことは、今まで幼いように見られるかと思って言えなかったが、俺は思った以上に早紀の胸が好きだったし、早紀は早紀で何なら胸だけで達することができるくらいには弱点だった。本人も、触って欲しいけれど言い出せなかったらしい。


 今では二人きりの時は遠慮なく俺も触れるし、早紀も拒絶しない。ただ、何故か片手で両方の先端に橋を渡すように同時に触れると、服の上からでも屈みこんでしまうような反応を示すのは不思議だった。



「どうしたの? ユウくん」

「ん? いや、不思議だなと思って、その――」


「なぁに?」

「両手と片手で何がそんなに違うんだろうなと思ってね」


 えっ――と俺の視線の先と手の動きを見た早紀。みるみるうちに顔が真っ赤になる。

 早紀がきょろきょろと周りを見回すと、千里さんが拳を握りしめて突き上げるよなジェスチャーを早紀へと送る。すると早紀は――。


「もおっ、こんなところで! めっ、だよ!」


 俺は妻のあまりの可愛らしさにノックダウンさせられたのだった。



『私の何がいけなかったのか』 完







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 ほらまたこんなオチだった!



 本作、最後までお読みいただき誠にありがとうございます!

 また、本当にたくさんのコメントと応援、フォロー、評価をいただきありがとうございます。こんな短い話にありがたい限りです。内容的に、刺さる方と刺さらない方がいらっしゃるかと思います。導入がピークで後は割とマイルドな展開かと思います……思いますよね!?



 こちらの物語は、昔、投稿サイトでちょこっと書き込まれた話が導入部分の元ネタとなっております。内容は、奥さんが旦那さんに昔付き合ってた相手――旦那の上司――の話をなんとなくしたら、トイレに駆け込んでゲロ吐いたみたいなやつです。


 内容はちゃんと覚えてませんが、投稿者が無神経と言うか、旦那の気持ちを全く理解してなかったような印象があります。その辺は頑張って、できるだけ早紀に反映させてみました。それっぽく見えていれば幸いです。


 そしてこの話、私はモヤモヤが残ってずっと気になっていました。それをスッキリさせたくて書いた物語です。こういう話、(益川みたいなイカレた性癖かはともかく)普通にあるんじゃないかと思いますが、どうやって折り合いをつけるかは人それぞれですよね。恋人が付き合っていた相手と言うのは、気にする人としない人、頭ではわかっているのに勇一朗のように拒絶してしまう人もいると思います。まあ、今回は自分のために書いてますので、私がスッキリすればokなのですが。



 益川については最初は普通のおじさんでしたが、なんかここ最近、急にクソみたいな悪人を書くのに挑戦してみたくなって設定変更しました。海部さんもその流れでの追加です。これまでに書いた悪人は、『寝取られには巨乳がよい』の叔父とか『恋離』の辻村とか『僕の彼女は押しに弱い』の雑魚間男とか居ましたけど、叔父以外はほぼキャラもろくに立ててない&喋らないモブでした。ちなみにいちばん詳しく描いた叔父はリアルな知り合いを参考に書いていますw


 益川の奥さんについては本人もそこそこ資産があり、益川とは情熱的な恋愛で結婚したっぽいのですが、奥さんの独占欲があまりに強かったため、益川の行動もストレス故かもしれませんね、クズですけど。当然、益川は妻の実家には恐れ多くて頭も上がりません。


 海部さんに何があったのか、気になる読者さんもいらっしゃるみたいですので簡単に説明すると(話で追加すると胸糞でしかないので)、要は勇一朗と早紀のバッドエンド版みたいなものですね。ただ、勇一朗と違ったのは本当に優秀だった点で、益川の当時の地位も脅かしそうだったのが異なります。自分のかつての火遊びが思わぬ結果――優秀な海部でもこの程度のことで自暴自棄になって事故死した――を招いたという快感が忘れられず、第二の海部を待っていたわけです。異常性癖者ですね。



 ちなみに本作については、ぱぴっぷさんがNTR復縁モノを投稿されていたので、刺激を受けて応援ついでに何か投稿してやろうと企んだのが始まりです。NTR要素のある復縁モノとしてはかなり軽めの話ですが、自分としてはこの導入がいちばん気になってたので選択しました。


 ぱぴっぷさん所は、NTR復縁モノ好きの同士の@kkmm798さんが紹介してくださったのですが、なんかコメント欄とかで勝手に馴れ馴れしくさせていただいておりますw そんな中で、せっかくですのでNTR復縁モノを盛り上げていきたいなと投稿させていただきました。なおこの後は、久保良文さんとか亖緒さんとかが続いてくれるんじゃないかなと勝手に期待しておりますw



 NTR復縁モノについては、自分なりに復縁ギミックを色々考えることはあるのですが、やっぱり心情面と肉体面(肉欲面)の両方のカタルシスを設けるのがベストかなと思っております。


 心情面での折り合いをつけるのは物語の上で必須と言えば必須ではありますね。それぞれの葛藤、そして納得のいく着地点をそれぞれに、あるいは二人で協力して探る――というのは、どういう形であれ読んでいて面白いですし、二人がちゃんと決めたことなら(たとえ別れるにしても)読んでいて納得できる気がします。


 肉体面のカタルシスは一般の投稿サイトでは軽視されがちかなと思います(R18投稿サイトでは普通にありそうというかありますけどね。よく好意的なコメントくださる味噌ニコフさんの作品とか)。特に、R15表現で寝取られを煽ったなら、ぜひにこそR15でカタルシスを設けて、十二分にモヤモヤを解放して頂きたいなと思っております。え? だって、間男とのイチャイチャだけで終わるとか投げっぱなしの寝取られ同人じゃないんですから、やはり復縁モノというのは、寝取られる前よりも愛情が強くなる部分を描いて欲しいと思いませんか?


 ちなみに今回は、R15での寝取られ表現はありませんでしたのでライト目のイチャラブオチにしてあります。



 あ、早紀が二人と付き合ってるのに開発されてなさすぎじゃない?――って疑問ですが、一人目は50代後半とかのオッサンですからさすがに性欲も少しは減退してそう(?)ですし、もう何人目かわからないのでたまには初心な子のままでも……と思ったかもしれません。


 勇一朗についてはここまで童貞貫いてきたクソ真面目ですし可能性あるかも。あと、夫婦になると建設的な意見交換でもする間柄でもない限りは割とワンパターンになったりすることもある上、少々不満があっても意外とパターンを変えなかったりもするんですよね。普段からそう言う会話しないような人ならなおさらですし。それで夫婦間の倦怠に陥って浮気する人すら居ますから、彼らはちゃんと話し合うようになって良かったのだと思います。



 実時間で四日、うち一日は寝ていて何もせず、二日は半端にしか使ってませんので実質二日かからないくらいで書いたお話でしたが、共感頂ける方が一人でもいらっしゃるなら自給自足民にとってこれほど嬉しいことはありません。コメント大歓迎ですので、足跡残して言ってくださると嬉しいです。


 本作、巡り合っていただきありがとうございました!

 皆様のweb小説ライフに幸あらんことを!



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