あの人に会えた奇跡

フィステリアタナカ

あの人に会えた奇跡

 この会社に入って八年。俺は癒しを求めていた。


 朝の満員電車。会社に行けば残業ばかりで、日に日に精神が磨り減っていくのがわかった。列車の中「こんな時に癒してくれる人がいたのならな」と小学生の頃好きだった人のことを思い出していた。


 小学四年生の頃。彼女と同じクラスになり、一緒によく遊んだ。グラウンドに線を引きドッジボールをしたり、馬飛びをしたり、どちらが勝てるか競争したな、確か。 その時間はとても楽しい時間だった。あの頃の俺は未来に何を描いていたのだろう。もっと彼女と一緒に居たい、彼女と付き合ってみたい。彼女と同じ中学に進学できると思っていたが、彼女が引っ越してしまい、告白することができなかった。


 ◆


「先方との企画どうなっているんだ!」


 不条理に上司に怒鳴られる。一度では無い、何度も何度も。自分にできることをやり続けたが、成果をなかなか認めてくれない。この仕事をやることに本当に意味があるのか? プライベートの時間は無く、出会いも無い。一時間前に出社し仕事をしていたが、心が死にやる気が出ず、その日はその場で切り上げてアパートへ帰ることにした。

 アパートに戻ると見慣れた空間。部屋にあるベッドを見る。壁を見る。ここにいても何も変わらない。ここに居たくないと、その思いにかられ、俺は故郷へと向かった。


 きっと列車から眺める風景は曇った心とは反対に、桜が綺麗に映るあざやかな風景なのだろう。

 駅に向かう途中、「あの人と過ごした時間。当時の俺はどんな気持ちでいたのだろうか。彼女は今何をしているのだろうか」そんなことを思い浮かべながら、あの頃の気持ちを確かめるべく母校である小学校へ行くことを決めた。


 あの子のことが本当に好きだった。いじめを受けた時、天使のような笑顔で手を差し伸べてくれた。給食をやられた時には、パンを分けてくれた。その代わりに彼女が泣いていた時には俺は彼女の傍にずっといた。彼女に服を掴まれたな。


 卒業前に埋めたタイムカプセルやアルバムに書いてもらった寄せ書き「どんなことを書いていたのか」それを見れば、あの頃の記憶が色鮮いろあざやかによみがえるはず。そう、少しだけ心が楽になるだろう。


 故郷へ向かうため列車に乗るが、数分後列車が止まる。車掌のアナウンスや周囲の話し声から「人身事故が起こったのか」と推察できた。


「ああ、そうか」


 楽になれる方法があったな。天高く空へ向かえば、きっと温かく迎えられるだろう。

 すべてを放り投げ、今までの生活を否定する。「それも悪くないな」そんなことを思っていた。


 車掌のアナウンスを聞き、その場に留まるのか判断した。俺は動かない列車から降りて、次の駅まで歩いていく。「何でこうなる、これも人生なのか」目の前には盲導犬と杖をついた男性がいた。


 何となく彼に話しかける。


「春が訪れたのに、その景色は見えないんだよ」


 暖かい日差しの中、彼は言う。その言葉が印象的だった。


 心は磨り減り、この世が暗く見えた俺。俺と違って彼は光を見ようとしている。何をしているんだ俺は。もっと前を向いて、歩けるだろう。暖かい日差しの中、また天を見上げ、ここにいることを感謝した。


 次の駅に着き、彼と別れる。代行列車に乗りかえ、俺は再び故郷へと向かう。彼との出会い。彼の前向きな姿勢。少しだけ心が安らいでいることがわかった。


 列車に乗ること数時間。俺は故郷の町に入る。実家の最寄りの駅に着き、小学校までタクシーで移動しようとしたが、タクシーは無かった。これも人生か。

 気を取り直して、上着を脱いで手に持ち、小学校へ向かって歩いていく。

 暑い。汗を拭うハンカチは無く、ワイシャツで額を拭いた。生温い風が通り抜け、車が通り過ぎる。

 歩くこと一時間。ようやく母校である小学校に着く。グラウンドを眺め、あの頃を思い出し、帰ってきたなと実感した。


(確か、あの桜だな)


 敷地内を歩き、プールサイドにある何本かの桜の木を見つける。桜の花びらが舞う中、その木々のもとへ。見上げてみれば、光と綺麗に咲いていた桜が入り交じる光景がそこにあった。


(探すか)


 タイムカプセルを見つけるべく、百葉箱近くの倉庫から、シャベルを拝借する。桜の木に戻り、考古学者が化石を見つけるように、俺は土を掘り返す。


 結構な重労働だ。本当に見つかるのか? 数十分後運よくタイムカプセルを掘り当て、タイムカプセルの中を見てみる。たくさんの紙があり、「これはクラスメイトだけじゃないな、学年全体だな」と、また骨の折れる作業だが、その中から当時の俺が書いたものを探す。


 無い。ウソだろ。


 必死に探していると、あの子の書いた紙が出てきた。その文字を見て、俺の心は温かくなった。


「そうか。彼女は俺を好きでいてくれたのか。俺のお嫁さんになっていますか? って、告白すればよかったな」


 そんなことを思いつつ振り返ると、同じ年くらいの女性がいた。そして彼女は俺に言う。


「あれ? 私のこと覚えている? お久しぶり」

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