第2話



 マグラドール学園の敷地は王都の中心部に位置し、実際に古城を改築した建物を校舎として扱っている。


 今の王朝が成立した際、過去の城から新しく建てた城に移り住むことを王が決定した。古城は取り壊される予定となったのだが、そこに待ったをかけたのが初代マグラドール学園長。創立する学園の敷地に使わせて欲しいと王へ直々に頼み込んだ。


 初代学園長は魔法士として名高く、加えて王には断りきれない恩が彼にあった。そこで権威の象徴となる元王宮だけ取り壊し、それ以外の離宮などの建物を使うという結論に至った。


 元王城というだけあって敷地内は広く、建物は大きい。兵士の訓練に使用していた修練場や、魔法士が研究を行うのに申し分ない設備も揃っている。




 そんな研究室が集まる魔学塔に、アザミとミリエスタの二人が訪れていた。


 円柱の形をした魔学塔は、中身に螺旋階段の円柱空間が存在する二重構造となっており、その外側に幾つもの部屋が作られている。部屋は上の階になるほど設備のグレードがアップし、簡単な話、優秀な者ほど上の階の部屋を使えていた。


 ミリエスタに当てがわれた部屋は塔の上部に位置し、それはミリエスタの研究が高く評価されていることを意味する。そんな研究室にアザミは招かれ、ミリエスタに座るよう指示された。


「キミはその椅子に座って待ってて。ボクは諸々の準備をしてくる」


「分かった」


「……念の為に言っておくけど、下着とか探さないでよ」


「探さねぇよ!?」


「どーだか。でも変なことしないようにね……ネロの体なんだから」


「……重々承知してる」


 苦々しげに呟いたアザミに満足したのか、ミリエスタは奥の部屋へと姿を消した。アザミは言われた通り椅子に座り、所在なさげに辺りを見渡す。


 ミリエスタの研究室は、一言で表せば『雑多』だ。


 あちこちに植物の切れ端や動物の謎の皮が散在している。魔法織が描かれた魔符も、棚に保管されず机の上に大量に置かれていた。魔導書も同様、本棚はスカスカで肝心の魔導書は各所に落ちていた。


 足の踏む場所を探すほどではないが、決して整えられているとは言えない。『TOS』の記述通り、片付けや掃除を面倒くさがって中々しないミリエスタの性格がよく表された部屋だ。


 でも流石に下着は見つからなかった。ちゃんと探せば発見できるかもしれないが、開拓した形跡を見つけられればアザミの命が危うい。それはネロの身体が傷つけられることを意味し、連鎖的にメアリスが激怒する未来が見えたのでやめておく。


 やっとこの研究室にも慣れてきたので、椅子に背を預けて一息つく。アザミはメアリスが逃げ去った後のことを思い出していた。




 深い絶望と言い表しようのない孤独感に苛まれたアザミよりも早く、ミリエスタは我に返った。


 友達でありながら恋敵でもあったメアリスからの罵倒は相当に効き、暫く茫然自失としていたミリエスタだったが、声がしなくなったことに気付き重々しく立ち上がる。人目につく寮の廊下にずっといるわけにはいかず、自分のように我を失っていたアザミを立ち上がらせ、そのまま魔学塔へ向かう。


 その間、簡単な受け答えを経てアザミと交流した。互いに一言も喋らない緊張した空気のままでは、次の行動に支障が出るからだ。


「……何度も訊くようで悪いんだけど、本当にネロの魂が何処にあるのか知らないんだね?」


「……そうだ。まぁ、そもそもの話、気付いたら俺の意識がネロの体に宿ってたってだけだから他の場合もあるけど。例えば俺とネロが一つの体に同居してたりとか」


「つまりネロの意識が体の中で眠ってるだけの可能性もある、と」


「あぁ。でも確認の方法なんて、」


「ならそれを確かめに行こうか」


「えっ、……いや、そうか。なるほど」


 軽い調子で言ったミリエスタに対しアザミは一度疑ったが、直ぐに納得した。魔法の秀才である彼女ならば可能だろうと。


「魂を観測する魔法はまだ完成されてないけど、人格を観測する魔法なら二時間ちょっとで作れると思うよ」


「その二つはどう違うんだ?」


 読者という視点でしかこの世界の造りを知らないアザミにとって、魂や人格の違いは分からなかった。素朴な疑問だったが、ミリエスタは嫌がることなく教えた。


「魂は深層で魔力を作り、逆に人格は魂の表層にて身体を操作するって感じかな」


 ミリエスタは魔法で指先に小さな蒼い炎を灯しながら説明を続ける。夏とはいえ日が暮れ始めた薄暗闇の中で、その小さな光はよく目立つ。


「魔力に関してはまだまだブラックボックスだけど、その魔力を魂が生成するんだ。だから人じゃない魔物や亞人族だって魔力を体内で生成できる。総じて魂を持っているからね」


 指に灯した炎は宙を自在に動き、雫のような、人魂のような形に変わる。色が蒼であるのも妙な不気味さを感じさせていた。


 その炎が歩くアザミの周りをぐるぐる回り始めた。


「じゃあここで疑問。魂が魔力を作るなら、二重人格の人は常人の倍の量の魔力を作れるのかな?」


 炎はクエスチョンマークに形を変えた。言葉を代わり、アザミが答える。


「……話の流れ的に、等倍だった」


「正解。生成された魔力量は一人の人間と変わらなかった。人格は魔力に関与しない。人格とは深層の魂を覆うようなもの。……これが現代までの魔法士が出した結論さ」


 ミリエスタは炎を消し、再び辺りは暗闇に包まれる。魔学塔までの道の両脇に立てられた街灯を頼りに歩き続ける。


 一度立ち止まってからくるりと振り返ったミリエスタは、はにかんだ笑みを浮かべていた。


「柄にもなく話してしまったね。ネロは聖術士だし……メアリスは純正の剣士だから、あまり魔法のことを話題にしてこなかったんだ。こうして話すのは初めて、で……」


 ミリエスタは何かに気付いた様子で口をつぐんだ。笑顔も消え、暗闇に負けないほど曇った表情を浮かべている。


「……ごめん。キミはネロじゃないのに」


 ネロの姿をしているから、普段通りの扱いをしていた。


 でも、ここにネロはいない。少なくともミリエスタが知っているネロの人格はここに存在しない。


 逆にアザミが作り笑いを浮かべる。


「いや、気にしてないから。ネロの体をして紛らわしいのは事実だし、寧ろ三人の中に割り込んじゃって申し訳ないというか……」


 それに今の謝罪も、アザミに向けたものではなかった。アザミをネロと間違えてしまった、自分自身への謝罪だ。


 だから作り笑いをした。謝罪の思いがまたもや自分に向いていないという事実を受け入れたくなかったから。


 そのことに気づかないミリエスタはホッとした表情で再び魔学塔に向けて歩き出し、アザミもそれに追随する。


 天に手を伸ばすが如くの、魔学塔の姿が段々と見えてきていた。



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