ラストレター

凪村師文 

愛する人へ送る、ラストレター


 



 僕の愛するアイリスへ


 あなたのもとを離れてから、かれこれもう二か月が経つね。


 東西戦争の戦線は、激しい戦闘を繰り返すだけで、いまだ膠着状態だ。


 そして昨日、僕が配属された第44隊は敵軍の要所であるノルソンディーを攻めて、散々に負けたよ。


 あんな戦は初めてだ。突撃を繰り返すたびに、一人、また一人、昨日まで仲良く話していた奴がいなくなっていったんだ。地獄だよ、ここは。


 今、この手紙を書いている僕の周りに生きている44隊の隊員はもう部下のユウリしかいない。隊長も、他の隊員もみんな、無謀な突撃をして死んだ。僕はこの目で、隊長の死に様を見たよ。



 ……だって、僕が隊長を殺したから。彼は、人間じゃなかった。ただの殺戮魔だ。



そして思ったんだ。


「これが戦争だ」


と。


 そして、僕ももうじき遠くへ飛び立つと思う。反逆兵としてさっきまで味方だった奴からたくさん撃たれたよ。右足がもう動かないんだ。左肩も、お腹も痛い。


 ねぇ、アイリス。この手紙を読んでいる君は今、泣いているかな。


 でもね、僕は君に笑っていてほしい。僕が恋したのは、君の笑っている姿だったんだ。


 



 僕は、この手で幾人の人を殺めた。隊長から与えられたこの銃で。


 だから、たとえ無傷でも、もう僕は君の元へは戻れないんだ。


 最初の突撃の時に僕が殺めた敵の兵が言ったんだ。


「助けてくれ……故郷にはまだ小さい子供が……」


って。お腹に僕の撃った銃弾を受けていて、出血もひどい。恐らく長くはもたない状態だった。そして、僕はそれを聞いて思わず、とどめを刺せなかった。でも、近くにいた隊長が、彼の言うことを気にもせずに僕の前で彼の頭を撃ちぬいたんだ。彼の目は、人の目をしていなかったよ。僕は怖かった。これが戦争だって思った。自分がしていることが恐ろしく感じたんだ。


 だから、全部背負って僕は旅立つよ。自分がしたこと全てを背負って。




 ねえ、アイリス。キミのお腹の子は、今どのくらいかな。僕たちの子供、見てみたかったな。


 名前は君が名付けてくれ。


 そして、その子には、たくさんの愛をつぎ込んでほしい。人を愛すること。人に愛されること。誰かを幸せにすること。幸せになるということ。愛しているという言葉の意味を。幸せという言葉の意味を。


 強くて、やさしい子に育ててほしい。


 そして、その子には、僕のような道を歩ませないように、どうか守ってやってくれ。


 アイリス。こんな形でお別れだなんて、なんだか悔しいね。


 ごめん、アイリス。キミを最後まで幸せにしてやれなくて、ごめん。




 前からずっと、これからもずっと、キミのことを……







 







 愛してる





        





   』









 「ユウリ、これをアイリスに渡せ……。俺からの最後の命令だ」


 雪山に、赤い川を作っている男は、近くにいた軽症の男にそう言った。


「……承知いたしました」

「……ユウリ、長らくの仕官、大義であった」

「……副隊長」


 彼が隊長を射殺しても、彼のもとに残ったのはユウリだけだった。


「……ユウリ、頼んだぞ」


 ユウリと呼ばれたその男は、隊長に羽織っていた上着をかけ、おぼつかない足取りでその場を去っていった。


 




 それからしばらくしないうちに、雪山に残る一人の男の温もりが、消えた。

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ラストレター 凪村師文  @Naotaro_1024

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