第4話 滝塚市角端埠頭事件―エピローグ
滝塚市延喜区。シニョン・プレフォールズを見下ろせるビルの屋上。彼は先程までの激闘を余すところなく見届けていた。
「やはり、計画の最大の障害は南方さん。退散の呪文を使用したとはいえ、大いなるクトゥルフと互角に打ち合う力、脅威としか言いようがありませんね」
彼、志村針巻は額の汗を拭う。もし、今の自分が昴と戦うことになれば必ず負ける。彼にそう思わせるほど、今日の戦いぶりは圧巻だった。
「あと一つ。あと一つなのです。極天の石塔を呼び出すためには。私の目的を達成するためには……」
滝塚市を五行に見立て。木火土金水に対応する“邪神の因子”を獲得する。すでに不説教事務所、九紫ビル、黄海山、そして今回の角端埠頭と四柱の邪神の因子を獲得できた。
しかし、今後は慎重にならざるを得ない。自らが邪神の因子を回収する前に退散させられるようなことになってはまずいのだ。
「万が一バレれば、ただではすまないでしょうしね……」
志村は顎に手を当てて考え込む。自然と歯を食いしばった。
「人類でも御しやすく、五行の金に当たる邪神。もう少し慎重に吟味すべきでしょうか。いや、時間をかけすぎている。これ以上は……」
こうしている間にも無辜の民は泣き叫ぶ。彼が勝手に背負ったものは、あまりにも根深く、醜いもの。歴史の闇に葬られてしまった民たちの嘆き、そして恨み。
志村がそんな思考を走らせていると、突如彼の背後に誰かが現れた。志村はゆっくりと振り向く。
「やあ」
「あなたは……」
一陣の風が吹く。そこには小学生くらいの子供が。背中の中ほどまで伸びたサラサラの金髪が揺れ、さわやかな甘い香りが鼻腔をくすぐる。眠たげに細められた瞳はルビーのように紅く、口元には人当たりのよさそうな笑みが浮かべられている。
「何をしに?」
「提案をしようと思ってね」
子供、ポラリスは志村に歩み寄ってくる。子供らしく、一切の邪気が感じられない。しかし、志村針巻はポラリスを最大限に警戒していた。そんな志村を見て、ポラリスは首をかしげた。
「悪くない話だと思うよ。きみは目的を達成できる。ぼくは色々と楽しめる」
囁くような甘い声。この話に乗ってはいけないと理性が叫ぶが、本能がそれに抗えない。ゆっくりと差し出された右手をとる。
「……話を、聞きましょう」
ポラリスは口元を吊り上げた。そして目を閉じ、志村に祈りを捧げるように呟く。
「ああ。これが、きみにとっての福音となりますように」
――続く
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