乗り継ぎ通路

@tsutanai_kouta

第1話


私は、地下鉄とJRの連絡口である細長い通路を歩いていた。通路内の電灯は薄暗く、壁にはよく知らない芸能人のポスターが張ってある。下には大きく《昭和6x年オープン!》と書いてあり、紙の端々が変色しているところを見ると剥がし忘れなのかもしれない。


この乗り継ぎ通路は長く、曲がりくねっている事で有名だが今日のように寒く、人が少ない時は特に遠く感じる。

今日は娘の誕生日という事もあり、早く帰りたいのに・・・。

私は通路の先に目をやった。が、暗くてよく見えない。蛍光灯ぐらいマメに換えて欲しいもんだ。それにあそこのタイル、一枚だけ割れて黒い地肌が剥き出しになってる。これだから国鉄は・・・。あれ?今はJRと言うんだっけ?


私は割れているタイルの前まで行き、覗きこんだ。それは割れている訳ではなかった。

床はグレーと白のタイルで覆われているのだが、その一枚だけ色違いで黒いタイルが嵌め込まれていたのだ。

何故、一枚だけ?しかも黒いタイルの表面には奇妙な紋様が浮かんでいた。いや、紋様というより、これは「顔」に見える。眉と鼻が無く、苦悶の表情を浮かべた「顔」。なんだか嫌な感じだ。

しかも、これは誰かに似ている。ああ、そうだ。これは去年死んだ同僚のS君に似ているのだ。彼の葬儀で、奥さんの隣りに座った幼い娘さんが一所懸命涙を堪えていた姿が昨日の事のように思い出される。

私は少し淋しい気分になり、定期入れに入れている娘の写真を取り出した。

 

「・・・なんだ、これは」

 

私の定期入れに入っていた写真は、何故かS君のお嬢さんの写真だった。こんなもの何時入れたんだ? その時、その写真の裏に張り付いていた別の写真に気が付く。写真をずらして見てみると、それは家族写真だった。

それも私と、S君の家族だ。

S君本人は写っていない。いや、この写真の私は「ゲスト」というより「家長」のように見える。・・・何か変だ。私は写真をまじまじと見詰め、S君の葬儀に居た奥さんや娘さんと頭の中で比較した。


S君の葬儀・・・。暑い夏の日、でかい花輪、受付を手伝う総務部の娘たち。そして、黒いリボンがかかったS君の遺影。

あ? あれ? あの時の写真、あれは、S君のでは無かった。あれは、あれは私の写真だ!?


私は狼狽ろうばいして、定期入れを落とした。震える手で定期入れを拾い上げる。そして私は見た。その定期入れに入っている定期券には有効期限も、駅名も、そして名前すら書き込まれていなかった。私の頭の中にゆっくりと霧が発生したかのように、さっきまで知っていたと思った事が、途端に曖昧になっていく。

 

「あれ・・・?」

 

私は呟いた。

 

「・・・そもそも私は、何線から何線に乗り換えようとしていたんだっけ?」

 

自分の声が、まるで遠くの話し声のように聞こえる。

私は確かに”向こう側”から歩いてきた、と思う。だが、それすらも思い出せない。

 

「とにかく、とにかく通路を進もう」

 

「どっちへ?」

 

「”あっち”に」

 

「そして、駅に出よう」

 

「そして、帰ろう」

 

「・・・どこに?」

 

「家へ」

 

「娘が待ってるんだ」

 

「クリスマスだもの」

 

「あ? 誕生日だっけ?」

 

「・・・どっちでもいいや」

 

 

私は重い足取りで歩き始めた。

 

私の後ろで黒いタイルが小さく嘲笑あざわらうのが聞こえた。

 

 

  -了-

 

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