ささっと読める短編集

木野拿 咏鳴

第1話 夜明け、雨降り、木の下で。



ポツポツと雨が降る。

空が薄暗い。

雨が降る、夜明け前。木の下で、彼は必ず待っていた。




初めて出会った日。彼はここで本を読んでいた。

それは彼の自作の小説らしい。

雨が降る日の夜明け、この木で女の子と出会う話。

最初は危ない人かと思ったけど、全くの偶然らしく、彼は苦笑い。

それから、なんとなく気になって彼に会いに行った。

彼は、何だかいつも寂しそう。

彼は私のことを聞いてきた。

何が好きかとか、色々。

やっぱりストーカーって聞き返したら、

落ち込んでた。ちょっと可愛かった。


今日も彼に逢いに行く。

今日も雨が降っている。急いで、夜が明ける前に、あの木に行こう。


彼はぐっすり眠ってた。

おこさないようにそっと隣に座る。

当たりは雨の音だけが響く。


ずっと外にいたのだろうか。

とても冷たい。

まるで、死んでるようで、怖くなってほっぺをつねる。


笑いながらほっぺをつね返された。


今日はこの木のことを話した。

この木の言葉は愛するって意味らしい。

この木はみんなを愛してくれる。

だから僕もここにいるって。

切ない笑顔。

つられて泣きたくなる。


そっと抱きしめてくれた。



雨の日はとても素敵。

雨が葉っぱに当たる音。

そこから地面に落ちる音。

雨と風がぶつかり合う音。

彼は、雨の日の演奏会って言ってた。

彼と一緒に雨の音色に聞き惚れる。

だんだん眠くなってそのまま一緒に眠った。


どれくらい眠っていたのだろうか。

でも、まだ辺は薄暗かった。

夜はまだ開けてないのだろう。


雨はしとしと振り続けていた。

彼と一緒にいれるなら、この雨も夜明けもずっと続いていて欲しい。





ふと、彼は何者なのか聞く。


彼は何も言わない。




私は、彼のことを好きになってしまった。

だから知りたいのに、なのに。

やっぱり彼は何も言わない。

静かに彼の目から涙がこぼれた。


彼の涙は、雫のよう。輝いてきれいだった。

宝石みたい。

そっと触れてみる。

雪のように消える。

そのまま彼の頬を撫でる。

冷たかった。



彼を愛している。

きっと、この世のどこを探しても彼以上に愛する人はいないだろう。


早く会いたい。あなたが好き。大好き。

雨が降った夜明け前。

  少し浮かれた気持ちで小走りしながらあの木へ向かう。





彼はいなかった。

明日いるかもしれない。


やっぱりいなかった。

明後日いるかもしれない。


やはりいなかった。

明明後日いるかも。


いない。

半年後。。

いない。

1年。。。。。

どれだけ待とうと彼があの木に来ることは無かった。














僕の彼女は、

いつも夜明け前の雨が降る日。あの木の下にいた。


彼女は、記憶が無い。

僕たちの赤ちゃんが死んだ日から。



彼女は、僕の前から姿を消した。

その日から一日たりとも彼女を思い出さない日はなかった。

僕は彼女を愛している。

忘れられない。


彼女は、子どもが産まれたらここに来て、雨の日の演奏会を一緒に聞くんだってよく言ってた。

ここは彼女のお気に入りの場所。

だから。

ずっと待ってた。

彼女が来てくれるまで。

明日も

明後日も

明明後日も

半年も

1年も

そして、彼女は現れた。

僕を忘れたまんま。



ききょう。君の名前。

とっても似合ってるよ。

僕が死ぬ前にね、1度会いたかったんだ。

君があそこに来てくれた時、嬉しくて泣くところだった。


僕は君がいなくなってね、病気になっちゃったんだ。

でもね、僕のいのちがなくなるんだったら最後くらい、君に逢いたかったんだ。

あの日、君に伝えたかったんだ。

子どもが死んじゃった時、寄り添ってあげられなくてごめん

天国であの子と一緒に見守ってます。

誰よりも何もより愛しています。これからも。






「ゆずき」








ゆずきが居なくなってどれほど月日が流れたのか。

でも、わたしはずっと、雨が降る日の夜明け、あの木の下に必ず居た。


ある日、女の人が立っていた。

その人はゆずきのお母さんだった。

ゆずきのお母さんが私に伝えた。

「ゆずき死んだの。」

私は訳が分からなかった。

「どうして!!どうして最後に思い出してくれなかったのよぉぉぉ、、」

ゆずきのお母さんが泣き崩れた。

最後にゆずきの小説を渡してきた。



ゆずきが書いていたのは、小説なんかじゃなくて、遺書だった。


全部思い出してしまった。

私の赤ちゃんが死んじゃったことも。

ゆずきから逃げたことも。


なのに。そこには、恨み言ではなく。

ただ、純粋に私を愛していると書いていた。



私も、愛してる。







今までの後悔や色んな感情がごちゃ混ぜになって私の心を黒く染めた。

彼と私の赤ちゃんに今すぐ会いたい。

あの世で見守るなんて言わないで。

そばに行きたいの。


心が壊れかけた。

その時、




「ききょう」


私の名前を呼ぶ声がした。


振り返る。





当たりは明るくなり、夜が明けていた。

木の隙間から差し込む朝日が私を柔らかく抱きしめるように包み込む。

私の目から溢れ出た涙を拭うように風が私の頬にかかる。

そして、雨が止んだ。





私は涙をふいて、彼の遺書を抱きしめながら空に向かって愛してると叫んだ。

そっと木に触れた。ありがとうと伝えた。



きっともう、ここに来ることはないだろう。


私は、後ろを振り向かず、前を向いて、ゆっくり歩き始めた。

























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